2-9.Madonna of the Carnation



右、左、すぐに左ですぐに右。


交差点が現れるたび、進行方向以外を塞ぐ白いピックアップトラックもまた何処からともなく現れる。


光のないウラヌス領域で彼らがここまで動けるのにはやはり慣れを感じた。


この辺りを彷徨く人型の黒い影は、先程からも何度かヘッドライトで捉えている。


“ヴィリス”、とか言ったか、通称では。


彼ら、あのトラックを駆るワイルドウイングの精鋭部隊は、あの人型の物の怪、ヴィリスを討伐することで得られる資源を集めているとか聞いている。


ヴィリスがせいぜい彷徨く程度にしか現れないのは、メディオに蔓延っていたヴィリスは全て資源と化したからだ。


ワイルドウイングの手によって。



《再度聞いても良いであるか?》


「あ? お喋りは後にするんじゃなかったのか?」


《やはり狼狽えぬのだな、と思ってな》


「うるせえよ。俺が速くて嫉妬しちまったか、欧州最強の運び屋さんよ」


《右である》


「おう」



ブレーキング。


ハンドリング。


交差点の左方の歩道にまたヴィリスが見えが、それを目視し終える頃には発砲音と共にヴィリスが倒れた。


ピックアップトラックから突き出たアサルトライフルの銃身がF40のサイドミラーに写っている。



《貴様の思っていることは大体分かっているである。ウラヌスでヴィリスの討伐を任されると思いきや、始まったのはこのようなカーチェイス》


「ああ、だいたい合ってる」


《無論、いずれはヴィリスの討伐作業も任せるつもりである。貴様が望む通りな》


「望んでたから恐怖がねえってわけじゃねえぞ」


《そうであるか、それは失敬。次を左である》



このコーナリングでNSXのリアバンパーを捕らえた。


肉眼でも鮮明にナンバーが読める距離だ。


黄色のようなオレンジのような、とにかく暗闇でも目立つその色味は見覚えがなく初めて目にする。


だが。


LEDのテールランプに、純正ウイングを取り外して無理やり装着した社外品のGTウイング、そして手作業で空けたと思われる左右対称になりきれていないリアバンパーのエアダクト。


このNSXはかつてパールホワイトで、しかもストリートレースに出ていた。


このテールランプを追うのも、そして迫るのも二度目だ。


なぜこのNSXが、ヴィリスの徘徊するこのウラヌスにいる。



《ではレオ、そろそろ銃の準備をするである》


「おう」


《標的はまもなく現れるである》


「あ? 標的はこのNSXじゃ……」


《次の交差点を右に曲がるである。標的は左手に現れるだろう》



右側の助手席に転がっているサブマシンガンを右手に取り、そのまま掌をシフトノブへ。


クラッチを蹴り、ギアはローへ。


跳ね上がるタコメーター、唸るエンジン。


底まで踏み込むブレーキ。


高鳴る鼓動がそれでもゆっくりに聞こえるのは、世界がスローモーションで流れているからだ。


NSXからコンマ1秒を置いて交差点へ。


聞こえる、異音。


エンジン音。


F40のものでも、NSXのものでもない。


コーナーの向こうから聞こえる、2台分。


死角を抜け、コーナーの出口から正面が見えた。


居る、正面。


NSXの2つの赤いテールランプと、その向こうに、4つのヘッドライト。


2台だ。


そして2台のうちの先頭にいる車両もまた、NSXと同じゴールド色。


レオは全てを察した。















《撃つである》















  ズダダダダダダダダダダッッッ!!!!!!!!!





乾いた発砲音。


複数発放った弾丸は、正面からレオの左手へと突っ込んできたゴールド色の車の左側前後タイヤに吸い込まれた。


レオの脳内シミュレーションの通り、その車はスピンして建物に衝突し、無惨に潰れた。


だが、脳内シミュレーションにはない現象がもう一つ起こっていた。


レオの追っていたNSX。


その車もまた同じように、路肩で鉄屑と化していた。



 

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