2-8.Madonna of the Carnation



奴のテールランプは視界の中央に捉えているが、街に全く光がないせいで距離感が掴めない。


ただあまり差が縮まっていないことだけは分かる。


ストリートレースにおいて、マキシマが乗るオーバーホールされたインプレッサ、デレクが乗る脳筋直線番長のカマロなど、F40ではパワーの劣る車とも幾度も戦ってきた。


だからこそ、レオは本能的にコーナーを求める。


あのNSXのミラーにはこちらのヘッドライトが写っているはずだが、プレッシャーをかけるにはまだ遠い。


レオは再びヘッドセットのスイッチを入れた。



「おい、ナビをするって言ってたよな。ヤツの目的地は分かってるのか?」


《それが分かれば苦労はしていないである》


「あ? じゃあどう案内するってんだよ」


《うむ。まもなくヤツは右に曲がる》


「本当か?」


《まあ見ているがいい》



その言葉を聞き終えるよりも、その直前。


NSXのブレーキランプがまばゆく光り、一気に距離が詰まる。


前方車両のブレーキを確認してから、コーナーとの距離、相手の速度、自分の速度を一瞬で弾き出し、そして理想の走行ラインを描いてブレーキペダルを踏んだのは、それもまたレオがストリートレースで培った本能だ。


やや遅いタイミングで、やや低い減速率で、そしてそれでも曲がり切れるラインを選び抜き、そのコンマ1秒以内のうちにそのラインを走る。


レオは右折をしながらその交差点を眺める。


ピックアップトラックだ。


白塗りの重厚なピックアップトラックが2台、左方と前方を塞いでいる。


NSXはこれを交わすために右へ折れたのだろう。


ピックアップトラックの荷台側面にプリントされた「WILD WING」の紋章がF40のヘッドライトに照らされて浮かび上がり、そして曲がり切る頃に再び闇に消える。


なるほど、とレオは鼻を鳴らした。



「ヤツの目的地は分からねえが、進路を塞いで逃走経路を制限してるってのか」


《うむ。全10台がキャタピラ式に動いているである》



コーナリングを終え、アクセルを踏み込む。


左は先程よりも縮まっていて、NSXのテールランプがLED式であることを認識できた。


やはりあのテールランプ、どこかで見覚えがある。



「テメェはヤツの何が目的なんだ?」


《詳しくは後で説明するである。お喋りできるほどの余裕があるならさっさと差を詰めるがいい》


「お前、嫌なヤツだな」


《不思議とよく言われるである。次を左である》



NSXのブレーキング、そしてF40のブレーキング。


詰まる。


あのNSXは速いが、比較すれば遅い。


レオよりも。


そして、あのクソ女よりも。


闇に包まれたウラヌス・メディオを走り抜けながら、そんなことをふと思う自分に嫌気が差した。



 

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