2-11.Madonna of the Carnation



《開けるがいい》



パチンッという音を立て、金属製の金具が開く。


トランクの上に置かれたアタッシュケースはバネのダンパーで緩やかに、そして自動的に口を開いた。


レオは片眉を上げ、スマートフォンのフラッシュライトを焚いてその中身を照らす。



「……これは……」



それをかつて目の当たりにしたのは、義務教育の教科書の中だった。


絵画、しかもこの世界における名画中の名画。


子を抱く母を描いた絵画。


母は一輪のカーネーションを手にしており、子はそれであやされているように見えるが、母も子も表情は薄く不気味だ。



「“カーネーションの聖母”、だったか」


《よく知っているであるな。左様、アンドレア・ヴェロッキオ作ナントカカントカのアレである》


「クソ女のほうは?」


《同じですね》



通話はグループだったらしく、少し遠くで同様にケースを開けているヒューガの声はヘッドセットから流れてきた。


ヒューガと目が合ったが、レオは舌打ちしてすぐに絵画へと目を移して再び口を開く。



「同じってのはどういうことだ? 贋作か?」


《うむ。裏返すがいい》



左手のスマートフォンで照らしつつ、右手で絵画を拾い上げる。


本物であれば500年前のキャンバスのはずだが恐ろしく状態が良い。


裏返すとフラッシュに照らされるのは木枠、そしてキャンバスの裏面。


書いてある、何か。


細くて小さな数字だ。


黒字で6桁か7桁が2行、うち2文字だけが赤字。



「上が30、41、19、79、28。下が114、28、27、20、4だな」


《赤字は?》


「27」


《オーケー。ヒューガのほうは?》


《29、58、4、70、32。31、7、49、92、21です。赤字は…》


《レオのものが本物であるな。こちらに持ち帰るがいい。ヒューガのほうのは家にでも飾っておけ》


《えっ》



パチンッという先程と同じ音を立て、レオはアタッシュケースを閉じた。


この車のドライバーにはまだ息があるように思えたし、十字架を切る必要はないだろう。


スマートフォンをポケットに収め、レオはアタッシュケースを手にF40への帰路に着く。



「どこに持ち帰ればいい? テメエらの本部か?」


《うむ、受け取りのついでに詳しい話をしたい。ホテルXYZに来るがいい。フロントの部下に話を通しておくである》


「分かった」


《私は帰ってもいいですか?》


《貴様も来るである、ヒューガ・エストラーダ》


《そうですか》



F40のドアを閉めながら、レオは少し遅れて車に戻るヒューガを見た。


そして舌打ち。


あの金髪の女は見た目も、中身も、言葉も仕草も、全てが不快だ。


癪に触る。


ヘッドセットから流れ続けるヒューガの次なる言葉を聞いて、レオはさらに神経を逆撫でされることとなった。



《ところで、昨晩の優勝賞品のサリーンはどうだった? レーサーの誰もが欲しがるマシンに仕上げたのだが》


《うーん、ムルシエラゴのほうがいいです。いらないのでお返しします》


《そうであったか───》



 

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