act.39 二年

 夏休み。

 高校以上に長い休暇。

 おれは高校三年生の頃のクラス会に参加した。

 まだアルコールは飲めないから。

 飲み屋とかではなく。

 お好み焼き屋だった。

「ロミオー、久しぶりー」

 先に来ていたクラスメイトが大きく手を上げた。

 おれはクラスメイトの隣に座って。

「久しぶり」

 パン、とハイタッチした。

 次第に人が集まってきた。

「牛島、元気?」

 木ノ下が女子二人と一緒に入ってきた。

 髪を茶色に染めていた。

 木ノ下にはよく似合っていた。

「ぼちぼち」

「何それ、ウケる」

 何がウケるのかわからなかった。

「そう言えばさ」

 木ノ下はおれの耳元に口を寄せた。

「藍原さくら」

 その名前におれは目を瞠った。

 木ノ下はニヤリとして、自分を指差した。

「同じ大学」

「マジ?」

「マジ」

 木ノ下は意地の悪い笑みと共に下がっていった。

「何だよ、密会?」

「女子トークだよ」

 木ノ下はおれの隣のクラスメイトと冗談を言い合った。

 おれは周囲を目で見回して。

 聖人が参加していないことに安心した。

 未練なんてないけど。

 けど。

 元カノの話題で動揺する姿は見せたくなかった。


 聖人と付き合ってから半年経った。

 元々幼馴染だったせいか。

 友達の感覚が抜けなかった。

 一緒に映画を見ても。

 一緒に買い物しても。

 一緒に何をしても。

 友達と楽しんでいるという感覚しかなくて。

 それはそれでいいと思う自分がいて。

 隣の聖人を見ても。

 特にこうしたい、という願望もないようで。

 手を繋いだり。

 キスしたり。

 それ以上のことをしたり。

 世間の恋人がやっているようなことを。

 おれたちはしなかった。

 真波とは躊躇いなくできたことが。

 できなかった。

 きっと。

 それは。

 聖人のことが。

 本当に好きだからなんだろう。

 壊したくない、と思った。

 聖人は。

 優しいから。


「紋太」

「何?」

 外出から戻ると居間に姉がいた。

 通り過ぎようと思ったけど引き留められた。

「最近、誰と遊んでるの?」

「誰でもいいじゃん」

「彼女?」

「ちげえし」

「じゃあ誰?」

「何でそんなこと訊くの?」

 高校生の頃から休日は出掛けていた。

 クラスメイトと遊びに行ったり。

 軽く運動したり。

 さすがに三年生の頃は勉強していたけど。

 家にいることは少なかった。

 最近はアルバイトも始めて。

 家にいる時間は更に少なくなった。

「浮かれてるから」

「誰が?」

「お前が」

「はあ?」

 おれは居間を通り過ぎて自室に入った。

 ショルダーバッグを机の上に置いた。

 着替えを持って風呂場へ向かった。

 洗面所で。

 服を脱ぎながら自分の顔を見た。

 浮かれているようには見えなかった。

 ただ。

 肌のツヤは良くなった。


 意気地がないせいか。

 現状に満足しているせいか。

 聖人との関係は。

 付き合い出した時と変わらないまま。

 気付いたら一年以上経っていた。


 大学二年生の二月。

 試験期間を終えた。

 大学の仲間内で飲み会を開いた。

 みんな成人して飲酒できる歳になった。

 だから。

 みんな後先考えずに飲み始めた。

「必須落としたかもしんねえ」

「ヤベえじゃん」

 笑い事にはならないけど。

 笑い声が耐えなかった。

 クラスの中心にいたおれは。

 今は中心から少し外れた。

 これまでどおり振る舞うけど。

 けど。

 目立つことを避けた。

 踏み込まれたくない領域があったから。

「ロミオー」

 おれの過去は筒抜けだった。

 高校時代のクラスメイトが同じ学科にいた。

 だから。

 あだ名はロミオ。

 ジュリエットはどこにもいなかった。

 ペトロもどこにもいなかった。

「ジュリエット見つかった?」

「さっぱり」

 彼氏がいるのだから、見つけようがなかった。

「今度、合コンやろうぜ」

「いいね」

 断ると怪しまれるから。

 おれは誘いに乗った。

「俺のジュリエットも見つけてくれよー」

「お前はロミオじゃねえだろ」

「ひでえ」

 酒を呷る友人におれは問いかけた。

「てか、ロミオでいいの?」

「え?」

「死ぬよ?」

「そうなの?」

「知らねえのかよ」

「知らねえよ」

 馬鹿騒ぎして。

 二日酔いになることなんて考えてなくて。

 どうせ今日のことなんて覚えてないだろう、って。

 そう思って、また騒いで。

 けど。

 どんな時だって。

 秘密ごとを口にすることはなかった。

 聖人は。

 こんなふうに周りの目を気にしていたのか。

 聖人の気持ちを思い知った。

 けど。

 やっぱり。

 このままじゃいけない、と思った。

 これではまるで。

 聖人が重荷のようだから。

 だから。

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