act.29 灰色

 模試の結果。

 机の中で丸まっていた。

 改めて取り出した。

 C判定。

 微妙な判定だった。

 頑張れば入れそうだった。

 頑張っても入れなさそうだった。

 おれは。

 結果を机の中に突っ込んだ。


 聖人が学校に来なかった。

 初めてだった。

 おれは。

 気が気でなかった。

 ホームルームが終わって。

 一時限目が終わって。

 けど。

 聖人は来なかった。

 学校に連絡すらなかった。

 携帯電話を取り出して。

 福井家の電話番号を眺めて。

 おれは。

 携帯電話をポケットに突っ込んだ。


 波瀬が早退した。

 二時限目が始まる前だった。

 体調不良だと言っていたらしい。

 けど。

 波瀬は走って帰った。

 理由はわかっていた。

 聖人。

 波瀬は探しに行ったんだろう。

 おれは。

 授業開始のチャイムを聞いた。


 二時限目が終わった。

 窓の外は灰色だった。

 今にも降り出しそうな空だった。

 おれは席に着いて。

 一人空を眺めて。

 机の上をじっと見つめて。

 やっぱり。

 早退した。


 聖人。

 家に電話すると不在だった。

 母親が出なくて良かったと思った。

 きっと。

 聖人は誰にも相談していない。

 昔からそうだった。

 聖人が弱音を吐いたところを。

 おれは見たことがなかった。


 行きそうな場所はわからなかった。

 けど。

 もしも。

 おれがズル休みするとしたら。

 きっと。

 公園に行く。

 平日の昼間なら。

 あそこに人はいないから。

 聖人は。

 悩んでいるんだろうか。

 それとも。

 悩むのをやめたんだろうか。


 公園に着いた。

 入り口に自転車を止めた。

 雨がぽつぽつと降り出した。

 おれは。

 屋根のついたベンチへと向かった。

 すると。

 先客がいた。

 波瀬。

 自転車を投げ出して。

 聖人の隣に座っていた。

 そして。

 顔を近付けて。

 聖人の唇に。

 唇を。

 重ねた。

 ように見えた。

 正確には。

 波瀬の後頭部しか見えなかった。

 けど。

 そう思った。

 胸がざわざわした。

 おれは。

 咄嗟にその場から逃げ出した。

 自転車に跨って。

 ペダルを漕いで。

 自宅まで急いだ。

 途中。

 二人の姿が脳裏にチラついた。

 聖人と波瀬。

 二人とも。

 おれが傷付けた相手だった。


 家に着いた。

 おれは自室に入って。

 布団に倒れ込んだ。

 枕に顔を埋めた。

 まだ。

 ドキドキしていた。

 疲れたせいか。

 それとも。

 目撃してしまったせいか。

 初めての感覚だった。

 聖人も。

 同じ気持ちだったんだろうか。

 おれが藍原とキスした現場を目撃した時。

 聖人は。

 二年間黙っていた。

 おれは。

 聖人と同じようにはできそうになかった。

 波瀬に対して苛立ちを覚えた。


 翌日。

 聖人は教室にいた。

 何食わぬ顔をしていた。

 波瀬もいた。

 聖人の隣に座っていた。

 どこか。

 いつもと雰囲気が違っていた。

 おれの方を見て。

 一瞬。

 目を細めた。


「波瀬」

 放課後。

 おれは波瀬を呼び止めた。

 聖人が部活に行った後のこと。

 波瀬は部活に向かうところだった。

「何?」

「昨日さ」

「聖人のこと?」

 先に言われて。

 おれは戸惑った。

「居たでしょ?」

 波瀬は淡々と。

「公園」

 おれを惑わせた。

「何で逃げたの?」

「逃げてねえし」

「逃げたじゃん」

「逃げてねえって」

「そうやって」

 波瀬はおれと距離を詰めた。

「また逃げんのかよ」

 精悍な顔付き。

 おれとは違って。

 凛としている。

 聖人は。

 こういう顔が好きなのか。

 おれは。

 好きじゃないのか。

 もう。

「牛島さ」

 波瀬は。

 辺りを見回してから言った。

「聖人のこと、どう思ってるの?」

「どう、って?」

「それ訊くの?」

「え」

 おれは目線を彷徨わせた。

 波瀬の顔は見られなかった。

 やがて。

「何とも」

 おれはぽつりと吐き出した。

「思ってねえよ」

「そう」

「お前ら」

 波瀬が背中を向けたから。

 おれは思わず口を開いた。

「付き合ってんの?」

「は?」

 波瀬の顔は。

 酷く不快そうだった。

 聖人が嫌なんじゃなくて。

 おれが嫌なんだって思った。

「お前、何なの?」

「え?」

「聖人の気持ち、知ってんだろ?」

「それは」

「最低」

「だから」

「死ねよ」

「聞けよ」

 おれは声を荒らげた。

 辺りはしんとした。

 疎らだった人が。

 ゼロになった。

「お前ら昨日」

 だけど。

 頭は少し冷えて。

 冷静になって。

 おれは。

 声を小さくした。

「一緒にいたじゃん」

「だから?」

「そう思うでしょ」

「最悪」

「何だよ、それ」

「聖人は」

 今度は。

 波瀬が声を荒らげた。

「昨日」

 酷く。

 痛々しくて。

 悲鳴のようだった。

「一人で」

 おれは波瀬を見て。

 息が詰まって。

 心臓が止まりそうだった。

 だから。

 また。

 逃げた。

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