act.30 逃道

 本当は。

 修学旅行の予定日。

 死のうと考えていた。

 けど。

 紋太に誘われて。

 まんまと嵌められて。

 死ぬ機会を失った。

 せっかく。

 誰もいない時だったのに。

 けど。

 もう堪えられなかった。

 紋太だけでなく。

 クラスメイトだけでなく。

 家族にも知られてしまった。

 逃げ場がなくなってしまった。

 だから。

 でも。

 今度は。

 波瀬に逃げ場を封じられた。

 波瀬が逃げ場になった。

 俺は。

 初めて人前で泣いた。


 親との距離は。

 更に広がった。

 腫れ物に触れるみたいに。

 言葉を選んでいた。

 けど。

 目線はごまかせなかったみたいだった。

 父親の目。

 気持ち悪いものを見るような目。

 憎しみすら抱いているような目。

 波瀬とは違った。

 あんなにも似ていたのに。

 俺への反応は対極的だった。

 本当は。

 俺の勘違いかもしれない。

 父親は。

 そんなふうに思ってないのかもしれない。

 けど。

 けど。

 けど。

 周りの目が。

 全て。

 悪意に満ちているように見えた。

 そう感じてしまうのは。

 俺が。

 普通じゃないからなのかもしれない。

 いや。

 俺は。

 普通じゃなかった。

 だから。

 誰のことも信じられなかった。


 四月。

 三年に上がった。

 クラス替えがあった。

 理系は一組から三組までで。

 文系は四組から七組までだった。

 去年と同じ構成だった。

 だから。

 二年の頃とほぼ同じクラスメイトだった。

 けど。

 波瀬は三組になった。

 俺は一組で。

 距離が開いた。

 紋太は同じクラスだった。

 木ノ下も。

 菅道も。

 同じクラスだった。

 波瀬だけいなくなった。

 席は出席番号順だった。

 おれは窓際の席で。

 紋太は廊下側の席だった。

 また。

 同じ状況になった。

 窓の外を眺めた。

 曇天。

 桜の季節なのに。

 まるで俺の心のようだった。

 今度こそ。

 我慢しよう。

 そう誓った。


「聖人」

 昼休みになると。

 波瀬が席までやって来た。

 みんな。

 俺たちの噂をしていた。

 こそこそと話していた。

 俺の悪い噂。

 波瀬の悪い噂。

 俺に関して言えば。

 事実だった。

 だから。

 波瀬のように平静を保てなかった。

 中身はぼろぼろだった。

 波瀬も。

 同じなんだろうか。

 だとしたら。

「いいよ」

「ん?」

 弁当を開けた波瀬が。

 箸を片手に目を瞬かせた。

「わざわざ、来なくても」

「そう」

 波瀬は素直に受け入れた。

 何も文句を言わなかった。

 箸を進めて。

 弁当を空っぽにすると。

「じゃあ」

 波瀬は自分のクラスに戻っていった。

 俺は。

 一人で弁当を平らげた。

 波瀬は。

 何もかもお見通しのようだった。

 俺の気遣いは。

 空回りしているようだった。

 けど。

 後悔はなかった。

 俺は。

 空を眺めた。

 こうしている時間が多くなった。

 聖人。

 名前負けしている。

 誰の模範にもならない。

 徳が高くないどころか。

 命を粗末にするほどの愚か者。

 ペトロ。

 イエス・キリストの一番弟子。

 弟子であることを否定した男。

 真実を否認して。

 否認して。

 否認して。

 結局。

 隠しきれなくて。

 イエスのように。

 磔刑に処された。

 吊るし上げられた。

 逆さ十字。

 聖ペトロ十字。

 自らの身分を弁えていた。

 俺は。

 ペトロじゃない。

 ペトロのようにはなれない。

 磔刑にされるよりも先に。

 自ら死を願ってしまった。

 何もしていないのに。

 ただ、否定しただけなのに。

 それがいけなかったのか。

 何がいけなかったのか。

 そもそも。

 俺の存在が間違っていたのか。

 友達を。

 友達だと言ってくれた人を。

 好きになってしまったことが。

 間違っていたのか。

 ただ。

 ただ。

 ただ。

 意味もなく。

 理由もなく。

 気付いたら。

 好きになっていた。

 その気持ちが。

 駄目なんて。

 そんなこと。

 わかっていた。

 けど。

 どうしようもなかった。

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