act.20 快晴

「誰?」

「牛島」

「紋太?」

「そう」

 波瀬は部屋の中に戻ってきた。

 誰かと喋っているようだったけど。

 けど。

 まさか紋太だとは思わなかった。

 俺は理由を訊こうと口を開けた。

 それよりも先に。

「聖人に会いに来たらしい」

 波瀬がベッドに座って。

 淡々と説明した。

 わっと大きな声がした。

 他のクラスメイトがゲームで盛り上がっていた。

 俺たちは。

 再び向かい合った。

「追い払ったの?」

「いや」

 波瀬はニヤリと笑った。

「嘘ついた」

 波瀬の真意を図りかねて。

 俺は眉根を寄せた。

「聖人はいない、って」

 俺はどんな顔をしていたんだろう。

 波瀬は少し驚いて。

 けど。

 すぐに澄ました笑いを浮かべた。

 紋太が絶対に浮かべない表情。

「会いたかった?」

 意地の悪い質問だった。

 波瀬は。

 俺と紋太の間に何かあったと確信していた。

 波瀬だけじゃない。

 木ノ下も薄々勘付いていた。

 気付いていないのは。

 俺とあまり喋ったことがない人だけだった。

「聖人」

 俺は何も答えられなかった。

 きっとそれが全てなんだろう、と思った。


 翌日。

 国際通り。

 快晴。

 たくさんの店と多くの学生で。

 通りはとても賑やかだった。

 きっと。

 毎日お祭り騒ぎなんだろう、と思った。

「聖人」

 波瀬に手招きされた。

 土産屋に足を踏み入れた。

 色とりどりの小物類があった。

 波瀬はその一つを手に取った。

 シーサーのストラップだった。

 デフォルメされていた。

 子供向けのものだった。

「どう?」

「どう、って何が?」

「妹に買おうかと思って」

「何歳?」

「十歳。小四」

「いいんじゃない?」

「なんかテキトー」

「俺にはわからないし」

「一人っ子だっけ?」

「そう」

「じゃあ、これ可愛い?」

 波瀬はストラップを顔の前に掲げた。

「あんまり」

「じゃあやめる」

「何で?」

「俺もよくわからないし」

 波瀬はストラップを棚に戻した。

「これ」

 俺は近くの網棚からストラップを一つ手に取った。

 ちんすこうのストラップだった。

「駄目」

 波瀬は即答した。

「それは駄目」

「何で?」

「可愛くない」

「美味しいよ?」

「余計に駄目」

 波瀬は俺の手からストラップを取って。

 網棚に戻した。

「間違って食べたら大変じゃん」

「小四でしょ?」

「小四だけど」

 波瀬は笑った。

 俺は。

 口元を綻ばせた。

 こんなふうにまだ笑えるのなら。

 修学旅行に来て良かった。

 そう思った。


「福井くん」

 波瀬と二人でいたところ。

 紫芋のアイスクリームを食べていたら。

 菅道に遭遇した。

 店の傍のベンチ。

 波瀬は俺との距離を詰めて。

 菅道の座る空間をつくった。

「ありがとう」

 俺の名前を呼んだのに。

 菅道が座ったのは波瀬の隣だった。

 目的は波瀬だった。

 きっと。

 クラス委員長になった目的も。

 波瀬なんだろう。

「二人きり?」

「他の奴らは向こう」

 波瀬の視線の向こうには。

 客引きの男と喋るクラスメイトがいた。

 とても楽しそうだった。

 土産屋の中へと誘導されていた。

「二人は行かないの?」

「土産ならもう買ったし」

 波瀬は紙袋を持ち上げた。

「食い物系は明日買うつもり」

「そっか」

「菅道さんは?」

「ん?」

「一人?」

「波瀬くんと同じ」

 菅道は遠くの土産屋に目を向けた。

 店先でクラスの女子がはしゃいでいた。

「わたしもお土産買っちゃったから」

 両手で袋の取っ手を握って。

 菅道は土産を目の前に持ち上げた。

 あざとい仕草だった。

 やっぱり。

 俺は好きになれなかった。

 菅道から顔を背けて。

 反対側にある店先を見つめた。

 と。

 店の中にいた人と目が合った。

 俺たちと同じものを食べていた。

 酒井真波。

 紋太の彼女。

 俺に微笑みかけると。

 酒井はすぐにクラスメイトに向き直った。

 これが。

 普通の反応だ、と思った。

 俺はアイスクリームを食べ終えて。

 即座に立ち上がった。

「聖人?」

 波瀬が俺を見上げた。

 菅道が不安そうな目で見上げてきた。

 俺は。

「トイレ」

 少し離れたトイレへと向かった。

 菅道を応援するわけじゃないけど。

 波瀬が嫌いなわけじゃないけど。

 けど。

 二人の邪魔をするつもりもなかった。

 菅道を好きになれない理由。

 本当は。

 ただ。

 羨ましかった。

 打算的でも。

 狡くても。

 近付けば近付くほど。

 可能性が高くなってゆく。

 そのために計略を巡らせる。

 普通のことだった。

 おかしいのは。

 俺だった。

 普通の人が。

 羨ましかった。

 自分が。

 気持ち悪かった。

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