【承】波にさらわれて

act.15 曇天

 おれはどんな答えが欲しかったのか。

 否定してもらいたかったのか。

 肯定してもらいたかったのか。

 好き、と改めて言われたかったのか。

 嫌い、と改めて言われたかったのか。

 学校祭の日からずっとそればかり考えていた。

 あの時。

 聖人は泣いていた。

 曇天の下。

 黒縁眼鏡の奥で。

 両目を潤ませていた。

 本人は自覚していなかったようだけど。

 けど。

 おれは。

 それが。

 堪らなく嫌だった。

 後悔した。


「おはよう」

 何事もなかったかのように挨拶して。

 それきり。

「おはよう」

 聖人からの返事がその日の会話の最後だった。

 会話なのか。

 それすらも不明だった。


「喧嘩?」

 廊下で木ノ下が訊いてきた。

「最近、福井と一緒にいないじゃん」

「そう?」

「そう」

「変わらねえよ」

「そう?」

「そう」

 何も変わっていない。

 七月までのおれたちと何も変わらない。

 おれは。

 やっぱり何も変わっていなかった。

 中学三年生の頃。

 聖人が急に疎遠になった時も。

 おれはこうやって距離をとった。

 聖人に触れないようにした。

 嫌われるのが怖かった。

 嫌われるようなことをした覚えはなかったけど。

 けど。

 別に、と言われて。

 おれは素直に引き下がった。

 今回も変わらない。

 別に、と言われて。

 おれは素直に引き下がった。

 ただ。

 今ならわかる。

 聖人の気持ちが。

 あの時、おれから距離を取った理由が。

 だから。

 だからこそ。

 おれは。

 聖人の傍に寄り添うことができなかった。

「何も」

 木ノ下は渋々納得した様子で。

 無理矢理納得した様子で。

 それ以上追及することはなかった。

 白状することができたら。

 楽になれたかもしれない。

 けど。

 それは。

 それだけは。

 絶対にできない。


 十月。

 段々と冷えてきた。

 空風が吹く中。

 球技大会の参加種目が決められた。

 男女ごとに種目を相談して。

 決まらなかったらジャンケンをして。

 おれはサッカーになった。

 得意ではないけど。

 苦手でもない。

 おれは勉強よりも運動が得意だった。

 ジャージ姿の聖人を見た。

 聖人は卓球のチームにいた。

 ダブルス。

 相方はクラス委員長だった。

 波瀬鷹人はせたかひと

 現役卓球部。

 精悍な顔付きで。

 明るくて。

 友達が多くて。

 聖人とは対照的だった。

 だけど。

 二人は仲睦まじく会話していた。

 ように見えた。

 おれは。

 何故かムッとして。

 見ないようにした。


 練習後。

 汗をかいて。

 身体が冷えて。

 おれはジャージを着て教室に戻った。

 教室には聖人と波瀬がいた。

 波瀬はおれの席に座っていた。

 聖人と何事か喋っていた。

「あ」

 波瀬はおれに気が付いた。

 釣られて聖人もおれを見た。

 すぐに波瀬の方を見た。

「椅子サンキュ」

「おう」

 なるべく素っ気なく。

 何も気にしていないようにおれは応えた。

 内心、気が気でなかった。

「じゃ」

 波瀬が聖人に手を振った。

 聖人は小さく手を上げた。

 おれは。

 踵を返してトイレに逃げ込んだ。


 気のせいじゃなかった。

 あの日から。

 聖人は波瀬とよく喋るようになった。

 卓球の相方だからなのか。

 元々運動部同士仲が良かったのか。

 詳しくはわからないけど。

 二人を見る度に。

 苛々して。

 悔しくて。

 おれの歩調は速くなった。

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