act.7 大会

 八月九日。

「わかった」

 真波との電話を切った。

 明日の約束は無くなった。

 都合がつかなくなったらしい。

 親の実家に帰るとか帰らないとか。

 曖昧な感じだった。

 真波はたまにドタキャンする。

 だから、いつものことかと思った。

 けど。

 何で明日なのかと思った。

 明日だからなのかと思った。

 壁に掛けたカレンダーを見た。

 八月十日に赤丸がついていた。

 日にちの下に小さく『大会』と書いてあった。

 真波との約束。

 花火大会。

 行けなくなった。

 予定が無くなった。

 けど。

 気分は悪くならなくて。

 寧ろ。

「電話」

 一人呟いて。

 携帯電話を操作した。

 福井聖人。

 自宅の電話番号。

 発信しかけて思い留まった。

「いや」

 ニヤリと笑った。

 しめしめと思った。

 驚かせてやろうと思った。

 弓道の大会。

 確か明日だったはず。

 赤丸がついていたから。

 間違いない。


 翌日。

 市営の体育館。

 自転車で五十分。

 暑くて汗だくになった。

 室内はあまり快適な温度ではなかった。

 応援にタンクトップ姿は浮くかと思ったけど。

 周りにも同じような格好の人がいた。

 安心。

 悪目立ちしない。

 バレない。

「あ」

 袴姿の高校生。

 遠目だと顔がよく見えなかった。

 けど。

 見覚えのある袴姿を見かけた。

 観客席から見下ろして。

「聖人」

 声を張り上げた。

 周りの歓声に呑み込まれた。

 けど。

 聖人には聞こえたようだった。

 おれの方を振り向いた。

 手を振ると無視された。

「頑張れ」

 もう一度声を張り上げた。

 さっきよりも大きな声で。

 聖人は振り返った。

 僅かに頷いた。

 聖人にしてはノリが良かった。

 そんな感想。

 二階の縁に腕を乗せて。

 その上に顎を乗せて。

 気怠い雰囲気を纏って観戦した。

 ほんとは叫びたかったけど。

 聖人はそういうのに弱いと思った。

 昔からそうだった。


 聖人は負けた。

 三回戦。

 団体戦でも負けた。

 二回戦。

「お疲れ」

 ジャージに着替えた聖人を出迎えた。

 眼鏡は掛けていなかった。

 弓とバッグを担いでいた。

 一人だった。

「他の人は?」

「泣いてる」

「マジ?」

「三年は」

「他は?」

「三年を待ってる」

「聖人は?」

「戻る」

「待たねえの?」

「荷物は持ってる」

「バス?」

「バス」

「そう」

 おれはペットボトルを差し出した。

 スポーツドリンク。

 未開封。

「やる」

「何で?」

「何で、って」

 頑張ったから。

 残念だったから。

 慰めにもならない言葉。

 聖人は好きじゃなかった。

 昔は。

「健闘賞?」

「何で疑問系?」

「うるせえ」

 疑問を全て投げ出した。

 ペットボトルを投げ渡した。

 聖人はスマートにキャッチした。

 反射神経が良かった。

「約束は?」

「真波の?」

「そう」

 聖人が覚えてるのは意外だった。

 汗をかいた顔。

 無表情だった。

 そんな顔で訊くことなのかと思った。

 けど。

「ドタキャン」

「そう」

「この後さ」

「何?」

 携帯電話を取り出して。

 聖人の顔を直視しないようにした。

 表情の変化を見たくなかった。

「花火大会、行く?」

「部活の打ち上げ」

「今日?」

「今日。負けたから」

「そう」

 そのまま踵を返して。

「じゃあ、お疲れ」

 聖人に手を振った。

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