act.6 夕景

 背景を作っていた。

 城の外観を作っていた。

 正確にはA1の模造紙に下書きを書いていた。

 作図は苦手だった。

 絵も苦手だった。

 だから俺はすぐに任務を解かれた。

 板を切る実働部隊に入った。

 ノコギリの扱いは慣れたものだった。

 ふと窓の外を眺めた。

 南側の窓。

 見慣れた町並みが広がっていた。

 昔から馴染みのある町。

 自転車で二十分ほどで家に着く。

 更に数分で紋太の家に着く。

 昔はよく二人で遊んでいた。

 一緒に登下校していた。

 何を話したかは覚えていない。

 けど。

 楽しかった。

「過去形」

 ぼそりと呟いて。

 また作業に戻った。

 ノコギリの音がクラスメイトの話し声に掻き消された。

 俺の周りは静かだった。


「聖人」

 教室には紋太だけが残っていた。

 演者組は既に練習を終えたようだった。

 午後五時。

 夏の日は長く。

 外はまだ明るかった。

 窓から西日が差し込んでいた。

 紋太は額に汗をかいていた。

 シャツの胸元を掴んで。

 ばさばさと服の内側に風を送り込んでいた。

「今日はおしまい?」

「おしまい」

 俺は自席に置かれた鞄を取った。

「続きはまた明日」

「そっか」

 紋太は机から降りて。

 自分の鞄を手に取った。

「じゃあ、帰ろ」

「待ってたの?」

「別に」

「何それ」

 俺が口にし過ぎたせいか。

 紋太に口調が移っていた。

 けど。

 紋太にその言葉は似合わなかった。

「紋太は?」

「ん?」

「練習」

「また明日」

「そう」

 俺は教室の入り口に向かって。

「帰る」

 紋太はそれについてきて。

「おう」

 ふと教室に流し目を向けた。

 教室には他に誰もいなかった。

 みんな教室に鞄を残していなかった。

 俺も美術室に持っていこうとしたけど。

 けど。

「何してたの?」

「聖人の監視」

「嘘」

「そ、嘘。どう?」

「どう、って何が?」

「感想」

「別に」

「またそれ」

 この空間が好きだったから。

 二人きりのこの時間が。

 昔を思い出す、今が。

 だから。

 そっと鞄を机に置いた。


「明日」

 自転車置き場には俺たちしかいなかった。

 放置された自転車がまばらにあった。

 紋太が訊ねる。

「部活?」

「部活」

「ふーん」

 少し離れた場所で。

 カチャンと解錠の音が聞こえた。

「いつ休み?」

「休みはない」

「嘘」

「部活がなくても」

 紋太が自転車を押してきた。

「自主練する」

「いつ?」

「言わない」

「何で?」

「別に」

「またそれ」

 二人して校門まで自転車を押した。

「見るだけだって」

「見られたくない」

「何で?」

 俺が口を開くより先に。

「別に、って?」

 紋太に先手を打たれて。

 だから何も言えなくて。

 代わりに出た言葉は。

「好きじゃない」

「見られるの?」

「そう」

「何で?」

「知らない」

 嘘。

 知られたくないだけ。

「何それ」

 紋太は少し呆れてて。

 だけど少し笑ってて。

 だから俺も笑ってみて。

 だけど紋太には気付かれなかった。


「じゃあ」

 紋太が自転車を止めて足を着いた。

 俺は自転車を押して家の門を通った。

 辺りはやや日が暮れていた。

 少し暗かった。

「じゃあ」

「聖人」

 呼び止められて振り向いた。

「何?」

「嫌?」

「何が?」

「練習見られんの」

「嫌」

「じゃあ」

 紋太は口を閉じた。

 数秒経った。

 俺は口を開いた。

「何?」

「何でもねえ」

「何それ」

 いつもと立ち場が逆だった。

 昔は何でも答えてくれたのに。

 今では何にも教えてくれない。

 中途半端に嘘ばかり。

 けど。

「台詞忘れた」

「練習しないと」

「だな」

 それは俺も同じだった。

 俺は昔から何も変わらなかった。

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