第33話 後日談

 明理と付き合って三年が経った。

 今は美術大学二年。

 今日は日曜日。俺は駅前に向かう。

 明理とのデートの日だ。

 小場禍大学に行った明理は毎日のように連絡をとっているが、久々に会いたいと言われて、俺は真っ先にデートを申し出た。

 電車とバスで片道八時間、美大のある都会にやってくるのはそのくらいかかる。

 明理に無理をさせている。

 それは分かっている。

 だが、それでも会いたいのだ。

 会えない時間は、愛を育むもの。

 誰が言ったかは分からないが、そう聴いたことがある。

 美大近くのアパートに一人暮らしをしているが、明理とのデートでもよく来る。

 駅前に着くと、どこか寂しそうな顔をする明理。

 そりゃそうか。俺に会えるまで寂しかったのだろう。

「おはよう」

「おはよー」

 俺は明理の手を引き、アパートに向かう。

 荷物はそこまで多くなく、一晩泊まる分しか持ってきていないようだ。

結子ゆいこさんは元気?」

 結子さんは明理の母親で、俺とも面識がある。というか家族ぐるみで付き合っていたので当たり前だ。

「元気も元気。わたしよりも元気かも」

 たはははと乾いた笑いを浮かべる。

 部屋に入ると明理が鼻をおおう。

「油くさい」

「あー。油絵を描いていたからかな」

 確かになれていないと匂うのかもしれん。

「もう。わたしがいないとこれだ」

 家事を率先してやってくれる明理。

 明理の存在は大きい。

 ここ三年で学んだ。

 彼女がいなければゴミ屋敷になっていただろう。

「そういえば、たけるくんと菜乃ちゃん付き合うことになったって」

「三年もかかったか。さすがだな」

 一途な彼もこれで報われた。

「横柳くんも麻里奈と付き合うかも、って話があったな」

「何それ! 初耳なんだけど」

「あー。あと桃が同じ大学を受ける、とかなんとか」

「桃ちゃんは一途だね~」

 のんびりとお茶をすする明理。

 どうやらもう掃除は終えたらしい。

 俺も向かいの席に座り、お茶を飲む。

「みんなも進路を決めたか~」

 ドンドンとドアを叩く音がする。

「どちらさん?」

「釘宮よ。あんたまた提出課題があるでしょ!」

 同じ美大生となった釘宮が怒りの様子を露わにノックを続ける。

「え。課題あったの!?」

 明理は驚いたような顔をしている。

「分かった。今出すから待っていろ」

 俺は片付いた絵の中から一枚を引っ張り、玄関を開ける。

「これでいいか?」

「もう。提出くらい自分でしなさい」

 怒りを露わにする釘宮。

「お久しぶり。釘宮さん」

「あ。明理さん。こんにちは」

 ペコリと頭を下げる釘宮。

 この二人、あんまり会話していなかったな。

「それよりも、この絵でいいの?」

「まあ、書き途中だからな」

「本当にー?」

 実際、書く時間がなくなり、急いで間に合わせたものだ。

 書き残しがあるのは当然。それでも課題はまだある。

「もう。どうせならここで描いていきなさい」

 釘宮は真面目な顔で上がってくる。

「むぅ。ちょっと。ここはわたしと祐介の家なんだけど?」

 いいや、俺の家だ。釘宮と明理の家ではない。

「いいじゃない。押しかけ女房よ」

「臆面もなく言えるお前がすげーよ」

「何よ。この間のテストだって、実質あたしのお陰でしょ?」

「その節はお世話になりました」

 俺と釘宮を見て悲しそうな顔になる明理。

「ねぇ。もうちょっとデートの回数、増やそうか?」

 やっぱり美大に合格できていれば良かった……と思う明理であった。

「まあ、いいけど」

「ダメよ」

「えぇ……」

 俺が渋い顔をする。

「だって明理さんが来る度、絵を描く時間が減るじゃない。今もそうとう来ていうrんでしょ?」

「それは……」

「学生の本分は学業。そして美大での学びは美術。その本質は変わらないわ」

 ビシッといい放つ釘宮。

「明理さんも自分の課題で忙しいんじゃないかしら?」

「そ、それは……」

 口ごもる明理。図星らしい。そうまでしてくれるのは嬉しいが、でもあんまり良くない傾向だな。

 明理の寂しがりや独占欲がなければ、ここまでこじれることもないのかもしれない。

「今度からは動画で会うか……」

 夏休み前の忙しくなってくる時期。この時期は大学の授業で課題が出されることが多い。

 そうでなくとも、毎日のように絵を描いている。

 だから忙しいと言えば忙しいのだ。

 普段描いているのとは違い、課題用のは気合いを入れないと、余裕で落ちる。

 単位を稼ぐにも、先生の話を聞いて実践していくまでがセットになっている。

 画材の買い出しにも隣町までいって買いそろえる。美大にも売店はあるが、俺が好きな絵の具や筆は隣町にしかない。

 だから休みの日でも買い出し、絵を描くのはする。

 というか、明理の前で絵を描くことも多い。

「祐介? やっぱり、わたし重いかな?」

「いや、そんなことはない」

 思わず否定してしまったが、俺にも落ち度がある。

 明理という彼女がいながら、釘宮とかの女の子に押しかけられているのだ。

 俺が心配にさせているのだから、俺が悪い。

 どっしりと構えてやれないことが悔しい。

「俺は不貞は働かない。だから少し安心して欲しい」

 俺は先ほどの課題を書き足していきながら話す。

「わたしにも分かっているのよ。こんなに押しかけては迷惑だって」

「そんなー! 明理がいなかったら、俺やっていけないよ」

 俺は慌てて否定する。

 精神的な支えになっているのは事実だ。

 でなければ、一人で向き合うことの多い美術なんて専攻できないだろう。

 精神力をかなり使うのだ。神経をとがらせていると言ってもいい。

《おう。元気か?》

 パソコンの画面には思いっきりたけると、菜乃の姿が映る。

 スカ〇プだ。

 テレビ電話と化したそれは、俺を呼びつけると、ニタニタと笑う。

「たける、菜乃と付き合うことになったらしいな」

《そうなんだよ。菜乃ちゃん、最近可愛くてしんどいんだが》

「はいはい。幸せそうだな」

 こっちは遠距離恋愛でくたくたになっているのに。

「そういえば、たけるは生物学志望だっけ?」

《ああ。菜乃に教わりながら勉強している》

「なぜ、生物学に?」

《この身体のことを理解し、制御できるようになれば、きっと人類の役に立つ、と思ってな》

「すごいな、お前」

《いやいや、おれには絵は描けないからな。お前もな》

「なんだか、いい雰囲気になっているところ悪いけど、さっさと描いてくれない?」

 怒りを露わにする釘宮。それもそうか。いきなり別の人と会話をしているのだから。

《なんだ。釘宮までいるのか》

 クツクツと笑うたける。

《我も稲荷くんと話したい》

《いいぞ。ほら》

《稲荷くん。我は未だに稲荷くんが忘れられない。ずっと好きなままだから》

 頭を抱えるたける。

「悪い。俺には明理がいる。だから俺のことは忘れてくれ」

 これくらいしかかける言葉が見つからない。

 俺はどこまでいってもバカなのかもしれない。

 彼女らの思いに気がつけずにあの高校生活を送っていた。

 でももう迷わない。

 絵と向き合う。

 集中はできる。

 クリアになった視界に絵の具をぶちまけていく。

 あとでヘラで削り取り、立体感を増す。

 細かいところは鉛筆で書いて、いや、それよりも筆で書くか。

 自分の気持ちをそのまま絵に乗せてやればいい。

 そうして、絵はできていくのかもしれない。

 入ってみて意外だったのはイラストレーターを目指していることが多いことだ。

 みんな趣味でアニメ調のイラストを描いているのだ。

 ネットでもあげている人も多く、俺はそれらの絵から影響を受けていった。

 釘宮と明理が何か言い合っている。

 でも俺はこの絵に今のすべてをかける。

 ゾーンに入った俺には周りが見えていない。描きたいものがあり、それを表現できるようにはなってきた。

 でもまだ何か足りない。

 そう、圧倒的な画力を持つ彼らに対抗できるだけの力が欲しい。

 プロと呼べる人もいる。それでもまだ学び足りないのだ。

 俺はそれを超えなくちゃいけない。


 ※※※


 三年前。

「私と付き合いなさい」

「桃と付き合お?」

「我の彼氏になって欲しいかな」

「べ、別にあんたのことなんか好きじゃないんだからね」

「わたしでいい?」

 転校生の麻里奈。

 妹の桃。

 小動物感ある菜乃。

 ツンデレの釘宮。

 そして幼なじみの明理。

 みんな、俺のことを好きになってくれてありがとう。

 こんなテンプレみたいなことばかりだけど。それでも楽しかった。

 テンプレ・カノジョたちに振り回される人生だった。でもこれからは変わる。

 変えてみせる。

 俺は一人の相手を決めて付き合うことにした。

 それが修羅の道とも知らずに。

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