第27話 進路

 明理が好き避け(?)をするようになって三日目。

 明理の目指す小場禍おばか大学に進路を決めて一日。

 俺は同じクラスにいる明理に連絡を入れる。

「……なんでメッセで会話しているんだ?」

 たけるがごもっともの発言している。

「なんでだろうなー。こうしていると会話できるらしい」

「それって好き避けじゃん。好かれているからこそ、会話できないんだ」

「そうなのか?」

 俺はぼーっとした顔でたけるの顔をみる。あんなに見慣れた顔が面白おかしく見える。

 突然吹き出す俺にたけるが怪訝な顔をする。

「お前、そんな面白い顔していたのか」

「ぶん殴るぞ♡」

 たけるが笑顔で怖いことを言う。

「悪い悪い。メッセだけで会話していたら、人の顔が歪んでみえた」

「やり過ぎだろ。普通に会話してくれ。おれたちが困惑しっちまう」

 ずっと明理と俺が席を離れずにメッセをしていたのは、バレていたみたいで、菜乃や麻里奈、釘宮も知っていたようだ。

 それで変に思ったたけるが訊ねてきたそうだ。

 まったく、俺だってメッセだけの会話に飽き飽きしているんだ。

 でも明理はこうじゃないと会話できないらしい。

 困ったものだ。

 そこらへんの説明をすると、たけるがガシガシと頭を掻く。

「なんかうざいから、直接会話してくれ」

『直接って言われても……』

 明理がメッセをよこす。

「いや、お前が頑張れば、みんな助かるんだよ」

『無理。好き過ぎてしんどい』

「ぐっ!」

 目の前でイチャイチャを見せられて顔を歪めるたける。

 うん。今のは俺にとっても甘すぎる発言だと思う。

 そして本人は「言っちゃった」と独り言を漏らしている。

「お前の彼女うざいから縛っていい?」

 たけるが満面の笑み、いやこめかみがピクピクしているか。

「いや、それはなしだろ」

 仮にも女の子だし。

 いや仮でもないが。

「はぁあ~。心配して損した」

 たけるが長いため息を吐くと、菜乃のもとにいく。

 さすがたける。一途だ。

「ちょっと。科学室に行くかな。たけるくんは危ないから来ちゃダメ」

『ねぇ。もしかしてタケルくん、菜乃ちゃんのこと好きなの?』

『ああ。そうらしい。でも、菜乃が避けているな』

「おう。お前ら楽しそうに会話してんな」

 こちらを見るたけるの目が怖い。

「いやー。たけるは好きになってもらえるのかな、と」

「バカにしているのか?」

「いや、心配しているんだよ。お前ならモテると思っていたよ」

「モテてないから悩んでいるんだよ」

「でも、俺が菜乃と知りあった時と同じくらいだよ」

「マジかー。それでよく折れなかったな、お前」

 今にも心折れそうなたけるが言う。すでに顔が崩れている。

「好きならできるだろ? たける」

「うぐっ!」

 のけぞるたけるだが、その瞳は揺るがない。

「だー! やってみせるぜ」

 たけるは何かを振り払うように叫ぶ。

「そこうるさい。授業は始まっているんだぞ」

 美術のおおとり先生がたけるの頭にチョップを食らわす。

「いて。親父にもぶたれたことないのに」

 痛そうに呻くたける。

 授業が始まると、俺は集中する。

「今日は自画像だ。丁寧に書けよ」

 鴻先生の授業のもと、白い画用紙が渡される。

 しかしまあ自画像か。

 一人ひとりに鏡を渡されるが、自分の顔はあまり好きじゃない。俺はもっと大人びたマッスルな顔がいいのだ。少しくらいイケメンに生まれたかった。

 いいよなーイケメンに生まれてきたやつは。

 ちらりとたけるを見やる。イケメンがそこにはいた。

 完成されたイケメンとはやつのことを言う。

 俺もああなれたらどんなに楽なことか。

 筆が進まない。

 自画像とかって、どう書けばいいのだろうか。

 ちらりと横柳くんの自画像を見る。

「げっ。うまい」

「そ、そうですか?」

 照れ隠しなのか、顔を赤くし画用紙に向き直る横柳。

 何がうまいって、その立体感にある。陰影をつけての表現。線の密度。何よりも色使いが綺麗だ。俺には思いつかない色合いで自分を表現している。

 そうか。この授業は自分を表現する場でもあるのか。

 となると俺の好みの色合い、形で。

 いやいやダメだ。いくら自画像だからと言って形まで変えるのはやりすぎだろう。

 ならどう表現する。

 周りを見渡すとみんな丁寧に自画像を書いている。そのほとんどが自分と同じ色合い、形をしている。

 俺もあんなふうに書けばいいのか。

 いや違う。

 俺にも理想があるではないか。その理想に近づけるため、自分を表現しなくては。

 まず理想の自分を書いてみる。そこに今の自分の顔をすり合わせていく。

 色合い、書き方、陰影。それらを注意深く観察しながら書いていく。

 難しい作業だが面白くかけている気がする。

「授業終わり。残りがあるやつは放課後に空けておくから遠慮せずにきたまえ」

 はーい。と元気よく答えるクラスメイト。続きは放課後か。それまでに今の考えを忘れないといいんだけど。

 教室に戻り、俺はたけると駄弁っている。

 そこに菜乃が入ってくる。

「あ、あの。これ」

 菜乃の手には消しゴムが握られている。落ちていたらしい、使いかけの消しゴムだ。

「もしかしてたけるのか?」

 恥ずかしそうにこくこくとうなずく菜乃。

「ありがとう、菜乃ちゃん」

 ニカッと笑うたける。よほど嬉しかったのか、アイラブユーと叫ぶたける。

 しかし落ちていた消しゴム一つにそこまでバカになれるのなら、菜乃とうまくやっていけそうだが。

 そのあとは菜乃の可愛さについてプレゼンを始めるたけるだった。

 まるで子を思う親のようで、聞いていてほっこりした。

 放課後になり、俺は美術室に行った。授業の続きを書くためである。

 先生からは急ぐ必要はないと言われているが、どうにも落ち着かない。

「お! 稲荷じゃん。やる気満々だね」

 鴻先生がにやりと笑い美術室を開ける。

「いいアイディアが浮かんだのでできるだけ書いておきたいなーって。それだけです」

「そんなことを言って。本当は美術に興味があるんじゃないの?」

「違いますよ」

 そうは言ってみたものの、自画像を書くのがこんなに楽しいとは知らなかった。

 きっと、もっと書いたらもっとうまくなる。もっと楽しくなる。そんな気がする。

 でも俺はオバカ大学に進学すると決めたんだ。明理と同じ、その理学部に所属すると。

 心に決めた相手がいる。その子を幸せにするために俺がいる。なら答えはもう出ているじゃないか。

 頭を振り、考えを改める。

 画用紙に向き合い、理想の自分と今の自分を書き足していく。

 そうして書いていくと、色々な発見やひらめきがある。

 鉛筆で薄くデッサンしても面白いが、やはり本番になるとより滑らかな線になる。色鉛筆や絵の具で色合いに違いをもたらす。

 書いていて楽しい。

 これは初めての感覚だ。俺は今まで枠にはめることしか考えていなかった。でもこの自由に書けるのは楽しい。成約がないというだけで、こんなにも楽しいデッサンができるとは思わなかった。

 最後に自分の気に入った色、青で塗り固めていく。

「ユウスケ……」

 美術室の出入り口に明理が立っていた。

「どうした? 明理」

「なんでもないよ。なんでも……」

 空元気を出しているように見えるが、本当に大丈夫なのだろうか?

 まさか俺が進路を変えると思って、不安に思っているのだろうか? いやそれは考えすぎだな。

 俺には理系一択でいい。それで明理と添い遂げるんだ。

 明理を幸せにするためだ。

 俺のことは二の次でいい。

 幸い、勉強は嫌いじゃないからな。

 どの大学でも中の上くらいはいけるだろう。

 そんな安直な考えでいいのか?

 分からない。

 でも今は今できることを信じてやるしかないのだ。

「おっ! うまいじゃん、稲荷」

 鴻先生がニカッと笑い、歩み寄ってくる。

「これなら美大にいけるんじゃね?」

 鴻先生が爆弾発言をする。

 でも、まだ高校二年だ。進路を決めるのには早いのかもしれない。

 俺は美大に行ってみたいと思ってしまった。

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