第26話 たこ焼き

 俺の知らない間に二つ名ができてしまったようだ。

 それも〝毒牙のマジシャン〟。最高に格好悪い。

 まったくどんな経緯からそんな名がついたのか。名付け親にはとことん問い詰めたいものだ。

「しかし困った」

 なにせ、明理が俺を避けていることに代わりないのだ。その原因もよくわらかない。

 思えば俺と明理の関係は深い。

 小さい頃から、彼女を見てきた。

 俺が明理を女の子として見るようになったのは小学校高学年くらい。

 周りにからかわれ、意識するようになった。それから数年。

 今は明理と遠のいていっている。

 どうしたものか。


 しかし、進路調査票か。

 進路ねー。

 親には大学くらいは出ていろと言われいるが……。

 行きたい大学も、進路もない。就職をどこか遠い世界のことと捉えていた。

 それがあと一年まで迫っているのだ。

 いや大学に行けば五年か。

 変なクレーマーやパワハラ上司、飲みニケーションとか、面倒なことがたくさんあるんだろうな。

「就職なんてしたくねー」

 俺は大粒のため息を吐く。

「たけるは進路どうするんだ?」

「まあ、ぼちぼちだな。親父の店手伝うか、大学で学ぶか」

 たけるの父はパン屋をしている。

 料理人になるがたけるの夢だと。

 俺にはそんな話はない。父はサラリーマン。母も似たようなものだ。

 そんな中で、俺が大学に行く意味はあるのだろうか?

 でもキャンパスライフには夢がある。希望がある。

 とりあえず、このあたりの大学で受かりそうなところを選ぶか。

 進路調査票を鞄にしまう。

「ん?」

 俺は明理の方を見つめる。と、明理はすぐに目線をそらす。

 こっちも解決しないとな。

 いつまでも避けられていては恋人とは呼べない。

 またもため息を吐くと、麻里奈と目が合う。

 ニコッと笑う麻里奈。

 可愛いな。でも今は明理の彼氏なんだ。浮ついた心では本当に見捨てられる。

 放課後になり、俺は明理と一緒に帰ろうとする、が……。

「先に帰ったのかよ。俺どんだけやらかしたんだ……」

 教室から出ていく明理を止められなかった俺にも責任はあるだろうけども。

「稲荷くん。私と一緒に帰らない?」

 麻里奈が優しく微笑む。

「ああ。いいけど……」

 本当にどうしちゃったんだよ、明理。

 俺は麻里奈と一緒に下校することになる。

 自宅まで歩いていると、いい匂いがしてくる。おいしそうな卵の匂い。

「たこ焼き屋さんですね。買っていきましょう、ね?」

 俺の意図をくんでか、麻里奈がそう言い、移動販売車のたこ焼き屋に向かう。

「はいよ! いっちょ上がり!」

 店員のおじさんが嬉しそうに一パック渡してくる。

 俺はそのたこ焼きを口にほおばる。

 パリパリとした香ばしい表面に、中のとろりとした生地、やや小ぶりのたこ。

「いや、これは、違う!」

「なに!?」

 店員が驚きの声を上げる。

「これはたこ焼きじゃない」

「な、何を言っているのです。稲荷くん」

「知っているか? たこ焼きの比率は地球のそれと同じということを」

 表面は表層、中身はマントル、そしてたこは核のみっつによる構成。

 これが理想的な構成とされている。

「だが、このたこ焼きはたこが小さく、核とは違う」

「何を! わしのたこ焼きがたこ焼きじゃない!?」

 驚きの声を上げる店員。

「ならこれならどうだ!」

 たこ焼きをすぐに焼き始める店員。

 そして差し出されるたこ焼き。

 ぱくっと口に放り込む。

「ダメだな。マントルが薄くなり、全体の味を損なっている。これならさっきの方がマシだ」

「ぐぬぬぬ。ならこれならどうだ! マントルの量を増やした。これで文句はあるまい」

「何をバカな。食べなくても分かる。すぐにマントルが決壊し、薄皮が壊れやすくなる」

「くそ。なら表層を厚く……!」

「そうすれば、今度は内圧には負けないだろうが、食感が変わる、そして熱伝導率が変わり、カツオ節が踊らなくなる」

「なっ!」

 たこ焼き屋の店員は驚きで声を失う。

「クソ――っ!」

 頭を抱える店員。

「……全然話題に入っていけなかったんですけど、まさか稲荷くんがこんなに熱い男なんて」

 ポッと頬を染める麻里奈。

 いやいや、麻里奈に惚れさせてどうする。

 俺には明理という大事な彼女がいるじゃないか。


 麻里奈と別れ、自宅へ帰る。

 帰宅すると、桃が何か言いたげだ。

「なんだ?」

「なんで麻里奈さんと一緒に帰っているの~?」

 間延びした声だが、どこかドスのきいた声でドキッとしてしまう。

「いや、最初は明理と帰ろうと思っていたんだが、あいつ、どっか行ってしまって」

 言い訳をするなんて見苦しい。

 でも、明理は俺を避けている。

「ふ~ん。そうなの~。じゃあ、桃にもチャンスはあるの~?」

「チャンス?」

 まさか、桃はまだ俺を諦めていないのか。それはマズいな。

 桃のことは妹としか見ていない。

 現に今も彼シャツをしているが、ドキッともしない。

「ちょっとずつずらしてみるの~」

 桃はそのきわどいラインを見せるようにシャツをあげていく。

 縞々の青いストライプが見えたところで、俺は声を上げる。

「やめろ。俺は桃を好きになることはない」

「……」

 悲しそうに目を伏せる桃。

 なんでそんなに悲しそうにするんだよ。おかしいだろ。俺たちは同じ時間を過ごしてきた兄妹じゃないか。それがなんでこんなことになったんだ。


 翌日、Lionを開いて明理に連絡をとる。

『今日は一緒に登校しよう』

『分かった。じゃあ、玄関で待っているね♡』

 やっぱり、俺たち付き合っているんだね。良かった。

 俺は玄関を開けるとそこには明理がいた。

 ホッとした。また避けられると思っていたからだ。

「しかし、明理は進路どうするんだ?」

「うん。大学いくよ」

 ……。

 …………。

「俺は大学行くか迷っている」

「そう……」

 どうも明理の反応が悪い。

「どの大学に行く予定なんだ? 明理は」

小場禍おばか大学」

「公立校か。偏差値高いよな。俺、いけるのかな?」

「くるの?」

 目を輝かせる明理。

「ああ。どうせなら一緒にキャンパスライフをエンジョイしようぜ?」

「う、うん」

 どこか引いた感じの声。

 どうしたのだろう。いつもなら、もっと食いつくのに。

「あー。ごめん。俺、バカだから何がいけなかったのか分からない。教えてくれ」

「え……?」

 言葉に窮する明理。

 あれ? 俺が悪くて避けていたんじゃないのか?

「ま、まあ。麻里奈ちゃんと一緒に下校したのは許せないけど……」

「それも、か。すいませんでした」

 俺は頭を下げて、謝る。

「うん。まあ、うん…………」

 どこかぎこちないやりとり。

「なあ、俺、悪いことしたか?」

「いや、別に……」

 明理が目をそらす。

 その横顔からは感情が読み取れない。

 やはり悪いことをしたのだろうか。

 いや、好き避けということもありえる。明理に関して言えば、他の女の子に好かれていることに対する不安と恐怖から、だろうか。もしくはフラれる恐怖を感じてのことか。

 いや、だが好き避けをするのは本来付き合う前。自分の好きが知られるのが恥ずかしいか、告白する勇気も持てない女の子がすることだ。

 昨日、パソコンで調べて分かったことだ。

 どうしたものか。

 学校に着くと、自分の席につく。

「おいおい。恋人登校かよ。お熱いねー。ひゅー」

 たけるがはやし立てるが、ぎこちない笑みを浮かべる明理。

「お前、少し黙れよ」

 俺は冷たい目線でたけるに言う。

「いや、悪い。まさかまだ避けられているのか?」

「どうみえる?」

 俺が冷たい声を上げると、たけるはすくむ。

「マジかよ……。お前がハッキリしないと、菜乃ちゃんも」

「言いたいことは分かる、分かるが、お前もぶれないな」

 明理がハッキリしないといけないのにな。

 じゃないと、しっかりと他の連中がちゃんと失恋できないじゃないか。

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