第25話 二つ名。

「好きだ。俺と付き合ってくれ」

 そう言った相手は明理だった。

 その瞳がキラリと輝き、嬉しそうに破顔させる。瞳からはぽろぽろと涙を流す。

 これで良かったのか?

 いいやもう迷わない。

 いつもそばにいてくれる明理に何度も救われた。これからは俺が救う番だ。守るんだ。

 明理を。

 幼なじみだけど、それ以上の関係になりたい。

 つなぎあえた手のひら。その柔らかく暖かな感触。

 それを伝えていけるような人になりたい。

 周囲からは落胆の声があがる。

「私の方が稲荷くんを好きなのに――」

「我も諦めきれないかな」

「桃もー!」

「あたしは遠慮するわ」

 釘宮を除くみんながまだ諦め切れていない様子だ。

 俺はそんなにいい男じゃないんだぞ。

 花火を見終わったあとに訪れる虚無感。

 やり遂げた。

 でもこれからが大変だ。

「祐介」

「なんだ? 明理」

「浮気はダメ、ね?」

「ああ。もちろんだ」

「他の女の子に優しくするのもダメ」

「ああ。善処する」

 言い切れない。俺は無意識に優しくしていたようだから。

 ここで断ち切ることもできない俺は格好悪いな。

 まったく優柔不断と言われているじゃないか。

 さっさとけりをつけろ。

「ホントに分かっているのかな……」

 苦笑いを浮かべる明理。

「これからは気をつけるよ」

「ホントかな~?」

 しつこい。でも俺が原因なんだから仕方ない。



 そんなこんなで二泊三日の旅行も終わり。

 俺たちは帰路につくことになった。

 帰りは麻里奈の車が三台でた。

 俺と明理、そして桃の三人が一緒の車にのる。ちなみにたけると菜乃、釘宮が同じ車だ。一人になった麻里奈だが、どこか落ち込んでいる様子だった。

 俺とてそこまで鈍感じゃない。俺がなぐさめてやる必要はどこにもない。

 だって、俺が原因なのだから。俺が麻里奈を払いのけたのだから。

 俺は今度から明理と一緒にいる。

 離さない。大切な人だからこそ、優しくする。

 そうでなくては俺の男としての名がすたるというもの。

「これからどうする?」

「桃がいる前でいちゃつかせないの~」

 桃が割ってはいり、俺と明理はあまり会話することなく、自宅へと戻るのだった。


 久々の自宅に戻り、空気が、匂いが違うことにびっくりしてしまう。

 でも匂いもすぐになれ、俺は部屋でスマホをいじる。麻里奈に改めてお礼を言うためだ。

 ここまでしてくれたのに、結果的にはふってしまい申し訳ないと思っている。

 彼女のプライドを踏みにじらないよう、細心の注意を払ってメッセを送る。

「疲れた……。まさかメッセ送るだけでこんなに気を遣うとは」

 モテないように素っ気ない態度を混ぜつつ、お礼はしっかり言う。

 結局シンプルな「誘ってくれてありがとう」という短文になってしまった。

 しかし、

「恋人、かー」

 早まったかな。

 俺にはまだ明理が彼女という実感がない。

 それもずっとそばにいてくれたから。

 理由が安直すぎるかな。

 幼なじみだから当然だろうし。

「俺、これで良かったのかな?」


 翌日になり、身支度を調える。

 いつもなら迎えに来る明理も、今日はこない。

 どうしたのだろう? そう思いメッセをとばす。

 返ってきたのは「今からいく」の短文。

 寝坊でもしたのかな?

 俺は玄関を開けて外で待機することにした。

 と、インターホンの前でため息を吐いている少女に気がつく。

「どうしたんだ? 明理」

「え。いや、なんでもない」

 顔を赤らめ、もじもじとする明理。

 その姿は可愛いが、何かを言いたいのだろうか?

 チラチラとこちらを見ては避けるように距離をとる。

 俺、嫌われるようなことしたか?

 待て待て。今までの経験則からいうと、どこかに爆弾を抱えたままなのかもしれない。

 じゃあ、その爆弾はなんだ?

 謝る必要があるのか?

 頭の中で考えてもしょうがない。学校でたけるに相談するか。

 前からトラックがやってくる。

 俺は慌てて明理の手を引き、壁沿いへ。

 トラックが横を通り過ぎていく。

「危ない運転だな!」

「きゃっ!」

 明理は俺を押しのけ、距離をとる。

「え。どうした?」

「ええと。そのごめんなさい」

 そう言って駆け足で高校に向かう明理。

「やっぱり何かしたのか?」

 俺はショックを受けながらも、登校。

 たけるに相談をした。

「確かにお前なら何かやらかした、という可能性が高いな。でも好き避けという言葉もある」

「好き避け?」

「好きすぎて逆に避けてしまう現象だ。あまり聴かないか?」

「ああ。聴いたことがないね」

 たけるは困ったような笑みを浮かべる。

「まあ、あの明理ちゃんがそうなるとは思えないからな。お前が悪いんだろうよ」

 やっぱり俺が悪いんだよな。

 しかし、何が悪かったんだ?

「あー。ちなみに悪いことをしたんだったら、その原因を知っておけよ。本人に直接聞いちゃダメだ」

「え。マジか。俺が思い出す必要があるのか?」

「それ以外、何があるんだよ」

「マジかー」

 俺はがっくりとうなだれていると、菜乃が話しかけてくる。

「あの、稲荷さん。お困りなら力になるかな?」

「相談に乗ってくれるならありがたい」

「いいのかよ?」

 たけるが不安そうな顔を向けてくる。

「しかたないだろ。俺の頭じゃ、何も思い浮かばないんだから」

「そうじゃなくて……。いやもういい」

 たけるは深くため息を吐くと、頭を抱える。

 菜乃に俺の行動を聴いてもらったが、首をかしげる。

「うーん。我が引っかかるところはないかな。誕生日とかを忘れていないかな?」

「それはない。明理の誕生日は8月23だ。毎年やっているからな」

 菜乃が地味に傷ついた顔をする。

「我の誕生日、明日」

 壊れた機械のように呟く菜乃。

「え。いや、それは……」

 俺は戸惑っていた。

 他の女の子とは仲良くしていけない。それはいましめでもある。

 そうでなければ、明理を大切にできない。

「おれが祝うぞ。菜乃ちゃん」

 たけるが前に出てニカッと笑う。

「うん。ありがと」

 たけるが好きということを知ってから、どこかぎこちない菜乃。

 結局、菜乃の意見では分からなかった。

 トイレから戻る途中、釘宮がぼーっとしていた。

 彼女なら冷静な判断もつくだろう。

「なに?」

 こちらの視線に気がついたのか、振り向く釘宮。

「ああ。ちょっと相談だ」

 恋の相談なんてしたことがないから、照れくさい。

 これまでの経緯を話したが、釘宮は心底疲れたような顔で言う。

「好き避けじゃない?」

「そうか。悪かった」

「ホントに思っているの?」

 呆れたような顔をする釘宮。

「あたしたち、仮にもあなたに告白したのよ。そしてふった。その相手に相談なんて無神経にもほどあるでしょ」

 そうか。そういうことか。

 なるほど。これでは相談できる相手もいない。

 悲しそうに目を伏せる釘宮。

「いや、悪かった。すまん」

 俺は情けない奴だ。

 このくらいで他の女の子にまで迷惑をかけるとは。

 これからは自分で見つけていくしかないのか。

 聴いてくれる親友がいて欲しい。

 誰かいないのか。

 そう考えると菜乃はすごいな。

 聴きたくもないような話を聞いて判断するなんて。

 俺は何も分かっていなかった。分かっているつもりだった。

 でも結果はみんなを傷つけるだけで、誰も守ることも、救うこともできない。

 どうしたらいいんだ。

 俺はなんで明理に嫌われたんだ。

 一人悶々としていると、進路調査票が回ってくる。

「これは……?」

 横柳よこやなぎくんがメガネを光らせる。

「見て分かるでしょう? 進路についてを教えて欲しいそうだよ」

「横柳くん」

「なんだい?」

「初めて話したよね?」

「そうだね。でも僕は知っているよ。ハーレム主人公の稲荷祐介。別名〝毒牙のマジシャン〟」

「聴いたことねーよ!」

 いつの間に、そんな二つ名ができたんだよ!

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