第24話 花火

 ホテルは東からの朝焼けに照らされて、オレンジ色の陽光をもたらしている。

「もう、こんな時間か」

「たく。お前が優柔不断だとは知っていたが、まさかここまでとはな」

 たけるがため息を吐く。

「まあ、おれにもチャンスがあるみたいだし、よしとするか」

「何かあった?」

「菜乃ちゃんが『友達から始めよう』って。あの人見知りさんが」

 なるほど。それは確かに大きな一歩だ。しかし――。

「うまくやっていけるのかね?」

「それはお前の方だぞ。祐介」

「え。俺?」

「今度もまた他の女を助けたりしてみろ。それで一発失恋だってありえるぞ」

「……すまん。そうだな。俺が誰に対しても同じように接するのがいけないんだよな」

 反省はしている。

 これからも、こんなことが起きるかもしれない。

 だが、これからはまだ変えられる。

 俺が俺のままではいけないのだ。

 少しずつでも変えていかなければ、俺は本当に愛想尽かれる。

 彼女らにふさわしい人間にならなくてはいけないのだ。

 俺が俺らしく生きるのは大事だが、分別のつかない子どもでいるわけにもいかない。

 俺だって大人としての対応ができるようになりたい。

 だから前へ進む。

 今日、俺は告白する。

 その先になにが待っているのか、分からないけど。

 でも進むことで見えてくるものがある。

 進まなければ分からないこともある。

 怖いな。

 未知との出会いは。未知との付き合い方はあるのだろうか。

 怖いんだ。

 未知が。知らないことがあるのが。

 俺はこんなにも臆病だったのか。今の関係がぬるま湯に浸っているようで心地よい。でもそのままじゃいられない。

 俺は前に進む。

 熱いのか、寒いのか、分からない世界へと。

 この気持ちに嘘はつけないから。

 だから俺は明理に連絡を入れる。

 会えないか? と。

 休憩室に来ると、明理はそわそわした様子でベンチに腰をかけていた。

 明理が手にしているのは四つ葉サイダー。受験のときにも気持ちを落ち着かせるために飲んでいた。明理にとっては安心できる味なのだ。

 俺も自販機でミルクティを購入。

 明理の隣に座る。

「わざわざ呼び出すからには何かあったの?」

「ああ。今日、俺は告白をする」

「! そう」

 驚いたものの、うつむく明理。

 何を考えているのか分からないが、陰りが見える。

「俺、決めるのに時間がかかってしまって。だから、明理との未来についても考えていきたい」

「え。わ、わたしと?」

「いや、麻里奈とも同じ事を言うつもりだ。だから気にせずに語ってくれ」

「なにそれ。わたしが祐介とどうなりたいのか、知りたいってこと?」

「まあ、端的に言ってしまえば。でも無理にお願いしているわけでもない。話したいことがあるのなら今のうちに、って思って」

 明理がヒクヒクと口の端を歪める。

 頭に血でものぼったのか、こめかみがピクピクしている。

「あんた。ほん、と~うにバカ! でしょ!」

「ああ。バカだからこんなことしか言えない。俺は今、明理と麻里奈の間で揺れている」

「ああ。もう聴いたわたしがバカだった」

 髪をぐしゃぐしゃにして大きく深呼吸する明理。

「まあ、祐介とはこれからも一緒にいたいわよ。結婚して、子どもは三人、可もなく不可もない普通の家族。それがいいな」

 語り出す明理はどこか遠い目をしていた。

 まるで叶わない夢を語るように。

 自分も働いて、土地を買って、家を建てる。

 そんな願いが明理にはあって、俺にはなかった。

 今さえよければいい。そう思っていた自分が恥ずかしい。

 みんな未来を見据えて行動している。

 俺みたいに行き当たりばったりじゃない。

 感情が先に動いてしまうのだ。理性が薄い。

 そんな俺にも、誰かの花婿であることができるのだろうか。

 分からない。

 また未知だ。

 でもその未知を乗り越えなければ、何も変わらない。誰も救われない。

 俺は変える。

 いつまでも怖じ気づく訳にもいかない。

 明理は意気揚々と自分の夢を語る。将来は音楽科の大学に入り、音楽に触れて生きていきたい、と。

 俺も初めてきいた。彼女の夢を。

 俺はずっと見ていたはずの幼なじみだったが、まさかそこまで音楽に興味があるとは思っていなかったのだ。

「じゃあ、祐介は?」

「え。俺?」

「夢、語るのわたしだけじゃ、不公平じゃん」

「そうだな」

 訥々とつとつと話し出す俺。

 俺が好きなのはラノベを読むこと。それ以外に何もない。

 読書が趣味ではあるけど、それ以外に楽しいものを見つけていない。

 それだけ。

 勉強面でも特別秀でたものはない。強いていえば理科が多少良いくらいか。

 父はIT企業のサラリーマン。母はお掃除のパート。

 どちらも興味はない。

 料理は好きな方だ。

 でもあとはラノベに小遣いをつぎ込むくらいだ。

「それならいっそラノベ作家になったら?」

「なれるかな?」

「何事も挑戦だよ。やってみるといい」

 明理は朗らかに笑う。

 そっか。それでいいんだ。

 俺は難しく考えていたのかもしれない。

 漠然と未来を見ていたのかもしれない。

 でも未来は確実にある。来る。

 そのとき、どうありたいのか。それを知るのも、知っていくのも大切なのだろう。

 今はそう思う。そう思える。

 明理に悩みや将来のことを聴くと、俺は次に麻里奈を呼び出す。


「こ、こんばんは」

 ややぎこちない声を上げる麻里奈。

 緊張しているのか、隣に座るとそわそわしだす。

「麻里奈。正直、俺は明理と麻里奈の間で揺れている」

「そうなのですか。私と話をしたいのはなぜです?」

「将来の夢や二人の未来を考えていきたいんだ」

「そう。……私はおうちデートがしたいです。幸せになればそれで満足です」

 俺と同じか。

 そこまで考えていないよな。

 少し安心している自分がいる。

「でも――将来は家業を継ぐことになりそうです。夫になる人も一緒に。でないとこの国が崩壊してしまうので」

「ほ、崩壊……!?」

 物騒な言葉を聞き、俺はおののく。

 この国の経済を支えている《高坂プレゼンツ》。それがどれほど大変なのか、想像がついてしまう。

 しかし、夢ではなく、義務なのか。悲しいな。それ。

「でも一生お金で困ることはありません。セレブの道、まっしぐらです」

「ははは。そうかもしれないな」

「でも、稲荷さんと一緒にいると楽しいです。幸せです」

 麻里奈がポッと頬を染める。

「あ、ありがと」

 俺は礼を言うと、時間を見る。

 あと二時間。

 それで花火が上がる。

 告白するなら最高のロケーションだ。


 俺たちはホテルの展望台から太平洋を見る。

 その上空に花火が打ち上がるらしい。

 それも麻里奈が用意してくれたものらしい。

 胸が苦しくなる。

 みんなをふって一人を決める時がきた。

 俺は俺の道を行く。それしかないのだ。

 みんなには悪いが、応えを出すしかない。

 心に決める。

 これから始まる恋愛。告白タイム。

 ドキドキしてきた。

 失敗したらどうしよう?

 俺は心臓が早鐘をうつのを感じ、深呼吸をして落ち着かせる。

「よ。誰にするか、決まったのか?」

「ああ。この花火を一緒にみたい、そう思えた相手を一番にするよ」

「ほう。それはなかなかのロマンチストだな」

「たけるはシチュエーションを選べなかったからな」

「それな。シチュエーションが変わっていたら……なんかむかついてきた。一発殴らせろ」

「いや、それだけは勘弁な」

 俺はたけるとの会話を終える。

 と、同時に花火が打ち上がる。

 綺麗な満開の花が空中に咲き誇る。

 振動がガラス越しにも伝わってくる。

 いくつかの花を見た後、俺は気持ちを落ち着かせる。

 最高の告白ができそうだ。

 今なら彼女も受け止めてくれるだろう。

 俺は彼女の手を引き、耳元で告げる。

「好きだ。俺と付き合ってくれ」

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