第23話 テンプレのカノジョ

 ホテルに戻り夕食を頼むと、部屋まで持ってきてくれる――が、俺たちは宴会場を用意してもらった。それもこれも高坂麻里奈というセレブのお陰だ。

 みんなで同じ食を囲み、俺たちは食べ始める。

 隣で食べている明理が、嫌いなトマトを俺の皿に乗せてくる。

 俺はそのトマトを食べる。

 その行動を見てか、麻里奈が声を上げる。

「そんなに甘やかして。トマトくらい食べなさい」

「えー。あのぐじゅぐじゅした感じが嫌いなのよ。それをいつも祐介が食べてくれるのよ」

 にやりと不適な笑みを浮かべる明理。

「まあ、いつものやりとりだわな」

「じゃあ、これ!」

 そう言って麻里奈は米沢牛を渡してくる。

「ダイエット中だから代わりに食べて、ね?」

 嬉しそうにする麻里奈。

「え。いや、俺は……」

「はい」

 菜乃までおいしそうな刺身を渡してくる。

 と、みんながみんな、同じように一品差し出すようになった。

「待て待て。俺はこんなに食べられないぞ!」

「じゃあ、おれが手伝ってやんよ」

 たけるよ。なんという嬉しい友だ。

 俺とたけるはタッグを組み、みんなの料理を頂く。

 少し不満そうな顔をしていたが残すよりはいいだろう。

 出された食事を平らげると、俺はもう動けなくなっていた。

「うぅ。食い過ぎた……」

「たく。だらしないな」

「いや、たけるもそうとう食っただろ」

「ああ。まあな。それでも立ち上がるのは男」

 そんな価値観捨ててしまえ。

 まあ、少し歩けるようになったからいいけど。

 俺が立ち上がると、自分の部屋に戻る。

「どうだ? これから風呂いかねーか?」

「いいね。俺もいく」

 たけると二人、ホテルの温泉に行くことにした。

 源泉掛け流しの熱々温泉だ。

「あー。暖まる」

「だな。気兼ねなくいられるってもんだ」

 俺とたけるはゆっくりと風呂に浸かっていると、隣から声が聞こえてくる。

「麻里奈さん、ちょっと大きくなっていない?」

「ホントだー。まだ大きくなる気?」

 釘宮と明理だ。

「そ、そんなことないですよ」

 慌てて否定する麻里奈。

「でも、この大きさは……」

 菜乃が会話に交じってきた。

 そんな会話を続けるものだから、俺たちは鼻血を吹き出しそうになった。

「あがるか」

「ああ」

 俺たちには刺激が強すぎた。

 しかし、こんなに厚みのない壁では昨日のことも聴かれていたのだろう。

 そう考えると恥ずかしい。

 俺の好きな人は絞れてきたのだ。それを彼女たちも知っている。

 そう思うと胸がぎゅっと苦しくなる。

 この気持ちはなんだ?

 こんなにも思っているのに離ればなれにならなくちゃいけない。

 それが今は苦しく感じる。

 風呂を上がり、牛乳を飲み干す。

「ぶはー。うまい!」

「おいおい。まるでおっさんだな」

 たけるが苦笑いを浮かべる。

「いいじゃないか。失った水分補給だよ」


 ※※※


 俺が幼稚園の頃、近所に住んでいた明里と一緒に砂場で遊んでいた。

 アニメをよく見る女の子だった。俺もアニメにはまり、一緒に見ていた。

 そんな彼女はよく砂場でお城を作っていた。

 俺もその砂場で手伝ったものだった。

 でもある日、砂場を荒らすガキ大将が現れた。

 俺と明理はその砂場で遊ぶことができなくなってしまった。

 代わりに、と。俺はテレビゲームを一緒に遊んだ。アクションゲーム、RPG、レースゲームなどなど。

 それでも明理は楽しく、屈託ない笑顔で遊んでくれた。

 そんな彼女を守りたいと思った俺は、今一度、砂場に行き、ガキ大将を懲らしめてやった。

 俺はあざや擦り傷だらけになって帰っていったが、そんな俺を見た明理は「バカ」と罵ってきた。

 今でも覚えている。

 あの〝バカ〟が鋭く突き刺さったのだ。

 悲しかった。彼女のために闘ってきたのに、彼女はそれを望んでいなかったのだ。

 テレビゲームだけで満足していたのに。

 俺は無駄な争いをしたのだ。

 それからも嫌われないように、明理の前ではあんまり頑張りすぎないようにした。

 それでも手が出る時はある。

 そう。麻里奈を助けたときもそうだ。

 俺は反射的にかばってしまう。

 それでみんなを苦しめてきたと思うと、俺はバカなんだろう。

 バカ過ぎて救いようもないのかもしれない。

 ため息を吐くと幸せが逃げるって本当なのだろうか。

 まあ、ため息を吐く姿を見て話しかけたいと思う奴は少ないよな。

「なに黄昏れちゃっているのさ」

 隣に明理がやってくる。

「いや、俺はバカだな~って思って」

「なんだ。そんなことか」

「なんだ、ってひどいな。俺が必死に考えているときに」

「なにを悩んでいるかは分からないけど、感情や感覚で動くものでしょ? 理詰めはそのあと。じゃないと頭ハツカネズミになるって」

 明理は明るい声で、くるくると指を回す。

「ハツカネズミ?」

「同じ事をいつまでも考えてしまうってこと」

 ああ。なるほど。

 俺はいつまでも同じ事を考えていた。

 いつになったら、解放されるのか、と思っていた。

 でもいいんだ。感覚が先に来ても。

 感情が先回りしても。

 なら、誰も選ばないという選択肢もあるのかな。

 俺は誰かをふって傷つくのが怖いと思っている。でもその気がない俺と付き合って楽しいと言えるのか?

 分からない。

 でも何かしてみないと何も分からない。

 まず決める。そして何かをやり通す。それが何かを始める時に必要なこと。

 そう聴いたことがある。

 じゃあ、俺は何を求めている。何をしたい?

 ぱっと浮かんだのは手をつないでいるイメージだ。

 じゃあ、その顔は――見えない。

 分からない。

 そうだ。俺は手をつなぐ恋人が欲しいんだ。

 隣を歩いてくれる人がいいんだ。

 じゃあ、その相手は誰だ?

「やっぱりハツカネズミになっているじゃない」

 明理がクスクスと笑う。

「ああ。いや、これは明理には言えないな」

「そう。でもサイコーの親友がいるじゃない。話聞いてもらいなよ」

 たけるか。

 あいつに言うのは抵抗あるな。でも相談しないことには何も決められない。

「分かった。相談してみるよ」

 俺はまだこの恋を成就させてはいけない。きっと。

 だから話す。

 相談する。

 俺は部屋に戻ると先に戻っていたたけるを見る。

「? どうしたんだ? たける」

 ぼーっとした顔を向けてくる。

「いや、なんか告白したら気持ちが晴れたというか……」

 そうだ。たけるは菜乃に告白をしたようなもの。

 そんな彼がどう思っているのか。

「気が楽になったのか?」

「そうみたいだな。でも返事がもらえていないからそわそわする」

 なるほど。応えをもらっていないとそわそわ。

 そんな気持ちにさせていたのか。俺は。

 明理に麻里奈、菜乃、桃、釘宮。

 みんなそわそわした気持ちを抱えながら、生活していたのか。

 俺の至らなさが身にしみる。

「たける。怒らずに聴いてくれ」

「なんだ? 今なら仏にでもなれそうだ」

「俺、明理か、麻里奈で悩んでいる。どう決めればいい?」

「おい。お前、それでいいのか?」

 たけるは苦い顔をする。

「ああ。それでいい。俺の気持ちは隣にいる人だ」

 桃や菜乃は妹のようだし、釘宮は前を歩いている気がする。

 そんな彼女の中から隣を歩いてくれそうなのは明理と麻里奈だ。

 麻里奈こそ、敬語で後ろから……といったイメージがあるが、なぜかその疑問は晴れている。言うときは言ってくれるからかもしれない。

 このハーレム人生に区切りをつける。

 俺はテンプレのカノジョが欲しい。

 普通のカノジョが。

 何げない会話をして、他愛ないやりとりをして。

 そして普通に暮らしていきたい。

 縁側えんがわに座り、お茶菓子と一緒に庭にくるホトトギスを眺める。そこにおばあちゃんがいるのだ。

 それが俺の子どもの頃からの夢。希望。光。

 俺がその隣に選ぶは明理か、麻里奈。

 明日の花火には告白する。

 そのために二人と会話したい。

 たけるに相談にのってほしい。

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