第22話 救護室

 クレープを食べ終えると、俺はプールを眺める。

「最後にちょっと泳ぎたいな」

「いいですね。私も泳ぎます」

 麻里奈がたけるを押しのけ、言う。

 25mプールにたどり着くと、俺と麻里奈は泳ぎ始める。

「いや、がちかよ」

 困惑するたけるを置き去りに、がちで泳ぐ俺。それについてくる麻里奈。

 がちで泳いで十分後。

 俺と麻里奈は浅瀬のプールに来ていた。

 なんでもみんな集まっているらしく、俺たちも急いだ。

 来てみると、桃、釘宮、明理、菜乃がそろっていた。

 みんな手には水鉄砲を持っており、俺と麻里奈、たけるの分もある。

 俺たちは水鉄砲に水を入れ、キラリと目を輝かせる。

「行くぞ!」

 俺が手にした水鉄砲を構えると、みんな対抗する。

「さあ、倒しましょう」

「わたしはまけないよ」

「我は勝つかな」

「桃も負けないの~」

「ふん。見てなさい」

 麻里奈、明理、菜乃、桃、釘宮はにやりと笑い、俺に向かって水を発射してくる。

「いや、たけるを狙えよ!」

「お前が負けるよう、仕組んだからな!」

「なにぃ! やっちまったなぁあ!」

 そう言いつつ、この水鉄砲合戦に勝ち負けがあるのだろうか?

「いひひひ。覚悟しなさい! 祐介」

「誰だよ! つーか、明理しっかりしろ!」

 明理が水を発射し、俺の顔面に直撃する。

 ごぼごぼ!

 少し水が口に入った。苦しい。

 俺はそらし、口に入らないようにする。

 その直後、別の角度から水が発射される。

 麻里奈だ。

「お覚悟を!」

「ようし、二人ともチェキゲットだな!」

 おう。どういうことだってばよ。

 たけるが負けない、と言っていたのは、このことか。俺のチェキを勝手に配っていやがるんだな!

「絶交もありうるぞ! たける」

 今度は別の角度から水をふっかけられる。

「やったかな!」

 菜乃まで!

 くそ。どうしてフツメンの俺が攻撃を受けているんだ!

 こんな役周りはイケメンだろ。

「なの~」

 桃の攻撃は避けて、バックステップで距離をとる。

 後ろからぶしゅっと水を浴びる。

「べ、別にあんたの写真が欲しいわけじゃないんだからね!」

 釘宮だ。

 まさかこいつまでもチェキが欲しいとは。

 恋は盲目というが本当らしい。

 俺は回避しつつ応戦する。

 一人一人確実に仕留める。

 水を弾き飛ばし、水鉄砲を構える。

 狙いを定めて放つ。

 当たった明理と麻里奈。

 ついで桃と菜乃にもヒットさせる。

「ヒュー、やるね。おれも参加するぜ」

 そう言ってたけるが交わると、たけるは体操選手みたいな動きでかわし、また撃ってくる。

「なにぃ!」

 その速度に追い付けない俺は、目を丸くするしかない。

 何度も浴びる液体。

 どこか粘っこく蒼い液体。

「うへ。なんだこれ……」

 俺は液体を落とすと、水を発射する。

 その水はたけるにはよけられる。

「その液体。我の試作品? まさか……!」

「なんだ。なにか知っているのか? 菜乃」

「ええと。あれは一時的に本音が漏れるようになる薬かな」

「マジか!」

「マジかな」

 それしても、あの液体はプール内に広がっているようだが、大丈夫なのか?

 気にかけている間にも液体は俺にヒットする。

「くっ。うますぎるだろ!」

 俺はうめき、水鉄砲を構える。

 発射するが全然あたらない。

「菜乃。あの薬を俺にも」

「ええ! で、でも……」

「いいから、早く!」

 俺がせかすと菜乃は薬液を渡してくる。

 瓶に入ったそれを水鉄砲に充填。発射する。

「一発でも当てれば俺の勝ちだな。そのあとは菜乃と話せばいい」

「? どういうことかな?」

「まあ、いいだろ。撃つぞ」

 俺は照準を合わせて、撃つ。

 それをサイドステップでかわし、普通の水鉄砲を放つ。薬液はなくなったらしい。

 水を充填しているところを俺は狙う。

 と、薬液を浴びたたける。

「な! バカな!」

 俺はやった! とガッツポーズをとる。

「やったぜ、馬鹿野郎!」

「んな! お前にだけは言われたくないわ!」

 たけるは俺のもとにくると、水鉄砲を浴びせてくる。

「お前、誰に対しても優しく接しすぎているんだよ!」

「なんだと。俺は普通に生きているだけだ」

「だから迷惑だって言っているんだよ」

 確かに俺は語尾や性格、優等生であった菜乃を一人にはしなかった。麻里奈はナイフを刺されずにすんだ。明理が困ったとき、助けてきた。

 桃が料理を作るが、それ以外の家事は俺がやっている。

 釘宮も性格が難であり、それを独りぼっちにしなかったのだ。

 そんな俺が優しいらしい。

 その中の誰か一人でも、救えるのなら。

 そう考えている時点で、俺は優しくなどない。

 俺には一人しか救えないのだ。

 それが悲しい現実だ。

 一夫多妻制ではないのだから、当然と言えば当然か。

 それを全部ぶちまけてしまった俺。

「おい。語りすぎだぞ、祐介」

「いや、お前が薬なんて発射するからだろ、時と場合を選べよ」

「いやまさかそこまで真剣に考えているとは思わなかったぞ」

「私たちをどうみているのか、分かったです。でもなれそめを聴かれるのは恥ずかしいです」

 麻里奈が頬を赤らめ、もじもじとする。

「それでお前はどうなんだよ? たける」

「おれは菜乃ちゃん一筋……だ、って、何を言わせるンだよ!」

「え。たけるさんは、我をそう見ていたのかな?」

 目を瞬く菜乃。

 恥ずかしそうに顔をうつむくたける。

「お前は――っ!」

 たけるは大声を上げ、太ももで首を絞める絞め技『ヘッドシザース』を受けている。

「ギブ、ギブ!」

 俺は床をドンドンと叩いて危険を知らせる。

「もしかしてたけるってば、菜乃ちゃんが好きなの?」

 明理が何げない一言を発すると、一気にまっ赤になる菜乃とたける。

「好きだ! って本音が出てしまう!」

「本音かな。少し考えさせてほしいかな」

 ありゃ。告白したみたいな流れになっている。

 というか。

「告白してしまったじゃねーか!」

 たけるは怒りのあまり、足に力をいれる。

「ぐげ」

 カエルが潰れたような声をあげる俺。

 もう限界だった。

「やば、やりすぎた!」

 たけるが解放してくれたが、俺は気が遠くなるのを感じていた。


 ※※※


「いくらなんでもやりすぎよ」

「わりぃ……」

 ばつの悪い顔を見せるたける。

 その前には、明理が立っている。

「もう。起きないじゃない」

「いや、起きているよ」

 俺が声を上げると、麻里奈が喜んで手をとってくる。

「まだ無理はなさらないでください」

「ここで死んだら、たけるを人殺しにしてしまう」

 俺は無理にでも起き上がろうとする。

「なら、余計に起き上がろうとしないかな」

 菜乃が静かに言う。

 確かに無理をしても仕方ないか。

 俺は起き上がるのをやめ、ベッドに身を預ける。

「で。ここは?」

「プールの救護室よ。そっちのバカがやりすぎたからね」

 釘宮がたけるを睨む。

「そうか。ありがとう」

 俺は身体を休める。


 ふと起き上がると、時間は午後六時を回っていた。

 俺は救護室から出て、ふらつく足取りでプールから出る。

 もちろん、他の女子とたけるを含めて、だ。

「お前、少し痩せろよ」

「うるせー」

 たけるに肩を貸してもらったから、あまり強く言えねー!

「しかし、我らの気持ちよりも、たけるくんかなー」

 菜乃は苦笑いを浮かべる。

 いや、女子に肩を貸して、というにはあまりにも情けない。

 俺は格好付けたいんだ。特に女子の前では。

 それの何が悪い。

 そうであるなら、みんなよりもたけるを選ぶに決まっているじゃないか。

 しかし、たけるの奴どうしてそんなに晴れやかなんだ。

 そうか。告白して軽くなったのか。

 菜乃をちらりと見やる。

 何げない顔をしているが、たけるのことを意識してしまっているようだ。

 これはおいしい。

 菜乃とたけるが仲良くなるのはとても良いことだ。

 ……でもなんだろう。この胸を刺す痛みは。

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