第19話 科学館

「いってー!」

「ごめん。でもなんでたけるが待ち構えているんだよ」

 俺は関節技を解いて電気を付ける。

「しょうがないだろ。他の女の元に行っているのが気になったんだよ」

「ってことはついてきたのか?」

 ふと天を仰ぎ、たけるは複雑な顔を浮かべている。

「まあな」

「そうか」

「まあ、いいじゃねーの。今回の旅行で決着つけようぜ。最終日には花火もあがるらしいし」

 最後に花火。

 まるで思い出作りみたいだな。

 それもいいが、俺は誰を選べばいい。

 シチュエーションを決めるにはいい花火なのかもしれない。

 誘導する、ということはそこで終わりにしたいらしい。

 この旅行の意味も、俺の決着も、すべてにけりを付ける。

 そのつもりなんだろうけど。

 俺にはまだ決心がつかないのかもしれない。

 決めるには早いんじゃないか? そう思う俺もいる。

 恋か。恋ね。恋ってなんだろうね。

 俺は内心、困惑しながら床につく。


 ピピピと電子音が朝を告げる。

「今日は科学館へ行くんだっけ?」

 朝早くから起きていたらしいたけるが、俺を起こしにかかる。

 掛け布団をひっぺがえすたける。

「テンション高いな、お前」

「おれだって科学者志望の一人だ。菜乃ちゃんを一人にさせるつもりはない」

「格好いいな、お前」

 鼻で笑うたける。

「かっこつけているのさ。でないとお前と友達なんてやってられないだろ」

「はは。まるで俺が格好いいみたいじゃないか」

「格好いいじゃないか、実際」

 たけるは鼻で笑うこともせずに言い切る。

 なんでだよ。なんで俺とお前の間にそんな壁ができちまったんだよ。

 まるで俺の方が格好いいみたいじゃないか。一人を追い求めるお前の方が格好いいのに。

 俺はぐちゃぐちゃになった感情を抑え込み、身支度を調える。

「今日は午前中に科学館へ、午後からは温水プールだっけ?」

「ああ。そうだ。はりきりすぎるなよ」

 よく言うぜ。張り切っているのはたけるじゃないか。


※※※


 しばらくして女子陣とフロントに集まると、近くの科学館へ向かう。

 そこには動物の剥製や、骨格標本、原子周期表、電気的な資料などなど。色々なものが用意されている。

 入るときに五百円かかるのが難点ではあるものの、勉強にはなるだろう。

 でも、

「難しいことばかり書いてあるな……」

「そんなこともないかな。あ! マンモスの骨格標本!」

 菜乃が嬉しそうにマンモスの骨格標本に飛びつく。念入りに注視していると、後ろの家族連れとぶつかる。

「あ、ご、ごめんなさい」

「たける」

「そういうのはずるいだろ」

 たけるが菜乃に近づき、守るようにする。

 ずるい。本当にそうだ。

 俺は菜乃をふってもいないのに、たけるのことを応援している。

 やってしまった。

「へぇ~。半導体ってこんな仕組みなんだ」

 明理が半導体の仕組みを解説する動きを見て納得している。

 いや、分かるのかよ、それ……。

 俺には分からんぞ。

 なんだか四つ穴開いているのが電子を一個持ち、二つ穴の開いている円に入ってくる。

 それが続いていく。

 何を表しているのか、さっぱり分からん。

「ふーん。食物連鎖って10分の1ずつになるのですね」

「お。そっちは俺の得意分野だぞ。エネルギー効率だな。どんどん減っていくんだよな」

 麻里奈が驚いたように目をパチパチさせる。

「稲荷くんって生物が得意なのですか?」

「そうだよ。ただ物理には弱くって……」

 たはははと笑う俺。

「意外」

 麻里奈がぽかーんと間抜け面を晒している。

「麻里奈さん、顔! 顔!」

「あらごめんなさい」

 明理に言われてハッとなる麻里奈。

 ばっと近寄る麻里奈。そして頬に口を寄せ、耳打ちしてくる。

「キス、覚えていますか?」

「なっ――!?」

 麻里奈が含み笑いを浮かべ、俺は後ずさる。

「? 祐介、なにかあった?」

 勘のいい幼なじみだ。

 これくらいの変化で見抜くだろう。

「頬が赤いよ? もしかして――――」

 言葉を紡ごうとするが、陰りを見せる明理。

「まったく、なにやっているのよ。ふたりとも。あんなちんちくりんよりもこの輪っかをみなさい」

 釘宮が大きいシャボン玉を作る機械(?)にのり、全身をシャボン玉の輪っかができる。

 俺がすっと指を指すと、音もなくはじけるシャボン玉。

「あ。壊された!」

 怒りを買ったみたいだが、大きなシャボン玉に入りたがるのは小学生までだろ。

 そう思っていたが違うらしい。

 釘宮はぎぎぎと歯ぎしりをしている。

「科学、って言ってもなー」

「桃は三葉虫の化石を見てくるの~」

 三葉虫ってダンゴムシみたいなアレか。

 あんなの可愛くも、格好良くもないじゃないか。

 我が妹ながら魅力を感じる部分が違うらしい。

 やはり人は違う感性を持っているらしい。

 俺はどちらかと冷めている方だ。

 だからか、恋愛に対しても消極的なのかもしれない。

 冷めているのだ。

 俺は。

 だから誰も好きになれない。誰も恋人にしたいとは思えない。

 こんな冷めた人間に、何を求めているんだ。彼女らは。

 分からない。

 俺が知るのは俺の人生だけ。

 所詮、人は己の知ることしか知らぬ。

 だから隣の芝生は青く見える。

 俺が冷めている分、みんなが熱くキラキラと輝いているように見える。

 恋の方程式はないのだろうか?

 俺は原子周期表を見て思う。

 いや、これは式じゃないもんな。

 遠巻きに菜乃とたけるを見やる。

 二人とも好きな人がいるんだもんな。

 そう思うとふと二人がまぶしく輝いてみえる。

 俺はどんな色にみえるのだろう。

 万華鏡のコーナーで大きめの万華鏡にのぞき込む。

 そこに応えがないを知っていたけど、カラフルな色彩に目がくらむ。

 端にある地震の体験コーナーがある。

 そこに行き、座ってみる。

 と麻里奈と明理もこぞって寄ってくる。

「体験してみたいものです」

「地震か。備えあれば嬉しい!」

「それを言うなら〝備えあれば憂いなし〟だ」

 俺が明理に言うと、

「そうとも言う」

 なんか、どこかの芸人になった気分だ。

 それも滑り芸の。

 まあいいか。

「じゃあ、震度7を体感するぞ」

 俺は迷わず震度7のボタンを押す。

 ぐわんぐわんとのっている車のようなものが左右に揺さぶられる。

 体感六分。でも実際に揺れていたのは一分らしい。

 驚きのあまり、腰砕けになる。

「こ、怖いね。こんなに揺れるんだ」

 明理が怖いと言いながら一番に立ち上がる。

 隣で麻里奈が震えている。

 ここは男を見せるところ。

 腰砕けになっているが、気合いと男気で立ち上がり、麻里奈に手を差し伸べる。

「さすが稲荷くんね。怖くなかったのでしょう」

「いや、怖かった。こんな地震、もう二度とないといいのに」

 俺の手を取って立ち上がる麻里奈。

 後ろでふくれっ面を浮かべる明理。

「わたしも、立ち上がるんじゃなかった」

「たく、冗談でもそんなこと言うなよ」

 俺ははーっとため息を吐き、くるりと向かいあう。

 困ったとき――。

「なに? 顔に何かついている?」

「い、いや。なんでもない。気のせいだ」

 気のせい? と困惑する明理。

 俺の頬が熱くなっているのに気がついたのはいたのだろうか。

 化石エリアに行くと、様々な恐竜がいる。そのかたわらで三葉虫やアンモナイト、貝、葉っぱの化石もある。

 俺はどちらかと言えば、どんと大きく構えているマンモスやフタバスズキリュウ、Tレックスなどが好きだが。

 桃は三葉虫の化石に魅入られている。

 まあいいや。

 俺はフタバスズキリュウの化石に見とれていると、隣にくる釘宮。

「あんた、悩みすぎて応えがだせていないでしょ?」

 図星だった。

 意外にも釘宮は俺のことが見えているらしい。

「なんで分かった」

「勘よ。女の勘。少し肩の力を抜くといいわよ」

「ありがと」

「べ、別にあんたのために言ったわけじゃないんだからね!」

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