第20話 モテる男は辛いぜ。

「あんまり考えすぎると、ドツボにハマるわよ」

 釘宮は苛立った声で言う。

「そうかもしれないな」

 でも釘宮のことだ。反対の意味があるのかもしれない。

「俺がお前を選んだらどうする?」

「はぁっ!? そ、そんなの決まっているじゃない」

 決まっているらしいが、その先の応えを聞きたい。

 釘宮は口先ではツンツンしているが、デレデレしていることもある。だからどっちか分からないのだ。

「そ、その……」

 羽虫が飛ぶようなか細い声で言う釘宮。

「あ、あたしも付き合いたい、の、よ……」

 そっぽを向くと、全力で逃げ出す釘宮。

「あーあ。行っちまった」

「追いかけないのかよ」

 たけるが割り込んでくる。

「あー。まあ、釘宮はいいかな」

「おい」

 怒りの目を込めたたける。

「なら、なんであんな質問したんだよ」

 ヤバい。

 たけるは本気で怒っている。

 それが彼女のためになるとは限らないのに。

「わりぃ。あれですべてを決めるつもりはないけど、でも釘宮のことも切り捨てる覚悟がいる。彼女にも綺麗な終わり方というものがあるだろ?」

「それって様式美という奴か?」

「まあ、そんなところだ」

 何も知らないまま、彼女が思いを寄せ続けるのは酷なこと。だから切り捨てる覚悟がいる。

 少し落ち着いたらしいたける。

「稲荷君、一緒に行こうかな!」

 こっちに向かってきた菜乃が呼びかけてくる。

 だが、俺は、たけるは。

 俺はたじろぐ。

 たけるに背を押されると、俺は前に出る。

 分かった。

 行っていいんだな?

 こくりと頷くたける。

 俺は菜乃に駆け寄ると、原子周期表を見て、楽しそうに解説を始める。


 科学館を出ると、近くにある穴場の料理店を教えてもらう。たけるがそう言ったことに詳しい。

 しかしなんでモテないんだろ、たけるは。

 料理店に入り、俺と明理、麻里奈、桃が一緒のテーブル席につく。たける、菜乃、釘宮がテーブル席につく。

「なんであたしが……」

 とブツブツと文句を言う釘宮。

 菜乃も不満そうにしている。

 俺はハンバーグを頼む。

 もはやハンバーグは嗜好品だ。味覚や臭覚を楽しむために飲食される食品・飲料である。

 まあ、嗜好品のルールには『エネルギー源にならないこと』とあるのは知っているけど。

 つまりはそのくらい好きになれる食材ということだ。

 それを分かってほしい。

 ただの好きじゃなく嗜好品なのだ。

 俺にとっては。

 子ども舌とそしりを受けようとも、俺はこの考えを崩さない。だってそれくらいおいしんだもの。

 みんなも食事をとる。

 昼食を終えると、俺たちはホテルに戻る。

 ホテルに隣接した温水プール。

 そこが午後から遊ぼうと計画していた場所である。

 いったん部屋に戻り、準備をする。

 と言ってもタオルと水着くらいだろうか。他は貸し出しをしているので問題ない。

「しかし、お前、本当は誰かに絞っているだろ? 教えろよ」

「え。いや、二人までは絞ったんだが」

「そういうときには、嬉しいことを伝えたいと思った相手が、頭に浮かぶだろ? あいつだよ」

 そういうものか? でもそれなら――。

「あ。ちなみにおれは菜乃ちゃん一筋だから安心しろ」

「安心できるのか? まあ、お前に限ってはないだろ」

「馬鹿野郎。そんな純粋な目で見るなよ」

「ははは。親友だからな」

 俺は拳をぶつけ合い、部屋を出る。

「ぶっはー!」

 たけると俺を見て、釘宮が鼻血を吹き出す。

 いやお前そっちの趣味があるのかよ。

 確かにBのLっぽい形でいたけども。

 ビクンビクンしている釘宮を支える菜乃。

 増血剤を飲ませる菜乃。

 いや、どこから薬を出したんだよ。

 まったく、おかしな奴らだ。

 温水プールにくると、俺とたけるは着替える。

「しかし、いいからだしているな。たける」

「そういうお前は……。まあ、頑張れ」

「なんだよ。貧相っていいたいんだろ?」

「ちげーよ。ガリガリって言いたかったんだよ」

「もっとひでーじゃんか」

 いや同じくらいか?

 まあいいや。

 どちらにせよ、俺が筋トレをしないのが悪いからな。

「しかし、筋トレか……。長続きしないんだよな」

 俺は上腕二頭筋を動かしてみるが、ピクリとも動かない。

 それに対してたけるのはビクビクと動いている。

「……」

「な、なんだよ。祐介」

「いや逆に気持ち悪くね?」

「なっ!?」

 たけるが言葉を失う。

 だけど、しかたない。そう思ってしまったのだから。

 温水プールの入り口まで連れていくと、少し復活したのか、たけるは自分で立ち上がる。

 その姿を見た釘宮がまたも鼻血を……抑え込んだ。

「大丈夫か? 釘宮」

 釘宮はワンピースタイプの花柄の可愛らしい水着を着ていた。

「かわ――」

 可愛い。そう言いかけてやめた。

 これ以上、俺に未練を残して欲しくはない。

 黙ってしまうと、不安な顔になる釘宮。

「に、似合ってないよな。着替えてくる」

「いや、いい……と思う」

 悪いとは思いながらも、応える。

「そ、ならいいんだけど」

 釘宮は素っ気ない態度で、でもさっきよりも身体が揺れている気がする。

 菜乃と桃が出てくる。

 菜乃は水色のビキニで可愛らしいフリルがついている。

 一方の桃はオレンジ色のビキニで、下に斜めになったスカートみたいなのを履いている。なんだろう? あれ……。

 俺の語彙力のなさに頭が痛くなる。

「しかし、二人とも……」

 似合っているな、と言いかけて、またやめる。

「に、似合っていないかな?」

「桃もおかしいの?」

 こうなってしまうか。

 やっぱり素直に褒めるべきなんじゃないか? いや、そうしてしまえばまた増長させてしまう。悪いがここは――、

「二人とも似合っていて可愛いよ」

 どんよりとした空気に、耐えきれなかった。

「祐介、お前、苦労しているんだな」

 なんかかわいそうなものを見る目で言うたける。

 いや、分かっていますけど! どうせ俺は情けない男ですけど!

 なんだか、俺悲しくなってきた。

「いや、今まで分かっていなかったけど。モテるのも大変そうだな。あっちでは喧嘩が始まっているし」

 よく見ると釘宮と桃が言い合いをしている。

「桃は似合っている上に可愛いって言ってくれたの~♪」

「あたし、似合っているしか言われていない。でも諦めない!」

 諦めて!

「ふふ~ん♪ 桃の方が可愛い証拠なの~♪」

「むかー! 絶対勝つ!」

 嫌だ。俺のために争わないで!

 とは言えずに、ることにした。

 ちなみにギャグじゃないよ。

「釘宮も可愛いぞ」

「ほらね!」

「む。桃も言われたもん。それに釘宮ちゃんはきっと哀れみで言われたの」

「むきーっ!」

 猿になっている方が一名いらっしゃる。

 そんな中、明理と麻里奈がやってくる。

 明理はピンク色のワンピースタイプ。

 麻里奈は白のビキニタイプ。

 二人ともまぶしい。

 しっかりとした肉付きだが、ほっそりとしたラインがまぶしい。

「どう? 似合っているかな?」

「似合ってますよね?」

「あー。ああ。似合っていて可愛いな」

 よっしゃ! とガッツポーズをとる明理と麻里奈。

 と二人がチラリとお互いを見て、落ち込んだり、どや顔をしたり、と忙しく顔色を変えていった。

「いや、どっちもだよ!?」

「む。祐介の優柔不断男!」

「なんだ。その嫌みは、初めて聴いたぞ」

「あら、嫌みだったのですね。私には至極当然だと思ったのですが」

 麻里奈も俺をゴミでも見るような目で見てくる。

「いやいや、俺は二人とも大切にしたいと思っていてな……」

 俺が説得を始めて、そのあと菜乃と桃、それから釘宮がやってきて、てんやわんやするのだった。

 俺がまだ一人に決めていないこと。みんなと一緒に楽しい思い出を作りたいこと。

 というか、そこまで説明しないといけないのか?

 でも、そうしないと、陰りや曇りを見せる皆さん。困ったものだ。

 モテる男は辛いぜ。

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