第18話 侵入者

 コーンポタージュも残り少なくなってきた。

「祐介ってさ。昔からそうだったよね」

「なにが?」

「今と同じ、みんなのために悩んで、必死になって。そして最良のことをやり遂げようとする」

「それが悪いクセだって言っているんだ」

 言葉がとげとげしくなるのは俺が苛立ちを覚えているから。

 苛立ち? なんでだ?

 それすらも分からないバカに、恋なんてする資格あるのかよ。

 情けなくて涙が出てきそう。

「悪いクセかな? でも今度は祐介のために使う時間であってもいいと思うんだ。そうじゃなきゃ、みんな応援してくれないよ」

 明理がクスッと笑い、飲み物を飲み干す。

 空き缶になったそれを転がして、気持ちを吐露する明理。

「正直、麻里奈がナイフで襲われそうになったとき、祐介がかばうとは思わなかった。格好良かった。でも不安にもなった。祐介は誰に対しても、そんな行動をとったんじゃないか、って」

 そんなこともあったな。

 俺がナイフで刺されて、入院した。それも三週間前ほどか。

「転校して間もない麻里奈をかばうんだもの。わたしのときと一緒。きっと祐介にとっては特別なことじゃないだんろうけど、やっぱりされると、意識しちゃうよ」

 ため息を吐く明理。

「俺、何かしたっけ?」

「やっぱり」

 苦笑する明理。

 明理を助けたことがあるらしい。

 でも、俺は覚えていない。

 当たり前のように動いていたが、それが今までずっと続けてしまった悪癖。誰にでもそう動くからいけないんだ。

 今更ながらに思う。

 そうだ。俺は明理をずっと不安にさせていたんだ。

 だから俺は変わらなければならない。

 これからは一人の女の子だけを見つめていきたい。

 でもその相手が誰かも分からない。

 困惑する俺にアドバイスを言う明理。

「困ったときに、一番に顔を思い描いた人が思い人だよ。きっと」

 そう言って缶をゴミ箱に捨てる。

「じゃあね」

 そう言って走り去る明理。その手を止めようとしたのはなぜだろう?

 ぬるくなったコーンポタージュを口にし、同じくゴミ箱に捨てる。

 誰を選べばいい?

 その応えはまだ分からない。

 けどアドバイスをもらった。

 ――困ったときに思い描いた人。

 それが誰か、いつなのか分からない。

 でも決めなくちゃ。

 みんなのためにも。

 みんなのためにも?

 やっぱり俺はみんなを考えすぎているのかもしれない。

 だから決められない。だから迷う。

 困る。

 俺はずっとそう悩み続けてきた。

 もっと自分らしく生きる。

 ――祐介の時間。

 そう言っていた明理の顔を思い浮かべる。

 そうか。俺はもっと自分勝手になっていいのか。

 みんなに合わせてきた。空気を読んで当たり障りのない言葉を紡いで。

 でもそれだけじゃダメなんだ。

 きっと、誰でも助ける人じゃなくて、誰か一人を助ける人になるのがいいんだ。

 その一人を選ぶのが難しいんだが。

 でも、それが最良の道。

 俺に足りないもの。

 今の俺に不足しているもの。

 しかしなー。

 ぶつぶつと考えながら男子部屋に戻る、と。

 そこには麻里奈が立っていた。

「あ。稲荷くん」

「どうしたんだ? 麻里奈。一人で」

「ちょっと話いいですか?」

 麻里奈がそう言い、またもや休憩室に戻る。

「今回の旅行で私たちは稲荷くんに魅力を伝えるつもりでした。でも、私の気持ち伝わっていないですよね?」

「え。そんなこともないよ」

 確かに接点が少なかったかもしれない。

 避けていた? 何のために?

 分からない。

 自分でも無意識的に避けていたように思える。

「そこで、私がどれだけ好きなのか、表現します」

 そっと顔を寄せて頬にキスをする麻里奈。

「え。ええ――っ!?」

 俺は驚きのあまり、一歩下がる。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。私のファーストキスですよ」

「……ごめん。気持ちが分からない」

 俺の気持ちが分からない。

 どうしてこんなにドキドキしているのか。

 暖かく柔らかな感触に、鼻息のかかる距離。ふわりと舞ったミルクのような香り。

 分からないが、こんなにドキドキしているのは初めてだ。

 もしかして――。

 いや、きっと初めての経験に驚いているのだろう。

 気持ちが高ぶってしまっては恋愛などわかりはしないのだ。きっとそうだ。

 落ち着かせるため、様々なことを考える。

 やっぱり、気持ちが分からない。

「そう、ですか。私の気持ち、分からないですか」

 ブツブツと呟いている麻里奈。

 でも俺は混乱していて状況がうまく飲み込めていない。

 というか聞こえていなかった。

 女子とこんなに近づいたのは――桃――明理――ない、と思っていた時期が俺にもありました。

 二人の顔がちらつき、俺はすぐに気持ちを整えることができた。

 一方の麻里奈は暗黒オーラを出している。

「これでも分からないのですね。そうとうな鈍感さんなのですね」

 こちらに向き直ると、そのオーラは吹き飛び、真っ直ぐに見つめてくる。

「決めました! これからもっと過激にいこうと思います!」

「いやいや! 何を言っているのか分からないんだけど!」

 俺は困惑していると、明理の顔がちらつく。

 ――困ったときに思い浮かんだ顔。

 いやいや、そう言っていたが、その言葉を残したのは間違いなく明理だ。

 つまり、明理の印象操作でそう思えるようになっただけ。

 なるほど。これが恋の戦略という奴か。

 明理め、とんでもない地雷をしこんで。

「どうかしました?」

「いやなんでもない。こっちにもプライドがあるというもの」

「は、はぁ~……」

 得心いっていないという顔の麻里奈。

 しかし、顔に出ていたか。

 これでは誰か一人に決めた瞬間、みんな分かりそうだな。

 でもなー。一人に決められないぞ。みんな魅力ある子ばかりだからな。

 困った。

 でも、しょうがない。

 添い遂げる相手くらい自分で選ばなくちゃいけないよな。

 そうでなくちゃ。

「稲荷くんは、ずるいです」

「え。なんで?」

「稲荷くんはずっと私たちを助けてくれるのに、稲荷くん自身は助けなんていらないのですから」

 遠い目をしている麻里奈。

 どこか物憂げに見えるのは気のせいだろうか。

「私、ずっと箱入り娘で、外の人を怖いと思って生きてきました」

 確かにナイフを突きつけられたりしたら怖いだろうな。

「でも優しい人もいるんだ、って。私を女の子として見ていないんだって。それが嬉しかったのです」

 いやいや、何を言っているんだ。

 麻里奈を女の子として見てきたというのに。

「矛盾しているのは分かっています。でも、女の子として見ていないあなただからこそ、振り向いてもらいたい。そう思ったのです」

 ん? もしかして追いかけてくるよりも追いかけたい派なのか?

 恋愛において、受け身と攻めの関係は必ず存在する。

 麻里奈は攻めたいタイプなのかもしれない。

 それもこれも、俺が受け身なせいか。

「でも稲荷くんは何げなく助けてくれて、それでも女の子とは見てくれない。こんな好条件の男の子は初めてです」

 褒められているんだよな? たぶん、そうだろう。

 あの高坂麻里奈が人をおとしめることはしないだろうて。

「それで分かったんです。私、恋しているな、って」

 その告白を聴いて俺の顔が熱くなる。

「ふふ。照れた顔もかわいいですよ♡」

 麻里奈は口元に指をあてる。

 その仕草が可愛くて、頭にこびりつく。

「さあ。夜も更けてまいりました。そろそろ寝ましょう」

「あ、ああ」

 俺は麻里奈の後を追うように男子部屋に向かう。

 そして鍵を開けて、中に入る。

 と、後ろから殺気が迫ってくる。

 なんだ? 強盗か?

 俺は慌てて防御の態勢をとる。

 その人物は両手を差しのばし、恐らくは抑え込むつもりだろう。

 逆に相手を抑え込むと、その顔に驚く。

「お前は――!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る