第11話 フリーフォールとイルカショー。

「さて。次は菜乃の番だな。どれに乗りたい?」

「我かな? 我はフリーフォールに乗りたいかな!」

 垂直落下する乗り物をご所望のようだ。

 しかし、あの高さから、あの速度。少し身震いする。

「なにかな? 怖いのかな?」

 ふふふと含み笑いをする菜乃。

 まるでこちらを試しているような目だ。

「いいや、やってやろうじゃないか!」

 俺は半分投げやりになり、フリーフォールへ向かう。

「ところで、稲荷くんは何で我に優しくしてくれるのかな?」

「なんで、って?」

 意味が分からずに疑問をぶつけてしまう。

「優しくした覚えはないぞ?」

「天然かな? でも稲荷くんは優しい。我に話しかけてくれた」

 そうだったか?

 疑問に思うが俺には心当たりがない。

「入学して少しかな。この髪色と口癖のせいで、みんなから距離をおかれていたのかな。そんなとき、稲荷くんは我に話しかけてくれた。とても嬉しかった」

 思い出した。

 消しゴムを忘れたから貸してくれ、とそう話しかけたのだ。

「でも、あれは……」

「いいの。あれは偶然かな。それでも嬉しかった。やっと話せる人ができた、と喜んだかな」

「それで好きになったのか?」

「ふふ。どうかな?」

「意地悪だな。菜乃も」

「そうさせたのはキミかな。我はもっとすさんでおったかな」

 菜乃がすさんだ姿は想像もできないが、本人が言うんだ。間違いない。

「消しゴム、ありがとな」

「いいや、我の方こそ、ありがとうかな」


「なにいちゃいついているのよ」

 明理がジト目でこちらを睨む。

「いや、いいだろ。今はアピールタイムだ。俺にも恋心を教えようとしてくれていたんだろ? いいじゃないか。少しくらい」

「そうかな、そうかな。我の時間を邪魔しないで」

「む、そう言われると、悪い気がしてきた」

 明理が引っ込むと、隣を歩く菜乃が腕にしがみついてきた。

「どう、かな……? ドキドキするかな?」

 恐る恐るといった様子でこちらを見やる菜乃。

 かなりドキドキしているが、それを直接言うのも恥ずかしい。が、頑張って言おう。

「ああ。すげードキドキしている」

「良かったかな。そうだ。今度科学部に来てほしいかな。そこで渡したいものがあるかな」

「分かった。じゃあ、今度の火曜日に行くよ」

「やったかな!」

 嬉しそうに顔を綻ばせる菜乃。

 火曜日なら用事はない、はず。

 あとでしっかり確認しておこう。もし先約でも入っていたら目も当てられない。

「そうだ。菜乃の連絡先教えてくれよ」

「え。あ、うん。分かったかな」

 俺はスマホを取り出し、菜乃のQRコードを読み取り、連絡先をゲットする。

「これで予定が立てやすくなったぞ。サンキュー」

「い、いや。……これって、いつでも連絡していい、ってこと?」

 何やら言葉尻が小さくて聞こえなかったが、喜んでくれている。

 なぜだろう? 予定が立てやすくなっただけなのに。

 フリーフォールの順番がくると、俺と菜乃は座席に座り、シートベルトを下ろす。

 徐々に上がっていくフリーフォール。

 一番高いところにくると、周囲の建物が豆粒のように小さくなる。

 下にいたはずの桃、真莉愛、明理、釘宮、たけるが爪楊枝のように見える。

 そして落下。

 勢いよく落ちていく感覚に弾がひゅんとする。

 地上が近づくと、落ちる速度が弱まり、静かに元の位置まで落ちる。

「うはー。楽しかったかな!」

 喜び勇む菜乃。

「ああ。楽しかったな」

 少し怖かったが、俺は頷いて見せた。

 ジェットコースターよりもこっちの方が怖いじゃん!

 と、胸中で文句を言いながら、フリーフォールから離れていく。

 人類はなんであんな狂気じみたものを開発してしまったのか。

 そのことに頭を悩ませながら次のアトラクションに向かうことを決意した。

「稲荷くんと一緒に乗れて、楽しかったかな!」

 満面の笑みを漏らす菜乃。

 尊い。

 この笑顔を守るためなら何度でもフリーフォールに乗っちゃう♡

 内心デレデレしていたせいか、桃がふくれっ面を浮かべる。

「もう! 次はここ。イルカショーに付き合ってもらうの!」

 いつもと違いはやし立てるような物言いに圧倒される。

 そして袖を引っ張り、誘導する桃。

「あら。桃さんは実の兄を愛しているのかしら?」

 真莉愛の言葉にピクッと耳を動かす桃。

「いいじゃない。兄妹愛なの。じゃましないでくれる?」

 怒りの声に、俺は震えた。

 いや怖いって。

 女の子同士のにらみ合いってこんなに怖いものなの?

 ビクビクしながら、俺は桃に案内される。

 この遊園地、水族館と隣接しているせいか、イルカショーを実施しているのだ。

 半円型のステージに、たくさんの長椅子がこれまた半円を描いている。内側には半円の水槽があり、そこでイルカが泳いでいる。

 気持ちよさそうに泳いでいたと思ったら、ステージに上がる。

 そしてショーが始まる。

「お兄ちゃんと一緒に見られるなんて、最高なの~」

 いつもの、のんびりとした物言いに戻った妹に安堵する。

 しかし、今回の勝負、恋人にふさわしいのは誰か? といった戦いのはずだったが。

 まあいいっか。妹も守れないような兄じゃ、みんな愛想を尽かすに違いない。

 俺はイルカショーに目線を向け、見入る。

 最初は司会のお姉さんがイルカに乗り水槽の端から端まで移動し、その後、大きくジャンプ。上に設置された輪をくぐり、見事に着水。

 見ているこっちまでワクワクするショーに、自然と拍手があがる。

 このショーもいつかはなくなってしまうのだと、ニュースでみた。今のイ○リスだったかが、動物愛護の精神で、2030年くらいにはライオンやイルカのショーもなしにする、と。

 それも人間のエゴに変わりないというのに。

「お兄ちゃん、難しい顔しているの。大丈夫?」

「あ。いや、なんでもない。ちょっと真剣にイルカショーを考えていた」

「そんなに固くならなくても大丈夫なの~。ゆっくり見よう」

「ああ。そうだな」

 俺は頷く。

 イルカが水槽の外側に来て、尾ひれで水をバシャバシャとはじく。

 近くにいた俺や桃はその水しぶきを受ける。

 こういったのもこのイルカショーの醍醐味だ。

 一応、ビニールシートが貼ってあったので、少しぬれただけですんだのは良かった。

 最後にイルカと握手できる、ということで桃が小さい子供に交じって握手をする。

「楽しかったの~」

「良かったな。これでイルカさんも満足だろう」

「ふふ。そうなの。イルカも楽しそうにしていたの~」

 俺と桃は笑い合い、少し湿った衣服をパタパタとする。

「むぅ。妹さんも結構な腕前ですわね」

 真莉愛がそう言いながら桃をじっと監視する。

「いいや、高坂さん。それは違うわ。祐介は重度のシスコンよ。わたしたちの敵じゃないわ。同志よ、仲間よ。気にしなくていいわ」

「つまり、恋人枠でも、愛人枠でもない、と?」

 真莉愛が怪訝な顔を浮かべると、力強く頷く明理。

「そう。言うなれば妹枠。これはマストよ。今の時代は」

「時代は進んでいるのですね。なら私からは何も言いません」

 納得いった真莉愛は続けて口を開く。

「なら、誰が一番よい恋人になれるか、いよいよ観覧車に乗りましょうか? 稲荷さん」

「ん。ああ。そうだな」

「待て待て待て! あたしはどうするんだよ! 微妙に忘れてただろ?」

 そう言って釘宮がうなる。

「あなたはポッとでの泥棒猫。いや、泥棒できていない猫さんでしょう?」

「そうね。あなたはお呼びじゃないわ」

「桃もそう思うの~」

「いやいや、一人だけ仲間はずれは良くないと、俺は思うな」

 そう言って俺は釘宮の肩を叩く。

「まあ、脱落者だな!」

「「「「ひ、ひどい!」」」」

「あたしにもチャンスをくれよ~!」

 泣きながら講義する釘宮。

「分かった。ただし、一回だけだからな!」

「「「「許しちゃうんだ!?」」」」

 四人の声が綺麗にハモる。

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