第10話 お化け屋敷

「じゃあ、私から!」

 そう言って明理がぴょんぴょんと跳びはねる。

「じゃあ、射的をしようよ! 祐介」

「おっ! いいぞ」

「負けた方がグリーンゾーンのアップルパイ、おごりね!」

「分かった。ますます負けられないな!」

 俺と明理は射的の準備をする。

 コルク銃で狙いを狙いを定める。

「しかし、こんなんで楽しめるのかな? ただの的当てゲームかな」

 菜乃はその楽しさを否定ぎみに見る。

「いいじゃないですか。好きな人と一緒にやればなんでも楽しいものですよ」

 肯定的に捉える麻里奈。

 的を捉えると、俺は引き金を引く。

 ポンッと小気味よい音を立ててコルクが発射される。その先にある点数の書いた的にぶつかり、落ちていく。

「次はこいつだ」

 コルクを銃口につけ、再び狙いを定める。

 ポンッ。

 再び的に当たり、点数が表示される。

「やったぜ! これで勝ち確だな!」

「まだよ。わたしの点数だってすごいんだから!」

 隣の射的でやっている明理との差は10点。あと三回のゲームで覆る可能性は高い。

 とはいえ、俺の方が10点高いとなると妙な安心感がある。

「勝った気でいないでね!」

 ポンッ。

 明理が40点の小さな的に当てる。

「なんと! 俺だって負けていないからな!」

 俺は50点の極小な的を狙う。

 そして


 ポンッ。

「だぁあ~。外したぁ~」

「くすくす。これでわたしの勝利は揺るがないわね!」

 ポンッ。

 40点の的に当てる明理。

「なんだか楽しそうかな。我もやってみたい!」

「そうですね。私も試してみたいです」

「ふん。あたしは興味ないけど、みんながやっているなら、あたしも試してみるわ!」

「桃も!」

 菜乃、麻里奈、釘宮、桃がやる気になったところで、俺の射的は終わった。

 合計で130点。

「どうだ!?」

 俺は隣の明理の成績を確認する。

「なっ。ごめんね。わたし勝っちゃった」

 180点をたたき出した明理。

 これで俺はグリーンゾーンのアップルパイをおごることになった。

 しかして、

「あー。当たらないの~」

「当たったかな!」

「ふふ。難しいですね」

「むぅ。難しいわね。どうせ、この銃が悪いんだよ」

 ぶつぶつと文句を言う釘宮。

 ツンデレとは言うけど、ツンツンしすぎではないだろうか? あんなんで人生損をしていないか。

 とはいえ、俺も人のことは言えない。

 なにせ、ここにいる全員から好かれているという事実に気がつかなかったのだから。

 みんなで射的を終えると、麻里奈が新しいアトラクションを提案してくる。

「お化け屋敷?」

「はい。この外れにあるお化け屋敷です。一度でいいから行ってみたかったのです」

「なるほど。じゃあ、行ってみるか……」

「はい!」

 とびっきりの笑顔で頷く真莉愛。


 俺と真莉愛はおどろおどろしい建物の目の前にやってきた。看板には血文字を思わせる赤い字で〝お化け屋敷〟と書かれている。

「いや、なんでお前たちも来ているんだよ。明理、菜乃、釘宮、桃」

「いいじゃないの。わたしと祐介くんとの仲じゃないの」

「べ、別にあんたが気になったわけじゃないんだからね!」

「お兄ちゃんのいくところ、桃ありなのです~」

「言いたいことは分かった。でもこれは俺と真莉愛との大事なことだ。俺と真莉愛でいく」

 そう言って俺は真莉愛の手を引き、お化け屋敷の中に入っていく。

 中は暗く、一本道になっている。左右に血文字や怪しげな窓ガラス、草木が生えている。

「こ、怖いですね」

「そうか? これくらいなら平気だけど」

「稲荷さんは強いですね。私は無理かも……」

 すでに怖がり、俺の腕にしがみついている真莉愛。

 まだお化けが出てきていないのだけど……。

「きゃっ!」

「どうした!?」

「何か冷たいものが首筋に」

 あー。こんにゃくか。

 前にバイトしたことがあるから、あらかたお化けの正体を知っているのだ。

「しかし、今時こんにゃくか。もっと色々とあるだろうに」

「何をブツブツと呟いているのですか?」

「いや、なんでもない」

 そんな会話をしていると目の前のひつぎからミイラが飛び出す。

 突然の出来事に驚きはしたもの、怖いとは思わなかった。

「きゃっ」

 短い悲鳴を上げたと思うと、俺の首にしがみつく真莉愛。

 そのしがみつきが俺の首を圧迫する。

「うごっ! こ、呼吸が……!」

 まずい。絞め技にあったように、呼吸が苦しい。このままじゃ、息ができない。

「ま、真莉愛、しま…………解い……」

 なんとか声を出すがかすれる。

 というかマズい。

 怖がって真莉愛が青白くなっている。このままじゃ、総倒れだ。

 俺は最後の力を振り絞り、脱落者のコースへ走りだす。

「え。稲荷くん? え!」

 正気に戻った真莉愛にほっと撫で下ろす。

 そのしめた首を外してくれると、同時に俺たちは脱落者のコースに出る。

「はー。やっと息ができる」

「そ、そのごめんなさい。まさか、ああなるとは思っていなかったので」

「真莉愛さんはなんでお化けが苦手なのに、お化け屋敷なんて選んだのさ?」

 俺にはそれを聴く権利があると思った。

「そ、それは……」

「なに?」

 じれったいカノジョに対し、訝しげな視線を送る。

「そうすれば、合法的に稲荷くんに抱きつけると思って」

「……」

 失笑。

 そりゃそうだ。

 まさか抱きつきたいだけで選ぶとは。

「で、でも。これで私の魅力は伝わりましたね!」

 そう言ってビシッと決めているが、中身は全然かっこよくないからな?

「あー。こっちにいた!」

 俺たちを認めると、大声を上げる明理。

 お化け屋敷の陰から飛び出した俺たちはそのまま係員の案内に従ってお化け屋敷を出たのだ。

「もう。二人だけでいっちゃうんだから」

「他のみんなは?」

「二人を追いかけてお化け屋敷に入っちゃったよ」

「なるほど。ということはそろそろダウンする頃か」

 俺の予測が正しければ、釘宮以外は耐性がない。そして釘宮は周りに流されやすい。

 そう睨んだ俺は脱落者コースの出口で少し待つことにした。

「しかし。まあ、真莉愛は苦手なのによく入ったな」

「えっへへへ。これも稲荷くんとの思い出になると思ったら、秒で決まりました」

「――っ! そ、そうか。それは良かったな」

「はい。稲荷くんはいい匂いがしました」

 恥ずかしいことを言ってくれる。

「なに。匂いをかいだの? 暗闇の中、何をしていたのかな?」

 トーンを二段階くらい落とした明理は怖い。

 いや、冗談抜きで怖いんだが。

 何をしたら、こんなに怖くなるんだ?

 いやしたのは俺たちか。

「抱きつかれたんだよ。真莉愛に」

「へぇ~。それで、興奮してしまった、と?」

「いや、そんなんじゃない。真莉愛はもともと抱きつく気でいたんだ」

「へぇ~」

 今度は標的が変わった。

「わ、私は怖いので、抱きつきました。すいません」

 ペコリと頭を下げる真莉愛に、毒気を抜かれたのか、明理はそれ以上追求しなかった。

「怖かった。怖かったかな~」

 泣きながら出てきたのは菜乃、それに付きそうように釘宮が現れる。そしてグロッキー状態で現れたのが桃。

 だよな! 桃はあいうの嫌いだもんな。

 予測があたり、納得している俺に、べしっと投げつけられるこんにゃく。

「な、なんだよ?」

「なんであたしにばかり、こんな目に遭わせるんだよ。稲荷」

 ツンデレ王女、釘宮はブツブツと文句を言う。

「あー。なんだ。ありがとう。釘宮がいて助かった」

「もう、そういうのはいいって。あたしは一人で楽しみたかったのに……」

「まあ、友達と思い出を作るのも良いと思うぞ。なあ? 明理」

「え。そ、そうね。確かに……」

 なるほど、と言った様子で納得する明理。

「とも、だち……?」

 なじみのない言葉を聞いたような顔をする釘宮。

「え。友達だろ?」

「そ、それは……そうだけど。でも、思い出かぁ」

 ほんわかした雰囲気を醸し出している釘宮。

 これは成功かな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る