第12話 バイキング
「あたしの番ね。あたしはバイキングに行きたい」
テンション爆上がりの釘宮は手招きをする。その先にバイキングがある。
海賊船がモチーフで、その甲板にはいくつもの座席がもうけられている。海賊船は吊り下げてあり、前後へ揺れる。時折、一回転し、客の刺激になっている。
非日常を味わうには絶好のアトラクションだろう。
俺と釘宮は二人そろって乗る。
「きゃ――――――っ!」
叫び声が聞こえる中、釘宮を見る。
絶句。
白目剥いて「あがあが」と変なことをぶつぶつと唱えている。
一回転。
「きゃ――――――――っ!!」
「あが――っ!」
釘宮の悲鳴を聞き、俺は爆笑する。
なんだよ。その笑い方、うける。
バイキングが終わると、干上がった釘宮が後ろを歩いてくる。
その顔は真っ青でうつむいている。
「いや、苦手ならのらなきゃいいじゃん」
俺の正論にぐうの音も出ない様子の釘宮。
いや、これは単に弱っているせいか?
困ったな。このままじゃ、俺が悪いことをしたみたいじゃないか。
「あら。残念ですね。釘宮さん」
「そうかな。せっかく稲荷くんの隣を独占できたのかな」
「う、うっさい。あたしはそんなの全然望んでいないんだからね!」
「そう言っているうちが花よ。わたしは認めてもらうのに必死なんだから」
何やら喧嘩になってきたみんな。
俺はそれを避けるように、その場から離れていく。
最後に一人で観覧車に乗ろう。
そう決めたのだ。
観覧車の伝説は聴いたが、俺にとってはどうでもいい。
彼女らの争いは見るに堪えない。
もういやなんだ。争いごとは。たくさんだ。
観覧車に乗り込み、一人てっぺんを目指す。
そこで願えば、独り身になれるだろうか。
いや、俺はどの道一人にはならないのだろう。
そんな気がする。
伝説は所詮、伝説だ。
噂話に過ぎない。
きっと何も変わらないのだ。
現実の前に理想はただの夢でしかない。
観覧車を降りると、みんながいた。
明理、麻里奈、桃、菜乃、釘宮の五人。さすがにたけるは帰ったらしい。
「もう。一人を選んで、って言ったじゃない」
明理が口を酸っぱく言う。
「私なら一緒にのってあげたのに」
麻里奈はすーっとを目を細めて言う。
「いやもう君たちの争いに飽きたんだ。俺はもうそういうのはいやなんだ」
喧嘩ばかりしている女の子たちはいやだ。辟易としている。
その日はほとんど話すことなく、帰路につく。
妹である桃以外の人とはいったん別れ、自宅に帰る。
「ねぇ。分かっているんだよね? お兄ちゃん」
「何が?」
ありゃりゃと、頭を痛そうにする桃。
俺は何が何だかわらかないまま、その日を終えた。
次の日になり、学校へ向かう。
学校に行くと、みんな行儀良く座っている。
「あ! ……おはよう。祐介」
明理がぎこちなく笑う。
なんだか無理をしているみたい。
その隣の麻里奈はずっと何かを我慢しているようだ。
「おはようございます。稲荷くん」
やっぱり何かを我慢している様子だ。
もじもじとしている。
何かを隠しているようで気になる。
菜乃を見やると、こちらと目線が合い、もごもごと口ごもる。
「おはよう、かな」
いつもの口癖にほんわかする俺。
そんな菜乃も少し変な顔をしている。
釘宮は……
「おはようなんて言わないんだからね!」
いつも通りだった。
だから安心した。
「なによ、友情同盟なんて」
釘宮が何か言うが、俺にはさっぱり分からん。
「よ。何をしたんだ? 祐介」
たけるがニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「さあ? なんだろうな? 俺には分からん」
昨日、先に帰ったくせに。
俺は男一人辛かったんだよ。察しろよマジで。
と内心ぶつくさと言っているが、たけるのお陰で少し進んだ気がする。
しかし、あの明理や麻里奈、菜乃が俺に好意を抱いているとはな。
驚きである。
しかし、好きならもっとこう何かあるんじゃないか? って思っていたが、全然動く気配がない。
どうしたものか。
俺には分からない。
「明理ちゃん、今日はどうしたの? 元気ないね」
明理の友達が心配そうに声をかける。
やっぱり変だったんだ。
俺が思っていたよりもずっと変だったのか、額に手をあてる子までいる。
「風邪じゃないから安心して。それより、こないだのアクセが……」
女の子らしい会話に俺はホッとする。
最近、俺にばかりかまけていたからな。
そうなると、困るのが菜乃。
彼女は未だに省かれる存在である。それも語尾と性格、それに学力が影響している。菜乃はもともと内気な性格で、学力が高い。そうなれば見下している、と見なす同級生は多い。
そんな彼女を見ていると庇護欲がかき立てられる――が、これは恋愛感情ではない。
そう知りながらも、彼女に声をかけたくなってしまう。
「どうしたんだ? 稲荷」
友達の佐藤が話しかけてくるが、その視線の先を見て、口ごもる。
「あー。菜乃ちゃんか、顔は可愛いけど、お高くとまっている感じだよな~」
「何も知らないクセによく言えたな」
俺のトーンが強かったのか、佐藤は言葉を失い、もごもごとする。
眉根を寄せて強ばった顔をするものだから、かえって笑いそうになった。
俺は席を立つと菜乃のもとにいく。
「どうした? いつもなら薬品の話とかするのにな」
「い、いや、我はそなたに話しかけて良いのか、分からなくなったかな」
ぼそぼそとしかも、目を合わせずに呟く菜乃。
分からなくなった。同じだ。
俺も分からない。
どう接していいのか、分からない。
それは麻里奈も、明理も同じだったようで、こちらを注視している。
「いいんだよ。話しかけて。俺がどうすればいいのか、考える。だからありのままの君でいてくれ」
その言葉を聞いた菜乃は目を輝かせ、うんうんと頷く。
「さっそくで悪いけど、この試薬を試してほしいかな! あとこっちも!」
鞄から試験管を取り出し、効能を読み上げていく菜乃。
まるで自分の世界が周りに広がったかのように、華やいでいた。
「もう、そういうことなら、わたしも話に混じるわよ!」
やけくそになった明理が試験管を奪う。
「これで無理矢理吐かせるのはダメ!」
「えー。我のアイディアが……」
「それもそうですね。ここは私の財力を持って――!」
「それもダメ!」
明理は真莉愛を抑え込む。必死な顔をしている。
ここまで本気になった明理はみたことがない。
面白いな。
でも、なんで俺なんだろう。
ずっとそばにいたから?
俺が助けたから?
俺が運命的な出会いをしたから?
分からない。
恋とはどこに落ちているのか、あるいは落ちていくのか。それが分からない。
俺は俺の気持ちが揺らがない。
ということは好きではないということになるのではないだろうか。
誰も好きではない。
でもこれから好きになることもある。
そんな言葉で付き合う奴も多い。
付き合えば好きになれるかも、と。
でも俺には分からない。
胸がドキドキしないのだ。
一時の感情に流されるのはよくないと思う。
だから、普通に接していて、なんかいいなーと思えたら、付き合いたい。
それが誰なのか、まだ分からないけど。
でもきっとそれが素敵な終わりかた。
素敵な恋の始め方だと思う。
分からないけど、ドキドキはしないんだ。ごめんな。
参考書を読みあさったけど、やっぱり分からない。
俺はどうしてしまったのだろう。
以前はこうでなかったような気がする。
いつの間にかみんなと一緒にいるのが自然になっていた。
きっとみんなもそうなのかもしれない。
だからあふれ出した感情を他者へぶつけていたのかもしれない。
俺は明日からどうすればいいのか。
悩みながら、その日は終わっていった。
家に帰ると、重く疲れた身体をソファに預ける。
「どったの? お兄ちゃん」
桃が話しかけてくる。
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