第3話 退院!

「俺は特別教室を、たけるは一応男子トイレと、中庭を。明理あかりは女子トイレと屋上を探してくれ」

「分かったぜ」

「待って。それだと祐介ゆうすけの負担が大きいわ。わたしも特別教室を見て回るからね」

「分かった。俺は東から、明理は南からお願いする」

「分かったわ。それでいいわ」

 俺たちは解散すると、俺はまっすぐに科学室へと突入する。しかし、そこに景山の姿はない。

「ここでもない、か……」

 音楽室、美術準備室を探しても見つからない。

 あいつはどこまでいったんだ?

 と、中庭に目を向けると、女子二人が景山に対峙している。

 一人は明理、そしてもう一人は……高坂こうさかさんだ。

 俺は慌てて近くの階段を駆け下りる。口論になっている。

 そしてその勢いのまま、三人の間に割ってはいる。

「なんだ? てめー、怪我したくなかったら割り込んでくんな!」

「そういう景山くんはどうして刃物なんて持っているんだ?」

 そう。景山は刃渡り10cmほどのサバイバルナイフを持っている。

「うっせー! おれみたいな男には必要なんだよ!」

 なんで必要なんだが分からないが、そこがポイントじゃない。このままだと明理と高坂さんが危ない。

 俺が代わりに対峙するしかない。

 場所を譲らずに明理と高坂さんに逃げるよう、目配せする。

「いこ、高坂さん」

「あら。そうですわね」

 そう言って反対側のドアから逃げようとする二人。

「てめー!」

 激高した景山は俺を無視して高坂さんへ走り出す。

「待て!」

 それを止めに入った俺は、脇腹に鋭い痛みが走る。

「へ?」「あ」

 どちらの悲鳴だったのか分からないが、俺の脇腹にはナイフが深々と刺さっている。

 痛い痛い痛い!

「きゃーっ!」

 流血を見て悲鳴を上げる高坂さん。

「ちょっと! なにしてんのさ!」

 怒りを露わにする明理。

「い、いや。こんなつもりじゃ……」

 困惑している景山の顔面に明理の蹴りが入る。

「さすが陸上部エース……」

 俺はなんとかかがんだ状態でこらえている。

「バカ言っているんじゃないわよ。傷口見せない」

 上着を脱ぎ、傷口を見せる。

「止血剤かな。必要かな」

 そう言って駆け寄る菜乃。手には怪しげな試験管があるが、あれが止血剤なのだろう。

 明理が突き刺さったままのナイフを引き抜き、止血剤をかける。

「ぐっ」

 止血はできたようだが、それでも痛みはともなう。

「早いところ医者に診てもらえないかな?」

「その連絡なら私がしました。あと二十秒で来ます」

 隣で震えていただけと思っていた高坂さんが明るい笑みを浮かべている。

「ふむ。痛み止めかな。効き目があるといいのかな」

 俺は目の前にある試験管の中身を思いっきり飲み干す。

 確かに痛みは和らいだが、

「にがっ」

「良薬口に苦し。それは特注なので、効果てきめんかな」

「ああ。みたいだ」

 腕を回してみる。が痛みはない。

「バカ! 今一時的に神経を混乱させているだけで、実際に直ったわけじゃないかな!」

「そ、そうか。ごめん」

「来ました」

 その声に振り返ると大男が五人くらい走ってくる。

「え」

 その五人に抱えられて、高坂さんの専用自動車に乗り、近くの病院まで送るそうだ。

 金持ちのすることって……。

「受け入れられない? なら病院ごと買収なさい」

「いや、さすがにそれ以上は……」

「稲荷さんは黙っていてください」

「は、はい!」

 声を荒げた高坂さんは意外にも怖いのだ。

 でも、これって俺のためにしているんだよな。

 ずきりと痛む。痛み止めを飲んでいるはずなのに、胸のあたりが痛む。

「なんだ。これ……」

 そのまま病院につれていかれると、ちゃんとした処置を受けて、ひとまず検査入院することになった。


 二日後、俺は退院すると、病院前に出る。

 景山はあの後、捕まり、退学処分。今は警察のやっかいになっているそうだ。

稲荷いなりさん。こっちです」

 手を振って近寄ってくるのは高坂さん。その後ろには桃や明理もいる。その横にリムジンが止まっている。

「えぇ……」

 リムジンで迎えにきているのに、引き気味な俺。

「すごいよ! このリムジン!」

 興奮気味に手を振る明理。

「はしゃぐな。たいていのリムジンはすごいもんだ」

「私、あなたの行動に感謝しているのですよ」

「あー。まあ、そうか」

 照れくさくて適当に言葉を濁す俺。

 みんなのもとに駆け寄ると、いの一番に抱きついてくる。

「桃。そんなに寂しかったのか?」

「うん。一人は寂しかった。お兄ちゃんがいない生活なんて考えられないよ」

「ははは。そうかそうか」

 俺はその華奢な身体をぎゅっと抱きしめる。

「やっぱりシスコンですね」

「そうだと思うよ」

 高坂さんと明理がこくこくと頷くが、俺にはどうでもいいことだった。

 桃がここにいる。それだけでこんなに幸せな気分になれるのだから。

 と抱き合っていたら、両側から引き剥がされる。

「はいはい。こんな往来のある場所で邪魔しないの」

 と明理が俺をリムジンに押し込める。

「仲が良いのはいいことですが、見ていてもどかしい気持ちになります」

 後から入ってきた桃と、笑みを浮かべる高坂さん。

「しかし、リムジンというのは初めてだな」

「ここに冷蔵庫があるかな。冷たい飲み物も飲めるかな」

 菜乃がガチャと冷蔵庫を開けて、ソーダを取り出す。

「いやいやそんな好き勝手に開けるものか?」

「いいですよ。そのくらいの備品。むしろ飲む人がいないですし」

 うふふと笑う高坂さん。

 どうやらお金持ちにとって、これは痛手にもならないらしい。

「そういえば高坂さんは初日に馬車で来ていたね」

「あら。お恥ずかしい。私、あれが普通だと思っていたのです。そしたら明理さんにご教授してもらったのです」

 高坂さんは一般常識が欠けているお嬢様なのだ。それが分かっただけでも一歩前進か。

「しかし、今日の学校には間に合うのか?」

「それなら大丈夫です。私が理事長に直談判してきたので」

 ふふ、と笑う高坂さんだが、現金で脅している高坂さんを想像して身震いする。

 怒らせると怖い人だ。

「まあ、まだ八時。九時には間に合うでしょ?」

「荷物も持ってきたの~」

「あら。用意がいいこと」

 明理と桃で準備していたらしく、鞄と勉強具は一揃いあるらしい。問題は着替えか。

 学校に着くと、俺だけが最後までリムジンに居残る。着替えるためだ。

「どうです? 終わりました?」

 近く、ドア一枚先には高坂さんがいる。運転手は初老の男なので気にかける必要はない。

「え。ああ。もうちょっと」

 慌てて着替えていると、失敗ばかりしてしまうものだ。それにリムジン、意外と高さが低い。

 着替えに戸惑っていると、心配の声が上がる。

「きっとまだ傷口が痛むのね」

「我が様子をみるかな?」

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「私、余計なことをしてしまいましたか?」

「い、いや。ちょっと手間取っているだけだ」

 本音を言うが、女子チームには分かってもらえないらしい。

「みんなでいくわよ」

「「「「せーの」」」」

 桃、明理、菜乃、高坂さんがドアを開ける。と、上半身裸の俺とかち合う。

「ちょっ! 見るなって!」

「腹筋……ジュルリ」

 高坂さんが危ない目をしているが、幼なじみと妹が取り押さえ、外に連れ出す。

「あんたも早く着替えな」

「ああ。すまん」

 若干、明理の頬が紅潮しているように見えたが、気のせいだっただろうか?

 しかし久しぶりの学校だ。それに高坂さんがどう馴染んでいるのかも気になる。

 俺とて一人の人間だ。クラスの雰囲気くらい伺う。

 まあ、空気を読むのは苦手だが。

 というか、いつも俺の回りで問題が起きている気がする。

 高校一年、これまでの思い出を振り返ってみてもそう思えるのだ。俺にアオハルの時期はくるのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る