第4話 釘宮さん!

「今回は、私の不徳がいたすところ。救っていただき感謝です」

 高坂さんが深々と頭を下げる。

 が……それはみんなにも見られていて、嫉妬で狂う同級生たち。

「ま、まあ。大事にならなかっただけ良かった、ってことで」

「いいえ。もうすでに大事になっています」

 うそーん。

 俺は明理を見やる。

 力なく頭を振る。それは大事になっている証拠だ。

 ついで菜乃やたけるにも向けるが応えは同じ。

「すでにマスコミが嗅ぎ回っています。お気をつけて」

「ま、マジで? 俺、犯罪していないのに?」

「そうではなく、英雄として、ですよ」

「ほら。ナイフ相手に立ち向かったじゃない。それでみんなヒーロー扱いなのよ」

「そ、そうなのか? でも、あのときはああするしかなったぞ」

「それを高坂の前でできるってのが英雄なんだよ」

 たけるが苦々しい顔で応える。

「良かったじゃねーか。一週間の怪我でみんなメロメロにして」

「メロメロ、って今日日聴かないな。しかし、そんなもんか?」

「はぁ。これだから主人公気質な奴は。ただのお人好しかい?」

「どういう意味だ?」

「そのまんまの意味だよ。にぶちん」

「あ、あの……」

「ほらきた」

 たけるが言うよりも先に高坂さんが前にでる。

「あとで二人だけで話したいのですが……」

「え。いいけど。なんで?」

「ここまで言わせて分からないとは……」

 何が哀しいのか、たけるがよよよと泣いてみせる。

 いや、泣き方が下手か。なんで「よよよ」なんだよ。

 授業が終わり、昼休みになると、高坂さんが合図を出して屋上へ向かう。

 ラノベにありがちな屋上だが、リアルには入れないので、その前の踊り場にて。

 俺と高坂さんは面と向かって話をすることになった。

「ええっと。あの……」

 ここに来てから高坂さんの様子がおかしい。

 頬を赤くし、もじもじと指同士をくっつけては離す。そんな行動をとって、しどろもどろな言葉を紡ぐのだ。

「その……」

 そんなに言いたくないなら言わなければいいのに。それとも風邪でもひいたのか?

 疑問はつきないが、頑張ってしゃべろうとしている高坂さんを見守ることにした。

「あの!」

「はい!」

 急に元気良くなったかと思えば、大きな声をあげるではないか。

「こ、今週の日曜日……お出かけしません?」

「おう。いいぞ。……て。それだけ?」

「は、はい。続きはまた日曜に……」

 続きってなんだ? また風邪をひく予定でもあるのか?

 とにもかくにも、嬉しそうにスキップ気味に走り去っていく高坂さんを問いただす勇気はなかった。

 俺も少ししてから歩きだすと、明理、菜乃が心配そうな顔で歩み寄ってくる。

「まさか! OKしちゃったの!?」

 開口一番、驚きの声をあげたのは明理だった。

「え。まあ、いいでしょ。あれくらい。どうせ一人でいるのも、二人でいるのも変わらない」

「えー!」

「なんなら明理や菜乃も?」

「え」「か、かな……」

 言葉に覇気を感じられない返事に、疑問に思う。

「今度、日曜に遊びに行こうって話。二人とも来るだろ?」

「抜け駆けかぁ~」

「それも初デートかな」

 二人とも肩を落としているように見えるけど、どうしたのだろう。

「む。我はいくかな」

「それならわたしも!」

 いきなりやる気を取り戻す二人。

 いったい二人の間に何があったのか。

「今度の日曜ね。桃ちゃんにも連絡して」

「そうだね。みんな一緒の方が楽しいものね」

 うんうんと頷く俺。

「本気で言っているのかよ……」

 教室につくとたけるが苦い顔を浮かべる。

「おれはいかないからな。お前のハーレム要員になるものか!」

 意味不明なことを口走るたける。

「いや。ただ遊びに行くだけだぞ? 何を勘違いしている」

「勘違いしているのはお前だぞ、祐介。少しは目を覚ましたらどうだ?」

「ははは。面白い冗談を言うね。俺はバッチリ目を覚ましているさ。この目に嘘はない。見ろ!」

「ばっか。誰がお前と見つめあいたいんだよ」

「わたしは見つめていたいな」

「我もそうかな。うらやましいかな」

「私も! です!」

 どうやら嘘をついていないと信じてくれる人が三人もいるではないか。

「何群れているのかしら? きも」

 隣の席の釘宮くぎみやが本に目を落とし、呟く。

 黒羽根色の長い髪を結い、ツインテールをしている。その瞳にはギラギラと太陽のように輝く瞳があり、顔立ちも整っている。

「なんだ? 釘宮。うらやましいのか?」

「誰が羨ましいなんて言った? あたしはこんなメンバーに囲まれているあんたにむかついているんだけど?」

「なんでむかつかれるのか分からないからな」

「あんたはそれだけの価値がある男だとは思っていないんだからね!」

「その割には俺と話すとき、楽しそうにしているよね? なんで?」

「そ、それは……。そう! 前世との因縁が解決しそうだからよ!」

「前世!? マジで!?」

「な、なんで乗り気なのよ?」

「いやー。最近、異世界転生ものにはまっていてな。俺にも前世の記憶とかあったら無双できるのに……」

「は、はぁ……?」

「で! 前世の記憶がある釘宮はどんな人だったんだ?」

「えっ! いや、その……ええと」

 答えずらそうに目を背ける釘宮。

 なんかマズいことを聴いてしまったか。

「すまん。話にくいこともあるよな」

「へ? あー。まあ」

 歯切れの悪い回答だが、それが精一杯の応えなのだろう。

 なら、俺もこれ以上つつくのは野暮ってもの。

「お前と話していると頭が痛くなる。話しかけないでくれ」

「そういうわりにはやたらと俺に絡んでくるよね? どうして?」

「う、うっさい! あたしの気分しだいであんたと話している。だから話を終わらせるのもあたしの自由でしょ!」

「そんなの傲慢だよ。俺にだって人の心があるんだから、俺の許可も欲しいぞ」

「~~~~っ!」

 釘宮はギリギリと歯ぎしりをして、顔を歪める。

「ああ言えばこう言う! やっぱり、あんた嫌い!」

「嫌いなら話さなきゃいいのに」

「なんでこんな奴のことを好きになったんだか……」

 本格的に頭が痛いのか、手を頭に当てる釘宮。

「むむ。これは新たな敵が出没ですわね」

 高坂さんが残念そうに呟く。

「ここまで会話に入り込む余地がなかったわ。不覚」

「我を超える存在があるかな。でも負けていないかな」

「そうよ。誰が一番とか、そんなんじゃないし、わたしの虜にしちゃえばいいのよ!」

「まさか、そのだらしない胸を使うつもりですか?」

 高坂さんがいつの間にか教室の空気に紛れているのに感動を覚える。

 一週間前はあんなにおどおどしていたのに。

 きっと俺がいない間に、みんなが仲良くしてくれたんだろう。

 これもクラスの団結を見たようで目頭が熱くなる。

「胸の大きさならわたしが一番だし。男の子は胸が好きな生き物よ。わたしが一歩前進ね。壁さん?」

「私は壁じゃないです。でも、それなら私の太ももも負けていませんよ」

「あら。そんなんで対抗したつもり? 太ももなんてなんの役にも立たないじゃない」

「それを言ったら、その胸も役に立たないです」

 むむむ、とうなる高坂さんと明理。

「わ、我は……」

 胸もなく、太もももそんなでない菜乃が涙目でこちらを見る。

 なんだろう。庇護欲がかき立てられる。

「いいぞ。菜乃。キミはそのままで」

「「まさかの菜乃!?」」

 高坂さんと明理が二人そろって声を荒げる。

「むむむ。まさかとは思っていたのですが、稲荷さんはシスコンではなく、ロリコンだったのですか!?」

「確かに。桃ちゃんもそんな体型ね」

 桃も、菜乃も、発育が良いとはいえない。胸が薄く、お腹が少し出ていて、お尻から太ももへのラインも線が細い。

 でも――

「俺はロリコンじゃねー!」

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