第15.5話 相応の罰。

 ガチャンッ、と盛大な音を立てて、テーブルの上にあったティーセットが割れた。胸の内を埋め尽くす、どうしようもない怒りを表すように。




「お嬢様! お怪我はございませんか!? すぐに片づけますわ!」




「……ええ。大丈夫。ごめんなさい、わたくしの不注意で。迷惑をかけるわね」




 偶然を装い、叩き割ったティーカップを見ながらそう言って微笑む。申し訳なさそうに見えるように、表情を作りながら。


 本当はそんなこと、少しも思っていないけれど。


 侍女の一人が、テーブルから落ちた破片を拾いながら「動揺されても仕方ありませんわ」と、憤った様子で呟いた。




「まさか公爵夫人のティーパーティに参加するなんて……! ずうずうしいにも程があります! しかも、開始時刻より遅く来たそうですわ。公爵夫人が庇ってらしたという話ですけど、本当の所はどうか分かりませんわ」




 「本当、その通りですわ」と、周囲の侍女たちもが声を合わせて頷くのを見て、少しだけ溜飲が下がる。


 彼女たちの言う通りだった。たかが子爵家の令嬢の分際で、社交界でも一種のステータスとなっている、公爵夫人のティーパーティに参加した挙句、遅れてくるなんて。有り得ないという他なかった。


 それも。




「……あの方に、エスコートされて参加する、なんて……」




 ぼそりと呟けば、侍女たち一様にぴたりと口を噤む。気の毒そうなその空気が気に喰わず、再び胸の内が怒りで満たされた。


 なぜ自分が、たかが侍女たちに気の毒だと思われなければならないのか。それもこれも、自分の居場所であるはずの、あの方の傍を奪った女のせい。


 許せないと、思った。




「……わたくしの方が、絶対にあの方に相応しいのに……」




 いつもの様子を装って、しおらしく呟いて見せれば、周囲の侍女たちが慌てた様子で顔を見合わせるのが見える。


 さあ、誰か一人くらい口にするべきだ。自分が代わりに、あの女を排除しようか、と。


 「お嬢様」と声をかけて来たのは、先程ティーセットの欠片を拾いながら憤っていた、あの侍女であった。




「実はあの女について調べてみたのですが、……あの女、夜会に出る際も決して元婚約者や父親から離れず、誰からも挨拶を受けなかったそうです」




「……どういうこと?」




 侍女の言った言葉の意味が分からず、首を傾げる。挨拶というのは、夜会などで顔見知りに出会えば交わすのが当たり前であるし、それを拒むことなど出来ない。そんなことをすれば失礼にあたるからだ。

 また、挨拶を受けた所で、何か困ったことになるようなこともない。それを受けないというのは、どういうことだろうか。


 侍女はそんな疑問に気付いたらしく、再び口を開いた。




「何でも、元婚約者が、自分の悋気を理由に断っていたとか。父親と共にいる時も、挨拶の度に元婚約者が傍に戻っていたそうです。……けれど、その元婚約者とは婚約関係が解消されて、現在は妹の婚約者となっています。おかしいとは思いませんか?」




 続けられた言葉に、僅かに首を傾げる。確かに、変な話だ。悋気を理由にたかが挨拶を断る程にあの女のことを好いていたならば、婚約を解消など、ましてその妹と再び婚約することなど有り得ないだろうに。


 どういうことだろう、と考えていたら、また別の侍女が「あの……」と口を開いた。




「その挨拶を断っていたというのは、男性の方だけだったということですか? 悋気、というくらいだから」




「ええ。そう聞いたわ。女性からの挨拶は受けるけれど、男性が手を取ろうとすると、途端に元婚約者の方がそれを拒んでしまうから、社交界ではとても仲の良い二人だと言われていたらしいの。だから尚の事、皆今回の婚約解消を不思議がっていたのだけれど」




 二人がそんな会話をするのを聞きながら、ふと思い出す。


 そういえば先日、バルテ伯爵令嬢がオペラハウスで顔を合わせた際も、似たようなことがあったと聞かなかったか。何でも、共にその場に足を運んでいた貴族令息が近づいた時、あの女は怯えたように硬直したとか。


 はっと、した。もしかしたら。




「……男の方が、苦手……、いいえ。男の方が、怖いのかしら」




 そう考えれば、辻褄が合うかもしれない。もちろん、父親や元婚約者、あの方のエスコートは受けているようだから、心を許した相手には、その限りではないのかもしれないけれど。




 でも、男の方が近づいただけで震えあがる程怯えてくれるならば、……丁度良いわね。




 公爵夫人のティーパーティにまで二人で参加したということは、正式な婚約発表をしたようなもの。けれど。




「……他の男の方に汚されたとしたら、どうかしら」




 しかもそれが、社交界の誰もが知る所となれば、いくら国王であろうと無理に結婚しろとは言えないだろう。


 ぼそりと呟いた言葉が聞こえなかったらしく、侍女たちが「お嬢様?」と不思議そうな顔でこちらを覗き込んでくる。


 疲れたような笑みを浮かべて見せながら、「大丈夫よ」と応えた。本当に、大丈夫だ。これからどうすべきか、考えがまとまったから。




 あの方が次に出席されるのは、一月後に行われる、国王陛下主催の夜会。英雄といえど、陛下主催の会を欠席は出来ないもの。




 だからその日、国王だけでなく、皆に教えてやるのだ。あの女は、あの方に相応しくないと。自分こそが、あの方の隣に立つのに相応しい人間なのだと。


 そうして、あの女には、社交界に出ることも出来なくなるほどの醜聞を与えてあげよう。一時でも、あの方の傍を奪った罰だ。




「夜会には、誰が来るのかしら。……どちらにしろ、楽しみね」




 ぽつりと言えば、己を奮い立たせているようにでも見えたのか、侍女たちがまたも憐れみの視線をこちらに向けていて。非常に気に喰わなかったが、何も言わなかった。


 それよりも、自分に相応しい居場所を取り戻せることが、何よりも嬉しかったから。

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