第4話 置土産 ≠ 廃品回収


『どういうこと?』

「どういうって……ステータス画面の事ですけど……」

『……すまんすまん。よく聞いてなかった。あー……っと、ステータス画面をどうするって?』

「え? だから触ったり……持ったり……振り回したり……」

『ふぅん……へぇ……』

「は、はい」

『……はあ?』

「いや、〝はあ?〟とか言われても……」

『すまない。いまいち貴様の言うことが理解できていないんだ』

「……とりあえず、俺の体を動かせるようにしてもらっていいですか?」

『なに? 貴様……もしかして殴るつもりなのか? この私を?』

「違います」

『じゃあどういうつもりで……』

「実際にやったほうが早そうだからって意味です」


 ◇


「……ほら、こんな感じで――」


 俺はステータス画面を出現させると、それを指ではじいたり、手で持ったりしてみせた。

 無論、女神さまには拘束を解いてもらっている。

 拘束・・とは、首から下の事。

 俺は今、止まっている時間の中を自由に動き回っているのだ。


『うわ、ほんとだ……キモ……』

「え?」


 なんかいま、自然に罵声を浴びせられた気が……。


『あ、いや……でも、なんで?』

「なんでって……俺にもわかりませんよ。アンに言われて、いろいろと調べてみたら、こんなことが出来ただけで……原理とか、理由とか、そういうのは全然……」


 俺のステータス画面を、色々な角度から観察する女神。


「あ、あまり迂闊に触らないでくださいね。よく切れますので」

『よくキレる? おまえ、癇癪持ちなのか? 面倒くさいな』

「違います。……そのステータス画面、武器になるくらい、画面の端が鋭いんですよ」

『いや、意味が分からんが』


 バカにするように言われ、売り言葉に買い言葉。


「……いっかい触ってみ」


 俺もつい、こんなことを言ってしまう。


『貴様、なんかちょくちょく気安くない? 私、女神なんだけど?』

「ならもっと威厳がある感じでお願いしますよ……」


 ため息交じりの本音が、俺の口から滑り出る。


『あいたぁッ!?』


 女神が薬指を抑えながら悶絶する。

 触るのも早いし、怪我するのも早い。

 なんならなんで、薬指で触ったんだ?

 普通は人差し指とかじゃない?

 なんなんだ、本当に……意味が分からん。


『貴っ様ぁ……! これ、切れたんですけど!? ……痛いんですけど!?』


 女神がそう言って、薬指をこれ見よがしに、ずずいと差し出してくる。

 ……俺にどうしろと?


「言ったじゃないですか、よく切れますよって、危ないですよって」

『阿呆! いまの私は概念的な存在だぞ? ただ鋭いだけで切れるわけないだろ!』

「……へ?」


 よく見たら、指の切り傷……そこから血は出ておらず、モヤのようにボケていた。


『なんだ、気付いとらんかったのか? 私の台詞だけ二重かぎ括弧になっておるだろ』

「いや、そんなメタっぽいこと言われても……」

『要するに、私はここにいるようでいないのだ。本体はいま、べつの所でゲー……仕事をしている』

「いまゲームって言いかけませんでした?」

『……つまり、貴様のそのステータス画面は、物質のみならず別次元にも届き得る刃……ということになるな』


 都合の悪い言葉はすべてシャットアウトするように出来てるのか? この人?


「……でもそれ、聞こえはいいですけど何に使えるんですか?」

『知らん』

「いや、そこはもうちょっと……」

『自分で考えろ。子どもじゃないんだから』

「その言い分はちょっと違うんじゃないですか?」

『とにかくそんな能力、いままで見たことも聞いたこともない。ステータス画面を触れて? 持てて? しかも切れる? なにそれ、キモイわ』

「うるせえわ」

『でもま、取り越し苦労だったようだな』

「え?」

『いや、最初にも言ったが、じつは困ってるんじゃないかと思ってな』

「俺が……ですか?」

『そう。ダイナマイツが』


 うーん、本当にダイナマイツで統一する気だ。


『ステータス画面を開いたり閉じたりするだけで、何の能力もない間抜けが、剣と魔法のファンタジーを生き抜けるのか、とな。……けどまぁ、よくやっているじゃあないか。これでもう、私が介入する必要はないだろう。じゃあ、もう帰るから』

「はい……え? ふたつ目の能力、結局くれないんですか?」

『いいじゃん。皆にはない能力持ってるんだから。オンリーワンだよ。誇っちゃいなよ』

「いやいや、でも……女神様、そもそも能力をくれるために来てくれたんですよね?」

『そうだけど……』

「じゃあ何かくださいよ!」

『え~?』

「『え~?』じゃないですって!」

『でもダイナマイツ、いまべつに困ってないんでしょ?』

「困ってますよ! 困りまくってますよ! どこへ行けばいいかもわかりませんし、何をすればいいかもわかりませんし、そもそもこの能力、便利ではありますけど、戦い向きってわけでもないですし」

『でも、能力与えるのって、意外と面倒くさ――あっ!』


 女神が急に俺の顔を指さす。


「……な、なんですか?」

『そうだ。いい感じのがあったんだ……』

「いい感じの……?」


 ガサゴソ……ガサゴソ……。

 女神が、ただでさえギリギリの服の中に手を突っ込んで、ワシワシとまさぐっている。


『じゃんじゃじゃ~ん!』


 意味不明なノリとともに取り出したのは、何やらペンのようなものだった。

 プラスチックのようなつくり。

 筆先が黒くないし、なんならインクがついてる感じもしない。

 ……ていうか、このペン、見覚えがあるんだけど。


「これ、ゲームの付属品じゃ……?」

『ギクッ!? そそそ、そんなわけ、あらへんがな……』

「いや、わかりやすすぎるでしょ」

『こほん。……いいか、ダイナマイツ。よく聞け、これはな、具現の筆といってだな、空間に任意の物質を描き込めば、実際にそれが手に入るという代物なのだ』


 うさん臭すぎる……が、いちおう聞いておいてやろう。


「つまり、どういうことなんですか?」

『そうだな、たとえばリンゴの絵をこうやって描くとするだろ……』


 女神はそう言うと、何もない空間にド下手くそな何か・・を描いていった。

 線がうにょうにょとしていて、丸もうまく描けていない。

 事前にリンゴと聞いていなければ、間違いなく頭がパンクしていただろう。


『そして、筆を離すと……』


 ぽとり。

 白黒だったリンゴ(のようなもの)が、赤く色づき、地面に落ちる。

 女神はそれを拾い上げると、がぶりとかじった。


『ほういうほほだ』

「な、なるほど……」


 まぁ、大体はわかった。


『ほらよ』


 女神はそう言うと、ペンを雑に投げて寄越してきた。

 放物線を描いて飛んでくるペン。

 俺はそれをふんわりと優しくキャッチすると、改めて女神の顔を見る。


『じゃあな』


 女神は本当にそれだけを言うと、そのまま、余韻もなく消えてしまった。

 周囲の風景が一気に色づいていき、アンやリンスレットも動き出す。


「あ、あれ……?」


 リンスレットとアンが不思議そうに俺の顔を見てくる。

 それもそうだ。

 二人からすれば、俺は一瞬で移動したんだからな。


「ダイスケ……何かしたのかい?」

「い、いや、とくに……」


 説明すると面倒だから、あえて嘘をつく俺。

 しかし、どうしたもんか。

 まさか、アンが転生者じゃなかったなんて……ここは理由を訊いておくべきか?

 いや、気になるけど、それは今じゃない気がする。


「……どうかしたかい? ダイスケ? ボクの顔をじっと見て……」

「あ、いや! なんでもない……!」


 首を横に振り、手をパタパタと動かす。

 ちょっとあからさま過ぎたか……?


「それは?」


 今度はリンスレットが俺の手の中にあるペンを指さしてきた。

 ナイスな話題の逸らし方だ、リンスレット。


「あ、こ、これか? これは……ある人からもらってな……!」


 俺はペンを握ると、女神と同じように空間に筆を走らせた……が――


「なに?」


 リンスレットが首を傾げる。

 まぁ。

 なんとなくそう・・なんじゃないかと思ったが――


「やっぱりな……」

「え?」

「いや、なんでもない。……ごめん、ただのゴミだよ、これは」

「え、でも、さっき誰かからもらったって……」

「いや、そんな気がしただけだ」


 俺はペンを持ち上げ、陽光に透かして見た。

 本当に、何の変哲もない、ゲームの付属品だ。

 おそらくあのゲーマー女神、二台目を買ったから、不用品を押し付けてきたのだろう。

 俺はそのペンを捨て……ることも出来ず、そのままズボンのポケットの中へ押し込んだ。

 というか、いまはそれよりも――


「なんも訊けなかった……」


 本音が口をついて出る。

 消える前に何かしら訊いておけばよかった。

 女神なら、この世界の事にも詳しい……のだろうか?

 あんなに適当だと、この世界のこと、何も知らないんじゃないか?


「さあ、ふたりとも、とりあえずここから離れるよ」


 俺の思考を払拭するように、アンが言葉を発する。

 そうだよな。

 今さら、うだうだと考えたって意味ないよな。

 とりあえず、今は前だけを見ていよう。

 俺はゆっくりとうなずくと、アンの後について歩き出した。

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