オーガニゼーション・シンドローム
第1話 休憩と情報整理その1
「――と、いうことで……」
背もたれのない、木製のスツールに座りながら、アンが話を切り出す。
「ダイスケにリンスレット、これからはなんでもボクに質問してくれ。いままでは答えられなかった質問にも、なるべく答えるようにしよう」
俺たちはミィミ国を命からがら脱出し、そこからすこし離れた所。
木造建築のボロ宿、その一室にいた。
ここはミィミ国と、その隣国であるシャルドルネ国との国境にある、いわば中立地帯。
ミィミ国の手も届かず、シャルドルネ国の影響もうけない、そんな場所。
両国を行き来するには絶好の中継地点で、大抵の人はここで休憩を挟んでから両国へ入国する……とアンは言っていたが、人の出入れが異様に少ない。
ここへ来てからというもの、旅人のような風体の人間はひとりも見ていない。
いるのは全員、宿屋や飯屋といったサービスする側の人間。
たしかに、
『ミィミ国があの状況になっているから、不用意に入国できない』
という理由はわかる。
であれば、なおのこと、繁盛するはずなのだが……それだけが気になる。
「……まず、あなたについて質問してもいいかしら? アン?」
そんなことを考えている俺を尻目に、リンスレットが口火を切る。
彼女はギィギィと音の鳴る木製ベッドの上に、腰掛けて脚を組んでいた。
俺はアンと同じく木製のスツールに腰かけている。
ミィミ国を出てから一日以上が経過していたからか、リンスレットの表情は穏やかである。
「いいよ」
「まず、あなたがギルドに所属していたのはわかったわ。……けど、今のあなたの立ち位置ってどういう感じなの?」
「裏切り者……お尋ね者……じゃないかな」
アンがすこしだけ言いづらそうに、口を開いた。
「それはやっぱり、エルネストたちに歯向かったからだよね?」
「それもあるね。……けど、もっと正確に言うと、ボクが反旗を翻したのはエルネストたちではなく、ギルドにだよ」
「ギルドに……?」
リンスレットが口元に手をあて、考え込む。
「ひと言で、わかりやすく言うと、『ついていけなくなった』それがボクの本音かな」
「ついていけなくなったって……やっぱり、あの……」
そう言いかけて、俺はリンスレットの顔を見る。
リンスレットはそれに気が付くと、呆れたようにため息をついた。
「ちょっと、いまさらなに気ぃ遣ってんの? べつにそんなことで怒ったりしないわよ」
俺は小さくうなずくと、改めてアンのほうを向いた。
「……ミィミ国の、ケィモ王の件に関して、だよな?」
「うん」
「それで、さっきアンは『ついていけなくなった』って言ったわよね?」
「言ったね」
「ということは、ギルドとは目的が違った……てこと?」
「目的も違うし、方針も違った。……そもそも、ボクとギルドで、向いているほうも違ったんだろうね……」
アンがリンスレット……ではなく、その後ろの壁を見ながら話す。
「……そのことについて、もうすこし詳しく訊かせてもらっていいかしら?」
「もちろんだよ。……といっても、ふたりともわかってると思うけど、そもそも、当初はこの革命で、誰も殺害するつもりはなかったんだ」
「そうなの?」
思わず声をあげてしまう俺。
「ああ。ボクはケィモ王との決着は、対話でつけると思ってたし、ギルドもそのつもりだと思ってた」
「……けど、違ったわけだよな」
「ああ。結果は……君たちも見ただろう? あのミィミ国の惨状を……」
アンに言われ、黒煙があちこちから上がっていたミィミ国を思い出す。
遠目から見てもわかった。
あれは革命や王獲りなんかじゃない。
一方的な粛清だった。
「ギルドはケィモ王のみならず、リンスレット王女やその臣下……国民にまで手をかけた。……かけようとした」
「でも、そもそもギルドの目的って、『ミィミ国で人間が迫害されているから、助けてやろう』ってスタンスじゃなかったのか?」
「うん」
「それなら、アンの言うとおり、話し合いで解決できたかもしれないし、そもそも、ケィモ王と話した限りじゃ、そこまで人間のことは悪く思ってないみたいだったぞ?」
「それは……あたしも思ったわ」
リンスレットが俺の意見に同意する。
「謁見の間に突入して、パパとすこしだけど話をして、色々な違和感があった」
「……うん、そしてそこに、今回のボクとギルドの相違があったんだろうね……」
アンはそう言うと、ひと呼吸をおいて口を開いた。
「おそらく、ギルドは最初から、ミィミ国を滅ぼすつもりだったんだと思う」
リンスレットから息を呑むような声が聞こえてくる……が、俺はリンスレットの顔を見れなかった。
「まぁ、でも、結果から見れば……そうだよな……」
エルネストたちのあの態度、そしてリンスレットを殺そうとしていた気迫。
どう考えても、話し合うつもりなんて、
「……でも、それならなんで、最初からあたしを殺さなかったの?」
リンスレットの純粋な疑問。
そして、俺とアンの視線がぶつかる。
これに関しては、俺でも大体予想は出来るんだが……さて、どう伝えるべきか――
「……まぁ、十中八九、ケィモ王とぶつけるため……だったんだろうな」
俺がそう言うと、アンがゆっくりとうなずいた。
「あたしとパパを……?」
「ダイスケの言うとおりだ。……エルネストたちも、できることなら最初からケィモ王とリンスレット、ふたりを消すのが手っ取り早かったんだろうけど、それをしなかった。……いや、
「出来なかった?」
「君たち二人が手に余る存在だったんだよ。たしかにエルネストは魔術師としての腕は相当だ。……けれど、ケィモ王とリンスレット、二人を相手にして勝てる見込みは、ほぼゼロに等しい。だから、君をレジスタンスに引き入れたんだろうね」
「じゃ、じゃあ……あたしが、パパに反発しなかったら、パパは……ミィミは……」
リンスレットはそう言って、俯いてしまった。
「……いいや、どのみちリンスレットは、意見の不一致からケィモ王の元を離れていた。エルネストと共に行動するにせよ、単独で行動するにせよ、こうなる運命だったんだろう」
アンが大してフォローになっていないフォローをする。
「そう……だよね……」
案の定、リンスレットの表情は優れない。
とはいえ、アンの言っていることにも同意できる。
おそらく、リンスレットがどう行動していても、エルネストに利用されていただろう。
「……どうする、リンスレット? 今日のところは一旦、休んだほうがいいんじゃないかい?」
アンの、リンスレットを気遣っての提案。
ふと
こういうのは元いた世界とは変わらないんだな……なんて、感傷に浸っていると――
「ううん、もうちょっとだけ、頑張る」
リンスレットはすこしやつれた顔で、健気に笑ってみせた。
ぶっちゃけ、ミィミ国を出てからここまでずっと歩き詰めだったため、俺が休憩したいというのはある。
けれど、そんな俺よりも何万倍もつらいリンスレットが頑張っているのだ。
俺は出かけていた欠伸を噛み殺すと、質問を続けた。
「……じゃあ、結局ギルドの目的ってなんだったんだ?」
「それは……わからない」
アンが首を横に振る。
「そうか……」
まぁ、こんなことになってる時点でだいたい察しはつく。
「うん。ケィモ王を殺害し、リンスレットを殺害し、ミィミ国を滅ぼしたその先にある目的……となると、ボクには見当もつかない」
「ちなみに、エルネストたちは話してくれなかったのか?」
「そうだね。……というよりも、エルネストたちもギルドの本心はわからなかったんじゃないかな」
「どういうことだ?」
「ギルドから下された命令が、ボクとエルネストたちとで違ったんじゃないかっていう……あくまで推測だけどね」
「ああ、たしかアンが言ってたんだっけ? 『この国の結末を見届けたい』的なこと」
俺の言葉にアンがうなずき、ここで俺の中に違和感が芽生える。
「……でも、そう考えるとちょっと変だよな」
「ヘン?」
「そう。エルネストたちを送り出したとき、まだ仮定だけど、ギルドはミィミ国を滅ぼすよう命令を出したんだろ? なのに、なんでアンを送り出したときは、そんな命令を出さなかったんだ?」
「……それはね、ボクが先にリンスレットのSOSを受け取ったからなんだ」
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