第2話 休憩と情報整理その2


「SOSって……?」

「以前にも言ったと思うけど、ギルドは全世界に手広く展開している。些細な依頼なら支部内で解決できるけど、今回のような国家レベルの問題だと、どうしても本部を通さないといけない」

「……つまり?」

「リンスレットが国王に内緒で飛ばした書簡を、ギルドの支部……つまりボクが受け取り、それを本部に回して、エルネストたちが派遣されたってこと」

「ああ、なるほど。てことは、支部と本部とでこの件に対する見解が違ったのか」

「平たく言えばね。支部側ではなるべく血を流さず行きたかったんだけど、本部側はそうじゃなかったみたいだね」

「なんか他人事みたいだな……支部とはいえ、いちおうアンの所属してたギルドなんだろ?」

「あ、そっか! なら、あたしたちにも協力してくれるんじゃ……?」

「どうだろうね。百パーセント無理だとは言い切れないけど、支部というのは本部あってのものだからね。たぶん無理なんじゃないかな。というか、行動の早いギルドの事だ。すでにボクとリンスレットの手配書が回っているだろうね」

「なるほどなぁ……」


 うーん、と唸りながら腕を組む俺。

 これで改めて自分たちの立ち位置がわかったけど……どうすんの?

 なんか突っ走って来ちゃったけど、要するに今、俺たちってなんの後ろ盾もない状態なんだよな?

 なんかいろいろと危うくねえか?


「……もう、他に質問はないかい?」

「あ、じゃあ、あとひとつ……いい?」


 リンスレットが小さく手をあげて言う。


「どうぞ」

「ずっと気になってたんだけど、結局、アンが城の中庭で言ってたことってなんだったの?」

「ああ、そういえば……そんなこと言ってたな」


 地下下水道から出てきた後のこと。

 たしか城の中庭で、アンが、俺とリンスレットにそんなことを言っていたと思う。

 変に含みのある言い方をしていたから、心の隅で引っかかってはいたんだ。


「うん? ……ああ、そういえばそんなことも言ってたね」

「おい」


 俺とリンレットの声が珍しくかぶる。


「ごめんごめん。あの時は先を急いでたのもあったし、伝え損ねた……というよりもこれは、足を止めてまで言う必要はなかったことなんだよ」

「でも、いちおう話しておいたほうがいいと判断したんだろ?」

「そうだね……」


 そして、変な間。

 俺とリンスレットが顔を見合わせ、もう一度アンを見る。


「……なんだ? 話したくないのか?」

「あ、いや、もちろん話すさ。でも、その前に、まずは確認」

「確認?」

「ちょっとややこしいからね。どうやって話せばいいか、頭で順序立ててたんだ」

「……なるほどな」

「それで……エルネストたちがギルドの人間だったってことは知ってるよね?」

「ああ。レジスタンスに所属している人間もだろ?」

「いや、全員が全員ってわけじゃないんだ」

「そうなのか?」

「うん、どちらかというと、ミィミ国出身の人間のほうが、割合的には圧倒的に多かった」

「過去形?」

「うん、それついてはまた後で説明するね。……話を戻すけど、それらをひとつに束ね、組織したのがエルネストさ」

「なるほどな……」

「それで改めて、ここからが『ボクの言ってなかったこと』だけど――じつは作戦決行日、ミィミ国の中にあるレジスタンスとはべつに、ギルドの援軍が国外で待機していたんだよ」

「……マジ?」


 予想外のことに、思わず訊き返してしまう俺。

 実際、俺たちはあのとき国外にいたのに、人っ子一人。

 誰も見てなかったからだ。


「そう。本来は、ダイスケを隣国ではなく、そこに預ける予定だったんだけど……」

「気が変わったと?」

「そうだね。ダイスケの能力を見て、触れて、使えると思った。だから、君を援軍と偽り、レジスタンスに加入させた」

「でも、エルネストたちにはバレてたんだよな?」

「そうだね。エルネストたちは間違いなくわかっていたと思う」

「……けど、そんなそぶりは見せなかったよな?」

「うん。つまり彼らは、本当に君が援軍だとは思っていなかった……けれど、君を援軍であると認めてくれた」

「……どういうことだ?」

「『本来合流するはずの援軍が来なかったから、ボクがその代役を立てた』ということを即座に理解してくれたんだと、ボクは解釈している」

「なんか、まだややこしいけど……つまり、エルネストはその時、まだアンを信頼していたと」

「そう。ボクが〝援軍〟として連れてくるくらいなんだから、ダイスケは戦力としては申し分ないと、そう考えたんだろう」

「なるほどな……」

「だから、エルネストもボクが裏切ると思ってなかったと思う」

「そうなのか?」

「うん。実際、自分で言うのもなんだけど、ボクはボクで、ギルド内でもそれなりに立場のある人間だったからね」

「へえ? じゃあ、アンが裏切ったとき、エルネストたちは『まさかあいつが』……って感じだったってことか」

「その割には、冷静にアンのことを殺そうとしてたように見えたけど……」


 リンスレットが冷静にツッコむ。


「現実主義者だからね。合理的な判断が出来るんだよ、彼らは」

「……そういう問題なのか?」


 俺がそう言うと、アンはすこし肩をすくめてみせた。

 あくまで予測ということだろう。


「まぁ、そもそも裏切ろうと決心したのも、その時だから、わかりようがないんだけど……」

「……つーことは、だ。あの革命はつまり――」

「レジスタンス側の勝利は、最初からほぼ約束されたものだったんだ」

「だよな……」

「うん。内からはレジスタンスが、外からはギルドの部隊が攻め込む手筈になっていからね。とてもじゃないけど、捌き切れない」

「ケィモ王の誤算はそこにあったってわけだな……」

「だね。……もっとも、ギルドの動向を知っていたからこそ、あえてレジスタンスを無視していた……というセンもある」

「たしかに、兵士も俺たちには全く関心を示してなかったし、城内も手薄だったしな……」

「まぁ、それに関しては、今では確かめようがない事なんだけどね……以上が、ボクがあの時、君たちに言えなかったことだね」


 再び、部屋内を沈黙が支配する。

 りんりんりん、と外で虫が鳴いているような音も聞こえてくる。


「……でもさ」


 そんな中、俺が再びアンに話しかける。


「そんな大掛かりなことをしてまで……ギルドは何をしたかったんだ?」

「目的……よね? それはあたしも気になるかも」

「表向きは、獣人による行き過ぎた統治の仲裁だろ?」

「そうだね。表向きは……」


 アンが含みを持たせるように、そのまま押し黙る。


「……なんだよ、言えないのか?」

「いや、ごめん。言えるとか言えないとかじゃなくて……これに関しては、本当に何も知らないんだ」

「は?」

「都合よく聞こえるかもしれないけど、ボクにもギルドが何をしたいのかわからない」

「でも、アンはそんなギルドを見限ったわけだろ?」

「当り前さ! いかなる理由があろうとも、他者を、他国を一方的に蹂躙しようとする組織がまともなわけがない!」


 珍しくアンが語気を荒げる。


「まぁ……それも……そうだな……」

「……ごめん。ちょっと感情的になっちゃって……」

「なに言ってんの。アンが悪いわけじゃないでしょ? 気にする必要はないわよ」

「ありがとう。……でも、これで改めてボクの立場が分かったと思う」

「ああ。……けど、これからどうするんだ?」

「これから……か」


 アンがそう呟いて顎に触れると――


「はふぅ……」


 リンスレットが押し殺すように欠伸をした。


「ふふ、今日のところはもう休もうか」

「え? あ、ごめ……あたし、まだ大丈夫だから……!」


 リンスレットが恥ずかしそうに首を横に振る。


「……アンに賛成だ。俺ももう限界だ」


 さすがに色々あった後だ。

 気力も体力も底をつきかけている。

 それに加え、リンスレットの欠伸でとどめを刺された感じだ。

 視界が霞んできて、あくびがあとからあとから止まらない。

 アンのことについては、また今度訊くことにしよう。


「そ、そう? みんながそういうなら……休もうっかな……?」


 リンスレットが恥ずかしそうに、遠慮がちに言ってみせる。

 こうして、俺たちはいったん解散すると、それぞれの部屋で眠りについた。


 ――のだが、俺はその夜、俺の隣の部屋。

 押し殺すように、すすり泣くように泣くリンスレットの声でなかなか寝付けなかった。

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