第2話 敵か仲間か


『よう。久しぶりだな、緒形大五郎おがただいごろう

「いや、名前違うんですけど……」


 朝。

 クラスメイトに挨拶をするようなノリで、俺に向かって片手を上げる女神。


「……ていうか、さっき普通に俺の名前呼んでましたよね?」

『その後はどうだ?』

「全無視ですか」


 相変わらずである。

 もしかして、俺の声が届いていないんじゃないかと思うほどの、華麗なスルー。

 こうやって普通にツッコんでる俺も、だいぶ慣れてきているのだろう。

 このノリに。この流れに。このユルさに。


「でも……あの、干渉しないって話じゃなかったんですか?」

『ああ、その件に関してだが、色々と創造神様からお𠮟り……激励の言葉を頂いてな……』

「叱られたんですね……ちなみに、創造神様って?」

『教えない』

「あ、そですか」


 俺は諦めた。


『それで、様子をチラッとでもいいから見てこい。……と言われたのだ』

「なるほど。だから……」

『こうして、しばらく時を止めさせてもらった』

「なるほどなぁ……」


 やっぱり止まってるんだな、時。

 まぁ、深く考えても仕方がないか。

 でもよかった。

 俺に対するあの対応、あれが正しいわけじゃなかったんだな。

 いちおう前世で徳を積んだ人間が、あんな適当に、あしらわれるように扱われていいはずが……あれ?


『……しかし、そんなに怒っているわけではなさそうだな』

「え? おこる?」

『ああ、あんな能力だけを持たされて、異世界にほっぽりだされたわけだからな』

「自分で言いますか? それ?」

『てっきりグーで頬を殴られる……くらいは覚悟してたんだが……』

「いや、そんなことしませんってば」

『まぁ、したくても出来んだろうがな』

「え?」


 そう言われて、首から下を動かそうとする。

 ――が、まるで石膏で固められているようにビクともしない。


「なんすか、これ」

『言ったろう。時間を止めていると』

「首から上は比較的自由に動かせるみたいですけど……」

『そういうもんだからな』

「そ、そういうもんなんですね……」


 これ以上深く考えると、勿体ないと感じ、俺はそこで考えるのを止めた。


「でも……とはいえ、とくに不満は……」

『ないのか?』


 改めてそう聞かれると、ムクムクといろいろ湧いてくる。


「いえ、やっぱり色々あります」

『言ってみろ』

「まず、なんなんですか、この世界は?」

『この世界……とは?』

「ハード過ぎませんか? もっと楽にいろいろとできると思ってたのに、この時点で何回か死にかけてるんですけど」

『……でも、よかったろ?』

「いいわけあるかァ!!」


 喉から血が出るくらい叫び声をあげる。


『おいおい、そんなに叫ぶと喉から血が出るぞ?』

「ほっとけ! ……そもそも、こうなった以上仕方ないですけど……もっとこう……あるんじゃないんですか?」

『なにがだ』

「もっとホンワカした世界とか、誰も憎しみ合わない、殺し合わない感じの……」

『あるが?』

「あるが、じゃねえよ! そこに行かせろよ!」

『なんだ、そういうところへ行きたかったのか?』

「……へ?」

『最初に聞いただろう。希望はないか、と』

「え、でも……それは能力の事かと思って……」

『わっはっはっは! そう言ったのか? 私が?』


 こくりとうなずく俺。


『ふむ……ちょっと待ってろ。おまえが希望するなら今すぐにでも――』


 女神はそう言うと、再びすいすいと人差し指を動かし始めた。


「ちょちょちょ、ちょっと待った!」

『なんだ。尾之上おのうえダイナマイツ』

「もうそのネタはでいいですって。……あの、転生はすこし待ってもらえませんか?」

『え? しないのか? 転生?』

「は、はい……たしかにそういう、フワフワした世界へ移住したいですけど、なんというか……」


 俺は改めて、今も固まって動かないリンスレットとアンを見た。


『ははあ、なるほどな……』


 女神が顎に手をあて、納得したようにうなずく。


「は、はい……その……」

『つまり、その二人を手籠めにしてしまいたいと! そういうことか! こンのドスケベダイナマイツめ!』

「いや、ドスケベダイナマイツって、何を考えてるんだあんたは!?」

ナニ・・を考えてるのは貴様のほうだろうが! わっはっは!』

「いや、もう最低だこの人……」


 居酒屋のおっさんみたいなノリで絡んでくるな、こいつ。

 たまに女神だということを忘れそうになってしまう。


「……こうやって、この二人に関わった以上、『危ないから一抜けた』じゃ、さすがに後味が悪すぎるって話です。別の世界に転生するのは、せめてこの件が片付いた後でも……」

『ふむ。貴様にも、小さじ一杯分の責任感は持ち合わせている……というわけか』

「人の責任感をそんなふうに例えないでいただけますか?」

『なるほど。わかった』

「……なにを?」

『いや、具体的におまえが、この世界で何を見て、何を感じ、何をしてきたのかはわからんが、なんとなく苦労したんだろうなぁ~というのは、わかる』

「そんなふわっとした感じで同情されても……あ、そういえば……」

『なんだ』

「この世界の転生者って、俺以外にもいるんですね」

『そうなのか?』

「え?」


 あれ?

 てっきり『そうだけど?』みたいなことを言われると思ってたけど。

 というか、もしかして、あまりそういうのは干渉してないからわからないとかか?

 それとも、ただ単に興味がないのか……?

 うーん、この女神の性格を考えると後者な気がするけど――


「からかってる……というわけじゃないんですよね?」

『おいおい勘弁してくれ。誰が好き好んでおまえなど揶揄からかうか』


 結構ノリノリでいじって来てるような気がするんだけど。


『そんな暇があれば、ランクマに潜っている』

「そ、そうなんですね……ランクマ?」

『というか、おまえは知らんとは思うが、この世界とはまた別の世界があるのだ』

「いや、俺、そのべつの世界ってところから来たんで、もちろん知ってるんですけど……」

『それもそうか。……うん、そうだったな』


 なんなんだ、こいつは。


『つまり、私が言いたいのはだな……数ある異世界ひとつひとつを、いちいち管理して、運用して、報告して……なんて出来るはずがないって言っているんだ。基本的に世界の運用は、その世界に任せてある。その結果、滅びようが栄えようが、我々はノータッチなのだよ』

「なるほどなぁ……」


 なんとな~く相槌を打つ俺。

 ここで『結局女神とか、世界とか、創造神とかってなんなんですか?』

 なんて質問は、しないほうが賢明だろう。



『だから貴様が、『こォの世界にはァ……! 俺と同じ転生者がぁ……いるゥ!!』』


 突然女神が顎をしゃくれさせ、体をくねくねしながら俺の真似をする。

 ……いや、さすがに俺の真似じゃないか。

 じゃあ、いきなり何をやってるんだ? この人?


『……とかなんとか言われても、こちらからすれば『はぁ……っスか……』みたいな感じなのだ』

「は、はぁ……」

『……似てなかったのか?』


 女神が不安そうな顔で俺を見てくる。

 どうやらさっきのアレは俺の真似だったようだ。

 まったくもって遺憾である。


『とはいえ、よかったな。同じ転生者に出会えて』


 相変わらず切り替えが早い。


「そ、そうですね。同じ世界出身だったので、価値観は……そこまで似てないですけど、共通のものを知っているというのは大きいと思います」

『うむ。それで、その転生者とやらとは、もう別れたのか?』

「へ? ……い、いえ、今もそこにいますけど……」

『うん? 貴様に抱きついている獣人のことか?』

「いやいや、すこし離れたところにいる女の子ですよ」

『……これ?』


 女神がアンを指さす。

 俺はこくりと小さくうなずいた。

 すると女神は、まるでチンピラのように眉をひそめ、アンの周りを歩き始めた。

 この人の奇行は今に始まったわけじゃないけど――


「なにやってんすか」


 いちおうツッコんでみる。


『いや、どうでもいいけど、貴様の口から〝女の子〟という言葉を聞くと、そこはかとなく寒気がするな』

「ほっとけ」

『しかし……ふぅむぅ……本当にこれ、転生者なのか?』

「……は?」


 思いがけない女神の切り返しに、思考が一瞬ストップする。

 ――が、この女神がポンコツだったのを思い出し、俺は再び口を開く。


「転生者ですよ、まぎれもなくね。俺のステータス画面を視認できてましたし、なによりその子……アンって名前なんですけど、アンもステータスオープン出来てましたし」

『ふぅん?』


 女神が唇をグイッと上げ、値踏みするように俺を見る。

 なんだそのムカつく顔。

 ていうか、アンが転生者じゃない・・・・ハズ・・がないだろ。

 なぜなら――


「アンは俺の世界や、その文化についてもすごく詳しかったですし、そもそも――」


 スッと女神が俺の言葉を遮るように、手のひらを見せてくる。


『……あまり、貴様に干渉しすぎるのも考え物だが、ここは親切心で言っておいてやる』

「な、なにをですか……」

『この小娘……転生者ではないぞ?』

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