第21話 理想と現実の不協和音
「ダイスケ……!」
後ろからリンスレットの声が聞こえる。
振り返らずとも、その表情は声色から大体わかる。
裏切り者、とでも罵ってくるのだろうか。
だけど俺も考えなしで言っているわけじゃない。
……いや、今はとりあえず、ケィモ王に攻撃されてもいいように――
「ステータスオープン……」
俺は目の前に〝ステータス画面〟を展開した。
「……聞いたか、リンスレットよ。この者の言葉を」
「う、ウソよ……ウソなんでしょ、ダイスケ……?」
訴えかけるような、縋りつくようなリンスレットの声が聞こえてくる。
「これが
「だって、ダイスケ……あたしたちの想いに賛同したって……だから協力したって……だから、あたし、嬉しかったのに……」
「……ごめん、リンスレット。それを言ったのは、ブラピであって俺じゃないんだ」
「え?」
「エルネストたちとは約束した。……けど、それは獣人と人間が手を取り合うような世界を実現する為……じゃなくて、ここの人間がよりよい環境で暮らしていけるようにだ」
「どういう……?」
「人間を奴隷化させて、無理やり自分たちの言いなりにさせたりとか、人間と獣人を必要以上に仲良くさせるような社会とか、そういうゼロかヒャクかの話をしているんじゃないんだよ」
「……何を言っているのだ、人間」
ケィモ王にそう尋ねられ、俺はケィモ王の目を見る。
黄土色の目に、黒点の小さな瞳。
見ているだけで、ここから逃げ出したくなるほどの威圧感。
だけど俺は歯を食いしばって、その衝動に耐えた。
「俺の世界――」
危ない。
〝世界〟という単語を使うと変な感じになるから、ちょっと表現を
「……俺の国にも、この国ほどじゃないけど、色々な人種がいた。肌の色が違ったり、信じるものが違ったり、生まれが違えば考え方も違う。たしかにケィモ王の言うとおり、昔は一方が一方を迫害したり、そういう事実はあった。けど、いまはそんなことはない」
「……なら、おまえたちは互いに理解し合い、手を取り合っていると言うのか?」
「いや、本当の意味で理解し合ってないだろうし、手を取り合ってるのも、互いの利害が一致しているだけだと思う」
「なに?」
「さっきも言ったけど、リンスレットもあんたも極端すぎるんだよ。この問題はゼロかヒャクかじゃない。……俺の主張はこうだ。べつに互いを理解しなくてもいいし、理解しようとしてもいい。ただ、それが理由で、それを他人に強要するのは間違っているって話だ」
「おまえは、うわべだけの馴れ合いで、一国を運営できると思っているのか?」
「できる」
俺はきっぱりと言い切る。
「……続けろ」
「実際、俺のいた国はそうやって回ってる。本当に理解し合える
「互いに不干渉で在れと主張するのか?」
「違う。人間は人間で出来ることがあるだろうし、獣人は獣人で出来ることがあるだろ? 互いに適度に干渉し、適度に不干渉で在れって言ってるんだよ。それを暴力や恐怖で押さえつけたりするのは違うんじゃないかって言ってるんだ」
「……では訊こう、人間よ」
ケィモ王が戦闘態勢を解くと、腕組みをして俺を見た。
「我々獣人にはできなくて、人間にできることとは、一体なんだ?」
「……え?」
「おまえの主張は理解した。実際、おまえの国がそうやって運営されているのもわかる。だが、それは人間同士の問題であり、獣人と人間とはまったくの別問題であることは理解しているか?」
「別問題……?」
「たしかに人間は、獣人に比べると平均的に頭がいい。……だが、そのようなものは誤差の範囲内だ。それよりも、それを上回ってあまりあるほど、身体能力に差があるのはおまえも知っているだろう」
「あ、はい……」
敬語で返事しちゃう俺。
「事実、指を軽く弾くだけで、おまえの頭など簡単に吹き飛ばせる」
ケィモ王はそう言うと、デコピンをするように指をはじいた。
バッ!
何の意味もないのに、俺は咄嗟に額を手で覆う。
「頭脳にあまり差はなく、戦闘力、身体能力においては超えられない壁がある。それが我々獣人とおまえたち人間との差異だ。そして、おまえの言うとおり、仮に獣人と人間、相互扶助でミィミ国を運営していくとしよう……だが果たして、それで誰が人間を頼ると言うのだ?」
「……ですよね」
そうだ。
俺の例はあくまで同種族間での話だ。
獣人と人間はまったくのべつじゃないか。
「ダイスケ!?」
今度はリンスレットだけではなく、上からアンの声も聞こえてくる。
「我々より遥かに劣るおまえたちの為にコミュニティを作り、法を敷き、表面上対等に接することにどのような意味があるのだ。それと、私の掲げるミィミ国とでどこに違いがあるのだ。……答えよ、人間」
「それは――」
「ウソよ!」
リンスレットの声が隣から聞こえてくる。
見ると、リンスレットがフラフラになりながら、俺の隣で立っていた。
「う、噓って……?」
「だってパパ、サーヤさんのこと、大好きだったじゃない! いつも尊敬してるって言ってたし!」
「リンスレット」
ケィモ王がなだめるように名を呼ぶ。
「いっつもいっつも、見せつけるように人前でイチャコライチャコラ……!」
「……へ?」
「それになんか、パパたちの寝室からは毎晩へんな声とか聞こえてたし……!」
「こ、コラ……! 夜は早く寝なさいと言っただろう!」
「うるさくて寝らんないのよ! バカ!」
「ぐぅ……ッ?!」
リンスレットにツッコまれ、ケィモ王が狼狽える。
「人間があたしたちより弱いっていうのも嘘! たしかに、飛んだり跳ねたり走ったり……力が弱いのは本当だけど、人間は魔法とか使えるじゃない! 頭もいいし!」
「そ、そうなのか……?」
「全員が全員ってわけじゃないけどね」
俺が尋ねると、上からアンの声が聞こえてきた。
見ると、アンがひょっこりと顔だけ覗かせてこちらを見ている。
「だからこそ、あたしたちは協力する必要があるの。獣人だけの国じゃ出来ることなんて限られてくるわ。ちがう?」
「それは……」
「たしかに、パパの気持ちもわかる。大好きだった人が死んで、ショックで、でも……だからって、過保護にガッチガチに法を敷くのは間違ってる!」
「だがな、リンスレット……私は――」
「パパは、その法律のせいで、人間の奴隷ビジネスが流行ったの知ってる?」
「な、なんだそれは……奴隷、ビジネス……!?」
リンスレットの言葉を聞いたケィモ王が、あからさまに狼狽える。
というか……え? 知らないのか? なんで?
「ここにいるダイスケがその被害者よ。実際、ブラピの助けがなかったら、体の部位ごとに仕分けられて、今頃死んでたでしょうね!」
「そ、そのようなことが、街で……!?」
後ずさるケィモ王。
あの反応、どうやら本当に知らないようだ。
「ダイスケの言うとおり、過分に干渉しすぎるのはダメかもだけど、それでもあたしは、パパの言うとおりにはさせないわ! 獣人が人間を管理する制度なんて間違ってる!」
「……今更、何を言っても遅い……私はもう決めたのだ! 誓ったのだ! サーヤに、人間を獣人の魔の手から守り切ると……!」
ちょっと待った。
なんか二人の意見が食い違ってきていないか?
というか、そもそも主張や手段が違うだけで『人間を大切にしよう』という根っこは一緒じゃないか。
わざわざここまで親子喧嘩をするまでではないような――
「『弱者に語る資格なし』……おまえの主張を貫き通したくば、私を倒してからにしろ。それとも、もう降参するか? リンスレット」
ケィモ王はそう言うと腰を落とし、右手を引いて左手を前へ突き出した。
素人目だが、隙のない構えだ。
微動だにしていない。
「降参なんかしないわよ……! ただ――」
ぽん、と俺の肩にリンスレットが手を置く。
見ると、リンスレットは真剣な目で俺を見ていた。
「手を貸しなさい、ダイスケ」
「いや、でももうボロボロだぞ、おまえ。それ以上やったら――」
「まだ大丈夫よ」
俺の肩に置いた手が微かに震えている。
立っているのも、こうやって話しているのもやっとなのだろう。
「いやいや、そんなわけあるか……!」
「……お願い、ダイスケ」
リンスレットに嘆願するように言われる。
そして、その目を見て確信する。
ダメだ。
断れない。
「……わかった。何をすればいいんだ」
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