第20話 屋内の流星


「――どうした。勘でも鈍ったか、リンスレットよ」


 ザ・武道家。

 という感じで、ケィモ王がリンスレットを挑発する。


「ふ……ふふふ……ふふ、ふふふ……!」


 リンスレットもリンスレットで、立ち上がれない状態なのに、ケィモ王を睨みつけている。

 焦点は合ってないし、脚は立ち上がろうとして、空を蹴っているのに、口元は不敵に笑っている。

 クレイジーだよこの人たち。

 俺は獣人ひとり倒すだけで、色々といっぱいいっぱいなのに。

 こんなの極力関わり合いになりたくない……のだが、俺はもう言ったのだ。

〝戦う〟と。

 逃げている場合じゃない。

 怖がっている場合じゃない。

 しかも相手は素手。

 さっきの武装していた兵士たちと比べれば、まだやりやすいはず。

 ……にも関わらず、なんなんだ、ケィモ王の纏っている雰囲気は。

 この部屋でノビている他の兵士とはまるで違う。

 すごい具体性が欠けるけど、肌がピリピリと焼けつくような感じ。

 見ているだけで自然と呼吸が荒くなっていく。

 これが王たる所以とでも言うのだろうか……。

 ポン。

 不意に俺の肩に軽い衝撃が。

 見ると、リンスレットが俺の肩に手を置いていた。


「……やるじゃん」

「へ?」

「兵士、倒したんでしょ?」

「あ、ああ……」

「正直、あんまり期待してなかった」

「そ、そうですか……」


 マジなトーンで言われ、若干へこむ。


「だから、今度はあたしの番」

「え?」

「……見てなさい、ダイスケ。あのパパ、ぶっ飛ばしてくるから」


 タッタッタ……。

 リンスレットはそう言うと、ジョギングのようなゆっくりとしたペース走り始める。

 そして――

 ダッ!!

 急にテンポを切り替えるように、リンスレットがケィモ王に突っ込んでいった。

 ケィモ王はそれに対し、受け流すことも、避ける様子もない。

 正面から迎撃する気だ。


「遅い!」


 ケィモ王がリンスレットの突進に合わせて、正拳突きの要領で、右こぶしを突き出――


 ビヨンッ!!


「はあ!?」


 思わず、うわずった俺の声が漏れる。

 リンスレットが急に飛び上がったのだ。

 それも、ものすごく高く。

 なんて跳躍力だ……なんて思ったのも束の間。

 リンスレットは空中で体を反転させると、天井・・に足をついた。

 そして――


 ビヨン!!


 もう一度そこから、ケィモ王めがけて、流星の如く跳躍・・する。

 見たことがある。

 あれはキツネの狩猟方法だ。

 三角飛びみたいに天井は使わないけど、高くジャンプして、頭から雪の中に突っ込むやつ。

 たしか、雪の下にいるウサギやネズミなんかを捕獲するための――


「どぅおりゃあああああああああああああああああああ!!」


 相変わらず、王女らしからぬ、品性の欠如した雄叫びをあげるリンスレット。

 しかし、あの速度は半端じゃな――


 ドッガアアアアアアアァァァァァァアアアアア……ッ!!


 廃墟を取り壊す時のような轟音。

 丸く、重く、大きなハンマーを建物の外壁に叩きつけたような、あの音。

 床がグラグラと揺れ、埃やら煙やらが巻き起こる。

 天井からはパラパラと粉や破片が降ってきた。


「なんてこった……噂に聞いてはいたが、なんて威力だ……これが王女の必殺技〝煌々流星シューティングスター〟……!」


 いつの間にか、俺の隣にいたアンが妙な言葉を口走る。


「しゅーてぃ……なに?」

「〝煌々流星シューティングスター〟」

「へえ?」


 俺は途端に面倒くさくなり、その理由も、由来も訊くのを諦めた。


「あれはね三角飛びの要領で飛び上がり相手の頭上から流星の如きダイブを決める大技なんだよ。そもそも天井がないとダメだし自分自身も相当なダメージを負うけど相手は不意を突かれるうえにその威力は絶大! まさに諸刃の剣! これぞロマン! ああまさか王女のとっておきをこの目で見ることが出来るなんて……! ボクはなんてついているんだ!」

「お、おう……」


 なんかすげえ早口。

 アンは興奮した様子で、両手を握り、目を爛々と輝かせている。

 なんなんだ、この子は。

 俺のステータスにも勝手に名前をつけてきたり、もしかして、じつは痛い子なのか?


「――はッ!?」


 アンは顔を真っ赤にさせると、両手で顔を覆った。


「……聞いてたかい?」

「なにを?」


 わかりきったことを、あえて訊き返す俺。


「聞いてないなら……いい」

「ごめんな。なんか早口だったから全く聞き取れなかった」

「き、聞こえているじゃないか!」


 アンは『うえ~ん』と子どものように泣きながら、俺の腕をポコポコと殴ってくる。

 よし。

 隙が無いと思っていたアンの弱点を見つけられた。


「……って、こんなのやってる場合じゃないだろ!」


 俺は我に返ると、部屋の中。

 煙が未だもうもうと立ち込めている場所へ向かった。


「……おいおい、マジか……」


 俺はその惨状・・を見て、息を呑む。

 部屋に大穴が開いており、さっきの〝流星ほにゃらら〟の威力を物語っていた。

 だが、真に注目すべきはそこじゃない。

 この部屋の階下――

 ボロボロのケィモ王が、これまたボロボロのリンスレットの首を握り、体を持ち上げていた。


「なんで……あいつ、こんなの食らって、まだピンピンしてんだ……?」

「うう……!」


 リンスレットがうめき声をあげ、ケィモ王の手から逃れようとする。


「リンスレット!!」


 俺が彼女の名前を叫ぶと、ケィモ王が俺の顔を睨みつけてきた。

 その眼光に思わず、俺の足が俺の意志とは関係なしに後ずさりをしてしまう。


「そこで見ていろ、人間。これが世間を知らず、内情も実情も知らぬくせに、なまじ力を持ってしまった者の末路だ」

「……は?」


 ケィモ王はそう言って、リンスレットの首を持っている逆の手。

 空いているほうの手を振り上げた。

 おい、ちょっと待った。

 まさか、殺すつもりじゃないだろうな。実の娘だろ。


「ステータスオープ――」

「がぁッ!?」


 ケィモ王が突然、苦しそうに呻きだし、リンスレットから手を離す。

 リンスレットはドサッと床の上に落ちると――


 べぇッ!


 口の中から何か吐き捨てた。


「ぐぅ……リンスレットォ……! 私の指を……ッ!」

「ふ、ふふ……目の前にあったから……つい……ね……」


 もう動く気力もないのだろう。

 リンスレットは床の上で、大の字になったまま俺の顔をボーっと見上げている。

 対してケィモ王は、怒りの形相を浮かべ、リンスレットに近づいていった。


「ステータスオープン!」


 俺は穴の下に〝ステータス画面〟を出現させると、それを足場にして階下へと降りた。

 そして、ケィモ王とリンスレット。

 両者の間を遮るように、俺は立ち塞がった。

 ケィモ王が眼下の俺を見下ろし、俺は逆に見上げる。

 デケェ。

 近くで見るとかなりの大きさだ。

 おそらくだが、身長は二メートル以上ある。

 そしてその横幅は、人間のものとは比べ物にならないくらい厚い。

 そしてもちろん、威圧感も凄まじい。

 遠くから見ていただけで気が滅入っていたのに、こんなに近づいてしまうともはや……もはや……おい、ちょっと待て。

 俺、なんでこんなことしてんだ?


「……だ、ダイスケ?」


 背後からリンスレットの声が聞こえてくる。

 でも振り返れない。

 振り返った瞬間、八つ裂きにされる事だけは明確に、ありありと想像できる。


「よもや人間が、我が娘をかばうか」

「い、いやぁ……かばうとか……かばわないとか……そういうわけじゃ……」


 カラッカラの掠れ声。

 スポンジケーキだけをひたすら食べた後のように、口内の水分が微塵も残っていない。


「貴様も、リンスレットと同じ世界を……国を目指すと申すか?」

「え?」

「獣人と人間が、本当の意味で手を取り合える社会を実現できるのかと問うておるのだ」


 攻撃を仕掛けてこない……?

 なんだ?

 もしかしてケィモ王ってば、俺と対話しようとしてるのか?


「答えよ。人間」


 おそらく答えを間違えば、死。

 だけど俺には、その問いに答えられるだけの知識もないし、思想もない。

 かといって、うわべだけでそれっぽいことを言っても簡単に見破られるだろうし……。


「どうなのだ」

「えっと……俺は……出来……ないと思います」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る