第19話 はじめてのたたかい


 ――ダンッ!!

 リンスレットのロケットスタート。

 脇目も振らず、ただまっすぐにケィモ王へ突っ込んでいった。


 しゅううぅぅ……!


「煙……?」


 見ると、さっきまで彼女が立っていた場所に焦げ跡がついていた。

 なんて脚力だ。


「ダイスケ!」


 不意にブラピの声が聞こえ、焦点がリンスレットから俺の前。

 兵士のひとりへとシフトする。


 兵士がひとり。

 鎧の隙間から覗く、黒いぶちが特徴的な白い雄犬。


 ということは、残りのふたりは俺ではなく、ブラピのほうへ向かったということ。

 おそらく戦闘力が俺よりも上だと判断したからだろうが……正直、助かった。

 さすがに、ロクにケンカすらしたことのない俺が、二対一で戦えるはずがないのだ。


「死ねェッ!!」


 兵士が俺の身長よりも長い槍を構える。

 バットを振るように振りかぶってはいない。

 手前に引いて、そのまま押し込む動作。

 最小限の動きで俺を刺し殺しつもりだろう。


 だが……ちょっと待った。

 この場合狙ってくるのは俺の腹……だよな?

 普通、槍で刺すとしたら腹……だよな!?

 胸とか顔とか狙ったら怒るからな!?


「す、ステータスオープン!!」


 ガッキィィィンッ!

 鋭い金属音。

 兵士が槍を持ちながら、驚きの表情とともにのけぞる。


「よォッしゃ!!」


 こぶしを握り、大口を開け、ガッツポーズをとる俺。


「なッ……んだ!?」


 兵士がびっくりして、俺から五メートルほど距離を取る。

 そりゃビックリもするだろう。

 なにせ、こいつらには何も見えていないのだから。


 そして、ここからが俺の能力〝ステータスオープン〟の本領発揮である。


 まず、その一。

 俺の〝ステータス画面これ〟は、尋常じゃないほどに硬い・・

 地面に叩きつけても、俺とアンが上に乗って飛び跳ねてもビクともしない。

 事実、人間より遥かに腕力を持っている獣人兵士が槍でつついても、ヒビすら入っていない。

 したがって俺の〝ステータス画面〟とはつまり、よく切れる武器でありながら、身を護る堅固な盾でもあるのだ。

 さらに、ここの世界の住人には見えないというおまけつき。


 そして、その二。

 俺は目の前の〝ステータス画面〟を、すばやく〝アイテムリスト〟に切り替える。

〝STR〟やら〝VIT〟が表示されている画面とは別。

 俺の所持品を一目で・・・確認できる画面だ。



 ダイスケ Lv.:1

 職業:童貞

 〇持ち物〇

 量販店で買ったジャケット×1

 大学入学時に購入したスラックス×1

 安物のインナー×1

 ポリ混のワイシャツ×1

 三足まとめで売られていた靴下×2

 五枚まとめで売られていたボクサーパンツ×1

 アウトレットで買った革靴×2

 祖父のおさがりのビジネスバッグ×1



 これだ。

 読み上げると悲しくなる為、あえてその内容には触れない。

 そして、お判りいただけたであろうか?

 一目で・・・わかる。

 つまり、この画面ではスワイプしたり、スライドしたりは出来ないのだ。

 こういうのによくある、画面端のスクロールバーがない。

 つまり――

 俺は足元にある、大小様々な大きさの瓦礫をポケットに、急いで詰めていく。


「な、なにをやっている……!」


 兵士が尋ねて来てるけど、無視だ。

 そして、もう一度〝アイテムリスト〟



 ダイスケ Lv.:1

 職業:童貞

 〇持ち物〇

 量販店で買ったジャケット×1

 大学入学時に購入したスラックス×1

 安物のインナー×1

 ポリ混のワイシャツ×1

 三足まとめで売られていた靴下×2

 五枚まとめで売られていたボクサーパンツ×1

 アウトレットで買った革靴×2

 祖父のおさがりのビジネスバッグ×1

 大きめ瓦礫×1

 綺麗な瓦礫×1

 小さな瓦礫×4

 扉の蝶番×1

 壊れた扉の蝶番×1

 割れた瓦礫×1

 状態の良い瓦礫×1

 ボロボロの瓦礫×2

 扉のノブ×1

 扉付属の金属片×1

 扉の金装飾×2



 気が付いただろうか。

 色々な物を拾えば拾うほど、俺の〝画面〟も長く、大きくなるのだ。


 これがどういうことか。

 俺は〝画面〟の下を持つと、俺からすこし離れたところ――

 俺の様子を窺っていた兵士。

 そいつが持っている槍めがけて、思い切り〝画面これ〟を振り下ろした。


 ガキィン!!

 鈍い感触、鋭い金属音とともに槍の刃先がポトリと床に落ちる。

 そう。

 俺の〝画面〟の間合い・・・が伸びるのだ。

 色々なアイテムを入手すればするほど、その欄も大きくなる。

 つまり、攻撃範囲が広くなるのである。


「……は?」


 兵士は手に持った槍を、ぽかんと口を開けて眺めている。

 無理もない。

 あの兵士からすれば、何が起こっているかわからないからだ。

 俺は走って兵士に近づいていくと、〝ステータス画面〟を思い切り振りかぶり――止まった。


 どうしよう。


 兵士はまだ呆気に取られていて、俺の存在に気が付いていない。

 今これを振り抜いたら、間違いなく、その首を落とせる。

 しかし俺の足は止まり、腕が動かなくなっている。

 相手は人間ではない。

 相手は俺を殺そうとしてきていた。

 けれど……それでも、俺は――


「側面だ! それで、ぶん殴るんだ! ダイスケ!」

「あ、そ、そうか……!」


 背後からブラピの声。

 俺はそのまま兵士の頭に向けて、思い切り〝ステータス画面〟を振り抜いた。


 ガィン!!


 鈍い感触に、鈍い金属音。

 兵士のヘルムが宙を舞い、声をあげることなく倒れた。


「やった……」


 俺は倒れたまま、ピクピクと痙攣している兵士を見下ろしながら呟く。

 手はまだ震えている。

 足も、声も、視界も。

 だけど――


「勝った……はは、勝っちまったよ……俺……まじか……」


 乾いた笑いと、実感・・が遅れて湧いてくる。

 ほとんど不意打ちだったけど、これはどう見ても俺の勝ちだ。


「ダイスケ! 気持ちはわかるけど、戦闘が終わったのなら助太刀をしてくれ!」


 背後から俺を呼ぶ声。


「お、おう、わか――」


 そこで一気に意識を戻されるが疑問も生じる。

 ブラピの声じゃない。

 この声は……アンの声だ。

 急いで振り返ると、そこではやはりアンがふたりの兵士相手に大立ち回りを演じていた。


「ごめんダイスケ! MPマジックパワーが切れた!」

「あ、そ、そうか……!」


 道中、俺とリンスレットにも〝変装〟を使ったから、切れるのが早いんだ。

 だけど……どうする?

 このまま参戦していいものなのか?

 その場合、間違いなく二人のうち、一人はこちらに向かってくる。

 それに、今度戦う兵士はほぼ間違いなく、本気で・・・俺を殺しに来るだろう。

 というのも、俺が足元の兵士に勝てたのは、こいつが俺を舐めていたから、というのが大きい。

 けれど、今度向かってくる兵士はほぼ間違いなく、倒れている兵士を見る。

 ということは、最初から俺を警戒してくるということなのだ。


「……いや、ダメだ。躊躇っている場合じゃない」


 アンは何度も助けてくれたのに、それはないだろう、俺!

 俺は頭をブンブンと振ると、手に持った〝ステータス画面〟をもう一度振りかぶ――


 ドガッ!!


「な……ッ!?」


 高速で飛んできた何か・・が、二人の兵士に当たり、そのままボウリングのピンのように兵士を吹っ飛ばす。


「……リンスレット!?」


 飛んできたのはリンスレットだった。


「あいたたた……!」


 リンスレットが目を瞑りながら、奥歯を噛みしめている。

 よかった。

 無事のようだ。

 ……いや、あの速度と音は、明らかに車と車の正面衝突並みの衝撃だった。

 実際、吹っ飛んでいった兵士はかなり遠くまで飛んでいっている。


「どんだけ丈夫なんだ……」


 俺は安心したように、呆れたように呟くと、リンスレットが飛んできた方向を見た。

 そこにはケィモ王が、右手こぶしを突き出したまま、リンスレットを睨みつけていた。

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