第18話 父娘喧嘩


「オラァッ!」


 ドッガァァァアアアン……!

 リンスレットが文字通り、謁見の間へと繋がる巨大な扉を蹴り飛ばす。

 どう見ても三メートルはある大きな扉。

 金属製でずっしりとした重厚感。にも関わらず、その蝶番は根元から折れていた。

 俺とリンスレット、そしてブラピの三人は倒れた扉の上を歩き、部屋の中へ入る。

 見渡してみると、三人の重装備の兵士と、ひと際目を引く、ひとりの獣人がいた。

 ライオンだ。

 フサフサのたてがみのライオンの獣人が、玉座と思しき立派な椅子に腰かけている。

 首からは真紅のマント。

 手には何やら、手のひらほどある、赤い宝石が埋め込まれた杖。

 まさに百獣の王と呼ぶに相応しい風体だが――


「久しぶりね……パパ」


 リンスレットがライオンキングに声をかけ――


「え? パパ?」


 あまりの事に、俺の口が考えるよりも先に言葉を紡ぐ。


「ええ、あそこでふんぞり返ってるのが、あたしのパパ。偉そうでしょう?」

「いや、でもあれライオンじゃん」

「〝らいおん〟? なにそれ」


 リンスレットが首を傾げる。

 え? なに?

 俺がおかしい……わけじゃないよな?

 それとも、もしかして、この世界にそういう概念は――


「……ダイスケ」


 俺の後ろ。

 微妙な顔をしたブラピが声をかけてくる。


「この世界には動物という概念はないんだ……」

「いや、動物の概念がなくても、ライオンからキツネは生まれてこんだろう」

「それが生まれてくるんだよ。……詳しくは、こことはまたべつのところで解説するから、そっちを見てくれ」


 ブラピが急にわけのわからないことを言いだす。

 なんなんだ、こいつは。


「とにかく、ライオンからキツネは生まれてくるんだ。これが、この世界の常識だよ。あと、ライオンやらキツネという呼称はないんだ」


 腑に落ちないが、生憎、俺自身もこの世界に詳しいわけではない。

 ここは無理やり納得しておくか。


「まあ、ブラピがそう言うなら、わか――」

「取り押さえろォ!」


 部屋中に響き渡るほどの大声。

 その声を合図に、槍や剣を持った獣人の兵士が、俺たちの周りに群がってくる。

 どの獣人も、さきほどアジトにやってきた獣人たちと装備の質が違う。

 あっちはせいぜいが、動物の革や柔らかい粗悪そうな金属で作られたライトアーマー。

 対して、ここの兵士は全身を覆う鋼の鎧、プレートアーマーを着込んでいる。

 ……いや、呑気に観察実況している場合じゃない。

 ここは俺の能力で、みんなを――


「やめよ」


 さきほどの声を上書きするように、野太い声が部屋に重く響く。

 その瞬間、敵意むき出し、牙むき出しだった兵士たちの動きが、はたと止まる。

 声の出どころは、リンスレットの父親、ケィモ王だった。

 ケィモ王は手をあげ、ゆっくりと玉座から立ち上がると、リンスレットのほうを見た。


「帰ったか、我が娘よ」


 そう言って、ケィモ王はにっこりとリンスレットに微笑みかける。


「……都合のいいときだけ父親面しないでくれる? パパ」


 ……これはツッコんだほうがいいのか?

 いや、止めておこう。

 俺はすこし難しそう・・・・な表情を浮かべ、事態の静観に努めた。


「そう言うな。たしかに長年、おまえを放ったらかしにしたのは悪かった。……が、こうして帰ってきてくれたのだ。親として喜ぶのは当然ではないか?」

「ふぅん、あっそ。じゃあ、としては?」

「……なに?」


 その名を聞いた途端、あからさまに眉をひそめるケィモ王。


「サーヤさんの夫としてはどうなの? パパのやってることって、サーヤさんの理想の正反対だと思うんだけど」

「……そのようなことはない」

「じゃあなんで、人間に対してあんな扱い方をするの?」

「あんな……とは?」

「とぼけないで。あんなひどい事、よくできるわねって話をしてるのよ」

「……いいか、リンスレット」


 ケィモ王の声がより低くなる。


「なによ」

「おまえは〝人間〟というものをわかっていない」

「はあ?」

「我が妻、亡きサーヤ妃もそうだったが、人間というものはあまりにも……弱すぎた」

「……サーヤさんを侮辱する気?」

「リンスレット。私は事実を述べたまでだ。人間は弱い。だからこそ、サーヤはアルマに殺された。そうではないか?」

「そ、それは……」

「だからこそ、私たちが人間を守ってやらねばならぬのだ」

「……へ?」


 静観すると言ったばかりなのに、俺の口から声が漏れる。

 いや、守る・・

 人間を……守るって言ったのか、あの王様は?

 どういうことだ?


「触れるだけで傷がつき、押せば死ぬ……ならば、触れることがないよう管理し、押されることがないよう法を敷く。それが私にできることだと思っている。何よりも我々――獣人よりも弱い人間を第一に、私はそう考えている。二度と、サーヤのような悲劇は起こってはならぬのだ」


 なんというか、聞いていた話とは正反対なんだけど。

 というか、こんなに人間の事を考えている王様が、なんであんなことを?

 よくわからん。

 なにも信じられなくなってきた。

 どういうことだ?


「ダイスケ」


 俺が混乱しているのを察するように、リンスレットが声をかけてくる。


「騙されちゃダメ。パパは耳あたりのいい言葉を使ってるけど、その実態は、徹底した人間の管理よ」

「に、人間の?」

「そう。ひとりひとりの人間を、生まれてから死ぬまで徹底的に管理して、使い潰すの。そこに自由なんてありはしないわ。ペットのように、奴隷のように……ね」


 なるほど。

 要するに、人間にとってのディストピア的な国にしていこうということか。

 あと、ペットって概念はあるんだな。


「リンスレットよ、あまり誤解を招くような言い方はするな」

「事実じゃない」

「そのような事実はない。無条件で過保護に接すれば、人間はいずれ堕落してしまう。だから適度に仕事を与えなければならないのだ」

「だからって、あんな重労働が人間に務まるわけないでしょ?」

「務まっておる。事実、人間たちからは何も不満は出ていない」

「それは、現場のやつらが握りつぶして……!」


 リンスレットはそこまで言うと、こぶしを握り、振り下ろした。


「――もういいわ。これ以上話しても無駄。こんな玉座でふんぞり返ってパパが、市井の実情なんてわかるはずないものね!」


 リンスレットの言葉を聞いたケィモ王がため息をつき、俺たち・・の目を見た。

 射抜くような視線。

 一瞬にして俺の体が強張る。

 指一本……目も逸らすことが出来ない。


「……なるほど。レジスタンスごっこ・・・はまだ続いているようだな」

「ごっこじゃないわ。現にこうして、あたしはパパの前にいる」

「ああ、見ればわかる。どうやら、派遣した兵士たちも役には立たなかったようだな」

「ええ、ご愁傷様。あとはここにいる兵士とパパだけよ」

「ふむ。……ではひとつ、訊いておこうか。リンスレット」


 ケィモ王が視線をリンスレットに戻す。


「仮にここで私を倒せたとして……おまえはこの国で何がしたいのだ?」

「決まってるでしょ。あたしの目的はひとつ……獣人と人間が共存できる社会の実現よ」


 リンスレットがきっぱりと言い切ると――

 くすくす……。

 今度は俺たちの周りにいる兵士たちが、堪えるように笑い始めた。


「な、なに笑ってんのよ……!」

「いや、なに。その者たちも思ったのであろうな……」

「なにをよ……!」

「あまりにも世間を知らなすぎると」

「はあ!?」


 リンスレットが訊き返すと、ケィモ王はバサッと豪快にマントを脱ぎ去った。

 ピリピリとしていた雰囲気が、今度は重いものに変わる。

 口内がカラカラに乾き、目が乾燥する。

 膝は震え、立っている事さえやっとの緊張感だ。


「――さて、躾の時間だ、リンスレット」

「ふん! ようやくね!」


 こきこき。

 リンスレットが首を左右に曲げ、骨を鳴らす。


「いいわ、返り討ちにしてあげるわよ!」

「ほう? おまえがか?」

「ええ……それで証明してあげる。パパが間違っているってことをね!」

「ああ、そうだな……」


 ケィモ王が静かにうなずいて見せる。


「へ、へえ? 物わかり良いじゃん」

「たしかに……おまえがこうなってしまったのは、全部パパ・・が悪い。本当はおまえのおしりをペンペンしてやりたいところだが……今回はすこしばかり、キツめのお灸をすえてやろう」


 ケィモ王が膝を曲げ、腰を落として、腕を前に構える。

 ……なんだあれ。

 まるで空手の構えじゃないか。


「獣人空手……リンスレット、おまえが日々の訓練を怠っていないか見てやろう」

「はン! いいわ。こっちこそ、中年の運動に付き合ってあげる」

「……おまえたち、リンスレットには手を出すな。……相手をするのは、その周りにいる人間だ」


 ケィモ王がそう言うと、再びじりじりと兵士たちが俺たちににじり寄ってきた。


「あの者たちはおそらく外部……ギルドの者たちだ。殺してしまっても構わぬ」


〝殺す〟

 その一言で俺の胸が、顔が、カァッと一気に熱くなる。

 緊張。

 恐怖。

 興奮。

 焦燥。

 そんな感情が俺の中で渦を巻いている。

 いよいよ始まるのだ。

 非日常が。

 命を懸けた戦闘が――


「……さあ、これで大詰めよ! ダイスケ! ブラピ!」

「お、おう……!」

「ああ……!」

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