第8話 異世界同世界
「は?」
ブオン……!
まるでブラウン管のテレビをつけたように、アンのステータスが表示される。
なんてこった。
何のためらいもなく、俺と同じ
いや、そもそもこれ能力じゃなくて、本当に標準装備なんじゃねえの?
なんか嫌になってきた。なにこれ。
アンジェリーナ Lv.:19
職業:
「まずひとつめ、ボクにもこれが使える」
「……えっと」
『ボクにもこれが使える』とか言われてもな。
もうすでに嫌な気分になってるし、急に見せられてもどう反応すればいいか。
今までの人生、人のステータス画面を見る機会なんてなかったし。
ていうか、そもそもアンの能力って〝変装〟だから、やっぱり標準装備なんじゃねえか。
……て、あれ?
ちょっと待てよ。
こうやって俺がアンのステータス画面を見れてるってことは――
「おい」
「なに?」
「……あの時、レジスタンスで俺が笑われてる時、見えてたのか!?」
「ふふ、そうだね。あえて見えないふりをさせてもらった」
アンが楽しそうにくすくすと笑う。
なんてやつだ。
俺が皆から頭がおかしいやつと思われていた時、アンは内心ほくそ笑んでいたのか。
『うわ、ダイスケのやつ、ステータスオープンなんてしてるよ』みたいな。
逆に信頼度下がったわ。
「……まぁ、そういうわけで、みだりに〝ステータスオープン〟とか〝ステータス画面〟なんて素っ頓狂なことは言わないほうがいいよ」
「余計なお世話だよ。……ステータスオープン」
俺はアンのそれに対抗するように、ステータス画面を表示する。
ダイスケ Lv.:1
職業:童貞
相変わらずゴミみたいなステータスだ。
「おや?」
さっきまでニヤニヤしていたアンが、口元に手をあて、黙り込む。
なにかあった……てか、ちょっと、まじまじと見過ぎだろう。
他人にステータスを見られるって、こんなに恥ずかしい事なの?
「な、何見てんのよ」
「……え? ああ、ごめん。ちょっと気になることがあって……」
「気になる事? ……あ」
そうか。
職業のところにある、不穏な二文字のことを言ってるのか?
自分で出しといてアレだけど、尋ねられる前に話題を変えたほうがよさそうだ。
「あー……それにしても、俺が勝ってる要素、ひとつもないんだな」
「だね。きみはストレングス……つまり、腕力ですらこのボクに負けている」
むかっ。
誇るでもなく、馬鹿にするでもなく、ただ当たり前のことを言っている感じ。
『ダイスケがなにひとつとしてボクに勝てないのは当たり前だけど、なにか?』
みたいな。
「……ふん、成人男性よりも力を持っている少女ってか? いよいよ、おまえの存在自体が怪しくなってきたわけだが……?」
「名前はちゃんとアンジェリーナだったろ?」
「名前だけはな。実際は筋骨隆々な女性なのかもしれない」
「ふふ、そうだね。そうかもしれない」
口に手をあて、くすくすと笑うアン。
「……いや、笑ってる場合じゃないだろ」
「うん、だから、ここで弁明ついでに、ふたつめの秘密を見せてあげるよ」
アンがそう言って、ピースサインを突き出してくる。
「また、俺の心を折るようなものじゃないだろうな……」
「え? さっきので折れたのかい?」
「折れてない」
「……ああ、その前にひとつ」
アンはそう言うと、ピースサインのうち中指を折って〝一〟を作った。
「な、なんだよ」
「ボクの
「最大値? なんのことだ?」
「職業に変装師とあるだろ?」
「ああ、なんか〝シェイプシフター〟とかってルビがふってあるな」
「ボクはね、その名のとおり、変装をすることが出来るんだよ」
「変装……か……」
そう言われて、おっさんの姿だったこいつを思い出す。
あの声、息遣い、ぬくもりは間違いなく本物のおっさんだった。
……いや、本物のおっさんってなんだよって話だが、ともかく、カツラとか、メイクのようなもので繕った〝変装〟ではなかったことはたしかだ。
かといって、目の前の少女も偽物だとは到底思えない。
触ったら変な目で見られそうだし、そういう理性が働くくらい、目の前の
つまり、おっさんと少女、どちらも本物。
それって果たして〝変装〟と呼んでもいいものなのだろうか?
「どうかしたかい? 急に黙り込んで……?」
「……アンのあれ、変装って次元のものじゃないと思うんだけど」
「まぁ、〝変装〟と銘打ってはいるものの、その本質は〝変身〟に近い」
「だよな」
俺はそう言ってうなずく。
「身長、体重も自由に変えられるし、声や性別なんてのも思いのままさ」
「声や性別までもか……それはすごいな」
「だろう? だからこの場合、
「アンの
「理解が早いね。ボクのステータスの意味、わかってくれたかい?」
「ああ、大体な」
「……で、お待ちかねのふたつめだけど……ボクのステータス、マジックパワーのところを見て」
「マジックパワー……〝MP〟だよな?」
「そう、なんて表示されてる?」
「〝110〟だけど……これがどうかしたのか?」
「じゃあその数字、よく覚えててね――」
パッ。
一瞬だった。
まるでカメラが切り替わるように。
なんの前触れも、余韻すらもなく、少女が見慣れた
「ほら、ステータス画面を見てみて。なんて表示されてる?」
爽やかな良い声で急かされる。
「えーっと……〝100〟? 〝10〟減ってるな……」
「そう。能力を使ったからね。それで、今度は――」
パッ。
またおっさんから少女に戻る。
目は離していないかったはずなのに、いつ、どのように変装したか全くわからなかった。
「ダイスケ、ステータス」
「あ、ああ……」
アンに急かされ、またステータスを見る。
「……〝100〟のままだな」
「ね?」
「『ね』とか言われてもな……」
「変装をするときはマジックパワーを使うけど、解除するときは使わない。……これで、この姿が本当だということがわかっただろ?」
「まぁ……このステータス画面を偽装しない限りはな」
「おいおい、それはさすがに疑い過ぎじゃないかい?」
アンがため息交じりに笑う。
「ったく、誰のせいだよ……」
そして、自然と俺の口からもため息がこぼれた。
こいつと話すとめちゃくちゃ疲れるな。
けど――
「……まあ、いいか」
「え?」
「どのみち、俺は一度、きみに命を救われてる。きみが信じてくれと言うんだったら、本当の姿はどうあれ、俺は信じるよ」
これは本音である。
実際、アンには何度も命を救われている。
まず、街で会った時。
つぎに獣人に捕まった時。
レジスタンスから逃がしてくれた時。
そして、今。
アンにツッコまれるまで、俺は何も疑わなかったし現状に流されていた。
それに気付かせてくれた意味では、さっきの言葉はいい
「そういう話をしているわけじゃないんだけど……」
アンはすこし面倒そうに、ぽりぽりと頬を掻いた。
「まぁでも、ボクも君が敵対しなくてホッとしてる」
「そうなのか?」
「うん。だってもし君が敵対なんてしたら……」
じろり。
アンはそう言うと、なじるような視線で俺に詰め寄ってくる。
「て、敵対なんてしたら……?」
俺はすこしずつ、川の中をじゃぶじゃぶと後退しながら尋ねる。
「悲しいからね」
アンがそう言ってにっこり笑う。
「悲しい?」
「うん。せっかくこうして出会えたんだ。仲良くしていこうよ」
アンはそう言うと、俺よりも遥かに小さなその手を差し出してきた。
俺はゆっくりとその細く、小さく、やわらかい手を握り返す。
「さて、じゃあ話を戻そうか」
「話?」
「ほら、まだもうひとつ、訊きたいことがあるんだろう?」
「……ああ、そうだったな」
だいぶ回り道した気がするけど、そもそもそういう話だったな。
「聞きたいこと……というか、これはもうほぼ確信してるけど……」
「なんだい?」
「改めて、アンは、俺と同じ転生者……ってことで、いいんだよな?」
沈黙。
そして――
「……ぷ」
堪えきれなくなったのか、アンが突然、吹き出すように笑う。
「な、なんだよ」
「ふふ、いまさらだなぁって」
「ああ、いまさらだ」
「それ、どうしても今、確認しないといけないことかい?」
「はっきりとした確証が欲しい」
「ふぅん……いいよ、答えてあげる」
アンはそう言うと両手を腰に当て、胸をでんと張った。
「そのとおり。ボクもダイスケと同じ、元いた世界で死んで、この世界に転生した転生者だ」
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