第17話 生贄の爆風


「――だああああありゃあああああああああああああ!!」


 バガン!

 リンスレット渾身のパンチが、アレイダの牙をへし折り――

 ズボォ!

 ズボボボボボボボボボォォォォ……!!

 そのまま口内へと侵入していく。

 アレイダの喉奥まで達したであろうこぶしは、勢いそのまま、その体ごと吹っ飛ばした。


 ――ドバァン!

 そして、その後方。

 アレイダはその壁に、背中から強く叩きつけられた。


 ビシビシビシ……!

 その衝撃で壁が円状に凹み、ひびが入る。


 ワンパンである。

 リンスレットの右ストレート一発で、アレイダは戦闘不能になってしまった。

 いや、実際に戦闘不能になったのかどうかはわからないが、おそらく戦闘続行は無理だろう。

 圧倒的だ。

 だてにフィデルと同じ〝戦闘員〟を名乗っていない。

 というか、本当に王女なのか? このポテンシャルで?


「どぅおりゃああああああああああああああああああああああ!!」


 両こぶしを固め、天井に向かって獣が如き雄叫びをあげる獣人リンスレット

 その姿はもはや歴戦の剣闘士……いや、闘士である。

 俺とブラピも、もはや「ははは……すげー……」と笑うしかない。


『ぐふぅ……!!』


 ビタン!

 アレイダが壁から剥がれて、体の正面から地面へと落ちる・・・

 さきほどまでの凶悪そうなワニの面影は、そこには既にない。

 牙を全てぶち折られた敗者のみが、そこに横たわっていた。


「どう!? まだやる?」


 リンスレットが清々しい笑顔で、やばい事を訊く。

 やれるわけねえじゃん。

 と、心の中でツッコミをいれる俺。

 それと同時に俺は――

 今後、何があってもリンスレットには逆らわないようにしよう。

 そう心に決めた。


 スタスタスタ……。

 リンスレットは、動かなくなったアレイダに近づいていく。


「お、おい、リンスレット……そこまでやるのは、さすがに――」


 ス――

 俺の目の前に、毛の生えた人間の腕が伸びてくる。

 ブラピだ。

 剃れよ。うざったいな。


「……ダイスケ、ここはボクたちが口を挟んでいい場面じゃない」

「そんなこといってもだな……」


 正直、目の前でとどめを刺されるのは、いろいろな意味できつい。


「リンスレット王女が手を下すにせよ、見逃すにせよ……首を突っ込んだボクたちは最後まで見守る義務がある。しかし、口を出していい権利はないんだ」

「権利……」


 そうだ。

 ブラピの言うとおりじゃないか。

 部外者の俺が、悪戯に一時の感情で当事者リンスレットの気持ちを揺さぶってはいけない。

 俺は踏み出していた足を戻し、リンスレットとアレイダ。

 その決着を見守った。


『ぐ……相変わらず……、馬鹿みたいな……怪力ね……』


 アレイダが一切体を動かさずに、言葉を発する。


「あんたはぜんぜん獣化した意味なかったわね」

『ふ……言うじゃない……言っとくけど、あんたの父親……ケィモ王の強さは……そんなもんじゃ……ないわよ……』

「わかってるわよ。……嫌というほどね」


 リンスレットは吐き捨てるようにそう言った。


「で? ほかに、なにか言い残したことはある? せっかくだから聞いてあげるけど?」

『ないわよ……やるなら……さっさとやりなさい……』

「ふぅん? そう? ……じゃあね――」


 リンスレットはそう言うと、俺たちのほうを向き、口を開いた。


「ほら、ダイスケ、ブラピ。なにしてんの、さっさといくわよ」


 突然のことに、俺もブラピも二の足を踏んでしまう。

 リンスレットはアレイダに背を向けると、梯子に手をかけた。


『……な、なんで……!?』


 アレイダが振り絞るように、声を出す。


「べつに? やっぱその尻尾、美味しくなさそうだなって」

『重要な……情報だって……、持ってる……かも……しれないのよ……!』

「だから?」

『尋問……するなりして……聞き出せば……いいじゃない……!』

「さっき言ったでしょ? パパのことは、まっすぐ行ってぶっ飛ばすって」


 たしかに、今のリンスレットなら出来そうな気がする。


『ほ、本気……!?』

「私、嘘はつかないのよ。知らなかった?」

『……そ、それでも……本部の場所を、バラシて……エルネストたちを……殺したのよ、ワタシは……! 恨んでないの!?』

「死んでない」

『え?』

「エルネストたちは死んでないわ」

『なんで……あんたが、そんなこと……』

「あんたもわかってるでしょ? 私は……私たちは、嘘をつかないって」


 リンスレットの言葉に、アレイダは答えない。


「『次に会うときはこの国の夜明けだ』……って、エルネストは言っていたわ。なら、それまであいつは死なないのよ。絶対にね」


 リンスレットがそう言うと、アレイダはふっと笑った。


『……そう、かもね。あいつなら……』

「じゃあね。私の話もそれで終わり。あんた、今のうちにこの国から出てったほうがいいわよ。どのみち、私たちが勝つんだし。そうなったらあんた、この国にいられないからね」

『……待って、リンスレット』


 梯子をすこし昇っていたところで、リンスレットがアレイダに呼び止められる。


「なに?」

『やっぱり……あったわ。ひとつだけ』

「なにがよ」

『さっき訊いたでしょう? ……ワタシが、あなたに言っておきたいことよ』

「私に……?」


 アレイダが必死に起き上がろうとする。

 しかし、支えになっている腕や脚も、プルプルと小刻みに震えている。

 それを見ていたリンスレットは梯子から降り、もう一度アレイダと向き合った。


『怖くなって……結局、逃げちゃったワタシが……言うのも……なんだけどさ、うぐっ――』


 アレイダは何とかして起き上がると、そのまま後ろの壁にもたれかかるように座った。


『勝ちなさい……!』

「アレイダ……」

『サーヤ様はこんなこと、決して、望んではいなかった。ケィモ王に何があったのかは知らないけど、勝って……あなたたちの国を! ワタシたちの権利を! 取り戻して……!』

「……ええ、わかってる!」


 リンスレットが決意を固めるように、こぶしも固く握りしめる。

 それを見たアレイダも、ゆっくりと笑ってみせた。


『――前だ!』

『見つけたぞ!』

『こんなところに逃げ込みやがって! ゴミ共が!』


 地下下水道に大勢の声が響き渡る。

 見ると、遠くのほうにいるが、さきほどの獣人たちが俺たちの後を追ってきていた。

 嫌な考えが脳裏をよぎる。

 あいつらがここまで来てるってことは……エルネストたちは――


「走るんだ、ダイスケ……!」


 もうすでに走り出しているブラピが、俺に向かって言う。

 すでにリンスレットは地上へと出たのか、その場にはいない。


「考えるのはあとだ! 今はここから出ることだけを考えよう!!」


 俺はブラピの言葉にうなずくと、あとに続くように駆け出した。

 ひんやりと冷たく、ざらざらと表面が錆びている梯子に捕まり、急いで上がっていく。


『ごめんなさい、リンスレット……ごめんなさい、サーヤ様……ごめんなさい、みんな……ワタシ……ワタシは……』


 怒号と雑踏。

 それに混じって微かに聞こえてきたのは、アレイダの声。

 ひとりごとのような小さな声だったが、それはやけにはっきりと聞こえていた。


 ◇


 出てきたのは王城の目と鼻の先。

 ……というよりも、眩しくていまいちよく見えないが、中庭のような場所だった。

 未だに視界がしぱしぱするが、緑が多く、ガーデンテーブルやチェアがいっぱいあるのがわかる。

 そして、すぐ近くには城の外壁。


「閉めるわよ……!」


 リンスレットがマンホールのような蓋を閉め、地下への道を塞ぐ。


「アレイダは?」

「いちおうまだ、あいつらの仲間なんだから大丈夫でしょ」

「それもそうか……」

「ブラピ、城内はもうだいたい把握しているのよね?」

「ああ」

「……あれ? 今更だけど、あのときブラピが城内の見取り図を描いてくる必要あったの?」


 急に沸き起こった疑問が口をついて出る。


「ダイスケ。……ここまで来たら、その意図もわかるだろ?」

「え?」

「あれは、ボクを試すためのモノだったんだ。……そうだろうリンスレット王女?」

「……そうね、ごめんなさい。あなたの事は信用していたけど、念のためにと……」

「いいんだ、謝らなくて。それに……ボクも君たちを騙していたことがある」

「きみ……たち?」


 てことは、俺も含まれるのか?


「それについては……また追々話すよ。ともかく、いまは時間がない。エルネストたちが稼いでくれたチャンスを無駄には――」



 ドッガァァァァァァァァアアアアアン!!



 爆音。轟音。

 突如、周囲の地面が不自然にボコボコと盛り上がり、俺たちの体も跳ね上がる。

 耳がキーンとする。

 そして遅れてやってくる、カラッカラに乾いた熱風。

 目が開けられなくなり、肌がじりじりと焼けていく感覚に襲われる。

 これは……間違いない、地下からだ。

 ということは――


「エルネストたちと……アレイダ・・・・が稼いでくれたチャンスを……!」


 耳がようやく聞こえるようになり、ブラピの声もかすかに聞こえてくる。


「……行くわよ」


 リンスレットが発したその言葉は、今まで聞いたどの声よりも冷たくなっていた。

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