閑話 思いがけない足止め


 俺たちは現在、王城内を歩いて・・・いた。

 大理石のような、ツヤツヤテカテカな床。

 その上にはふかふかの、踏んだら足が軽く沈むほどの真紅の絨毯。

 まるで西洋のおとぎ話に出てくる城内のような内装。

 そして、そんな中を往く俺たちに――


「あら、素敵なニンゲン・・・・ね、あなたのかしら?」


 絢爛豪華な、金と黒の装飾を施されたドレス。

 それを着た犬(おそらくボルゾイ)の獣人が話しかけてきた。

 俺は手に持っていた、ピンクのフリフリした・・・・・・・・・・扇子で、火照った顔の熱を冷ます。

 綺麗な獣人に話しかけられて興奮しているから?


 ちがう。


 なぜなら、俺の顔はいま、毛むくじゃら・・・・・・だからだ。

 なら、なぜ毛むくじゃらかって?

 ……俺はフリフリのドレス・・・・・・・・を畳み、その場にしゃがみ込んだ。

 眼前には、ブラピが二匹・・

 一匹は、恥ずかしそうにそっぽを向いている。

 そしてもう一匹は、犬のように呼吸をしながら、舌を出している。


 もうおわかりだろうか?


 当の俺は、まだ完全には理解できていない。……が、わかることもある。

 この二人こそが、リンスレットとアンなのである。

 そう、この空間には、アンの能力によって変装した人がいるのだ。

 ブラピに変装したアン。

 ブラピに変装したリンスレット。

 そして――

 俺は、目の前のブラピアンの瞳をじっくりと見た。

 そこには、ミィミではじめて出会った黒猫の獣人が映っていた。

 黒髪で、毛先をクルクルと遊ばせた長髪の黒猫獣人。

 それが今の俺なのである。

 俺たちはこうやって変装し、王城内へと潜り込んでいたのだ。


「――おーっほっほっほ! そうでござんしょ? わたくし自慢の、ジョセフィーヌちゃんと申しますの!」


 必死に高笑いをして、貴族ぽい喋り方をする俺。

 声も普段の俺の声とは別だから、すごく違和感を覚える。

 それにしても、こんなのを褒めるなんて、正気か? この獣人?

 というか、俺たち人間とは多少なりとも感性が違っているのかもしれんな。


「ジョセフィーヌちゃん! まぁまぁ、なんてお上品なお名前でしょう。この子にピッタリの名ですわね」


 正気か? この獣人?


「それで、そちらの子は? ……どうやら、よく似ていらっしゃいますが、双子……なのかしら?」


 獣人はそう言って、今度はリンスレットを見て尋ねてきた。

 やべえよ。

 名前なんて考えてねえし。

 そもそも、〝ジョセフィーヌちゃん〟も口から出まかせだし……どうしよう?

 リンスレットなんて名前をだしたら――

『ペットに王女の名前なんてつけて、不敬罪! 死刑!』

 みたいな感じになるかもしれないし……。


「あの? お名前は……?」


 そう言って獣人が再度訪ねてくる。

 いや、なんでそうまでして名前を知りたいんだ、この犬は。

 察しろよ。

 なんとなく聞きづらい雰囲気を、全身から醸し出してるだろうが!

 ……よし、こうなったら――


「じょ……」

「じょ?」

「ジョセフィーヌちゃん……」

「同じ名前……なんですのね?」


 しまった! ……ってか、アホか。

 同じ名前をつける奴がどこにいる。

 ここは差別化しろ。

 なんでもいいから――


「……に、二號ニゴウ……?」

「ジョセフィーヌちゃん二號ニゴウ?」


 ダメか。

 獣人の表情が芳しくない。

 いちおう差別化はしておいたが、さすがに二號は無味乾燥すぎたか?

 なら、ここはすこし愛嬌を加えて――


「ジョセフィーヌちゃん二號ニゴウ……太郎衛門たろうえもん……?」

「ジョセフィーヌちゃん二號ニゴウ太郎衛門たろうえもん?」


 またダメか。

 獣人こいつはいまいち〝太郎衛門〟の可愛さを理解できていない。

 いい感じの韻を踏んでるとも思ったけど、そもそも言語が違うんだから、正確に伝わっているかどうかも怪しい。


 どうすれば?


 だが、ジョセフィーヌちゃんって名前は褒めてくれてたよな。

 たしかに勢いはあるし、上品さも兼ね備えている。

 あとはこれを――


「ジョセフィーヌちゃん二號ニゴウ太郎衛門たろうえもん……ジョセフィーヌちゃん……?」

「ジョセフィーヌちゃん二號ニゴウ太郎衛門たろうえもんジョセフィーヌちゃん?」


 あーあ。

 よりにもよって、サンドしちゃった。

 しーらね。

 どーでもいーや。


「……なんで散々いろいろと増やしたあとに! 結局ジョセフィーヌちゃん・・・・・・・・・・でサンドしてんのよ……!」


 リンスレットから、小声で、俺と同意見のツッコミが飛んでくる。

 というかそんなこと言われても俺、ネーミングセンスとかないし。

 後は野となれ山となれである。


「ジョセフィーヌちゃん二號ニゴウ太郎衛門たろうえもんジョセフィーヌちゃん! ……まぁまぁ、なんて長ったらしくて、七面倒くさい名前でしょう! その子にピッタリじゃない!」


 獣人はパン、と手を叩くと笑みを浮かべた。

 なんだ?

 獣人ってみんな、こんな感じなのか?


「ちょ、あんた一体、どんな感性してんのよ!」


 リンスレットがたまらず、獣人にツッコミを入れてしまった。

 あ、やっぱりこの人がおかしいだけか。

 ……なんて、言ってる場合じゃない。


「……はて?」


 獣人がきょとんとした表情を浮かべて、首を傾げる。

 まずいな、どうにかして誤魔化さなくては――


「あ、えっと……ちょっと・・・・!」


 俺はリンスレットの両頬をガッツリ掴むと、そのままグニグニと押した。


「え? なんですの? 突然……」

「このジョセフィーヌちゃん二號ニゴウ太郎衛門たろうえもんジョセフィーヌちゃん、最近よく変な鳴き声を発してしまうんですの。チョ、チョット……みたいな……」

「変な鳴き声……?」

「ほ、ほら、ジョセ(以下略)、もう一度さきほどの鳴き声をしてみなさい」

「な、なんで……私が……!」


 リンスレットが忌々しそうに俺を睨みつけてくる。

 もう逆らわないでおこうと思った手前、これだ。

 たぶんあとでリンスレットに八つ裂きにされるだろうけど、今はなによりもバレないこと。

 それが一番大事。

 俺は心を鬼にして、リンスレットの顔を睨み返した。


「ちょ……ちょ、チョット……! チョット……!」


 俺の願いが通じたのか、リンスレットがけったいな鳴き声をあげてくれる。


「ほ、ほら……! チョットチョットって!」

「まぁ、ほんと! なんて癇に障る鳴き声ですこと!」

「ぐ、ぐぬぬ……!」


 リンスレットがこぶしを固め、獣人を睨みつける。


「で、では……俺……わ、私たちはこれで……」


 俺は二人のリードを引くと、その場から退散すべく、再び歩き出した。

 それにしても、このフリフリのスカート、すげえ歩きにくいな。


「……すこし、お待ちになってくださる?」

「え?」

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