第12話 攻城戦
「――ほう、なるほど」
レジスタンスのアジト。
そこの長机。
葉巻を咥えていたエルネストが、俺の顔を見ながら続ける。
「……要するに、下水を通って、そっからなんやかんやあって、気が付いたらギルドの職員だということを思い出した。……そういう認識でいいな?」
エルネストに尋ねられ、俺はこくりとうなずく。
俺とブラピはここに再度戻ってきた理由を、エルネストたちに話していた。
改めて聞くと、なんてふざけた内容の報告だ。
ところどころ曖昧だし。
よくこんな内容を報告しようとしたな! 俺!
「……なるほど……なぁ……」
エルネストが紫煙を燻らせながら、ドカッと背もたれに体を預け、天井を見上げる。
そして、そんなエルネストの隣。
俺は、眉間に皺を寄せながら、ものすごい目で俺を睨みつけてくるラウルを見た。
眼鏡とか、めっちゃ上下にカチャカチャ動かして、俺の事を見ている。
すみません。
ブラピにそう言えって言われたんです。
ごめんなさい。
「……ああ、詳しくは言えない。というよりも、説明できないんだ」
なんとか誤魔化そうとする俺。
「説明できない……か」
エルネストが顎に手をあて、低くうなる。
まぁ怪しまれるよね、という話。
まず俺がエルネストだったとしても、絶対変に思うだろうし。けど――
『ステータスオープンの使い方がわかって、それが武器にもなったんだぜ! すげえだろ!』
なんて言えるわけがない。
ますます怪しまれるか、頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。
『ステータスってなんだ』
『オープンってなんだ』
『それが武器なるってなんだ』
みたいな質問が矢継ぎ早に来て、元の世界にまで話を遡らないといけなくなってくる。
「要するに『多くは語れないが、俺を信じてほしい』ってことだよな?」
ラウルが確かめるように俺に尋ねてくる。
怒っている。……のとはすこし違う。
事実関係を明らかにするために、慎重に尋ねてきている感じ。
「あ、ああ……」
「……それがどれだけ都合のいい提案か、ダイスケもわかってるんだよな?」
「わかってる。だけど……」
「だけど?」
「……戦う」
「は?」
突然、何言ってんだ俺。
ラウルが耳を疑うのも無理はない。
でも、この言葉を引っ込めることも出来ない。
「戦える。俺は。……ここにいるブラピと同じように、俺も、おまえたちに手を貸すつもりでいる」
俺の話を聞いたラウルが頭を掻く。
「……へえ、言うようになったじゃん」
リンスレットが楽しそうに口角を上げる。
もう、失神したショックからは立ち直ったようだ。
「なにがあったかは知らないけど、いい目をするようになったんじゃない?」
「目……?」
そう言われてもピンとこない。
たしかに、今の俺にはさっきまで俺とは違い、明確な目的がある。
あるとすれば、その違いだろう。
「気に入ったわ」
「は?」
リンスレットが立ち上がり、ラウルが彼女の顔を見る。
「私は賛成よ」
「おいリンスレット……!」
「いいじゃない。……私は、ダイスケがこの組織に、そして国に、どんな風を吹かせてくれるか、楽しみだわ」
意外や意外。
リンスレットが俺の肩を持ってくれた。
なら俺も、乗るしかないだろう。
「ああ、任せてくれ。微力ながら……とは言わない。それなりに役に立てると思う」
スゥー……!
突然、エルネストが肺いっぱいに煙を吸い込む。
葉巻の先。
火種が赤く光り、根元まで一気に灰化していく。
エルネストは吸い殻を指ではじくと、機関車のように鼻から煙を吐いた。
「……オレも信じるぜ、ダイスケ」
「エルネスト……!」
俺とラウルの声が重なる。
しかし、その意味は一八〇度違っているだろう。
「まあ、そう睨むなって。……たしかに、ラウルの言うとおり、ダイスケが何かを隠しているのは、オレにもわかる」
「ならもうすこし、慎重にだな……!」
「だが、ダイスケの目には
「それは……」
濁り?
そういえば、さっきもリンスレットが俺の目について触れてたな。
「わかるか? ……いや、おまえにもわかっているはずだ、ラウル」
ラウルはエルネストの問いに答えない。
「今、この国にいる奴隷のような人間とは違う。あれは……ダイスケの目は、生気のある目だ。意志を持つ人間の目だ。オレはそれを信じようと思う」
「おまえはというやつは……」
「……というか、信じるしかないんだけどな」
エルネストはそう言って、自嘲気味に笑った。
「オレたちがやろうとしてるのは国崩しだ。そのためには……言い方は悪いが、使える
エルネストは立ち上がると、ゆっくり俺のほうまで歩いてくる。
「……改めて歓迎するよ。――ようこそ、俺たちの組織へ」
ずい。
同年代の男のものとは思えないほど、ゴツゴツとした、いかつい手。
俺はその手をしっかりと握った。
「――ラウル、心配しないでいい」
俺の後ろ。
いや、なんか格好つけてるけど、本当にひどいな、こいつ。
雰囲気ぶち壊しだ。
「ダイスケの有用性については、ボクが保証しよう」
ブラピの言葉を聞いた途端、ラウルが口を閉ざす。
「……まぁ、ブラピがそう言うなら……」
さっきまで俺を疑っていたラウルが、渋々ではあるものの、うなずいた。
なんというか、最初からブラピが説得したほうが早かったんじゃないの?
だがこれで、いちおうエルネスト、ラウル、リンスレットの同意は得られた。
「……あとはフィデルとアレイダだけど……」
アレイダは相変わらず、この場にはいない。
フィデルはすこし離れたところで、饅頭のような白い物をモリモリ食べている。
未だにフィデルの声は聞いたことないんだけど……どうやって説得しよう。
「……ヒゲダルマも、賛成みたいよ」
リンスレットがわざわざ、俺の耳元で話しかけてくる。
「そうなのか?」
「ええ。何も考えてないように見えるでしょ、あいつ」
「い、いや、そんなことは……」
「でもね、意識はちゃんとこっちに向けてるから」
「意識って……でも、そうなんだな……」
「その上で何も言ってこないってことは、賛成してるってことなのよ」
「ほうほう……」
ふむ。
それにしてもやべえな。
なにがやべえって、リンスレットがやべえ。
すげえいい匂いがする。
洗ってない犬とか、動物園みたいなツンとしたにおいとか、そういうのではない。
単純にいい匂いだ。
こういうのにはあまり詳しくないけど……花?
フローラル?
そんな感じの香りがする。
たぶん、ふわふわの毛がいい感じに、香水の香りを拡散させているのだろう。
ここの獣人って、皆こんないい匂いの香水をつけているのだろうか。
モフモフしたくなってきた。
「……ちょっと、ダイスケ」
リンスレットが俺の顔を覗き込んでくる。
「え? なに? なんですか?」
「聞いてるの? 私の話?」
ほぼ反射的にリンスレットから目を逸らす。
「まぁ……ぼちぼちは……」
「もう、しっかりしなよ? これから働いてもらうんだから」
「働く……」
リンスレットの言葉にさっそく胸が躍る。
やっと。
やっとだ。
この世界へ来て、はじめて俺の物語が動き始めた気がする。
その最初がレジスタンス活動なのはアレだが……やってやろうじゃないか。
獣人に虐げられている人たちを救ってやろう。
「……そうだ。ダイスケにはさっそく明日から働いてもらう」
エルネストが俺を見て言う。
「明日から……か」
「おう。今日はそこらへんの空いてる部屋で寝てくれ」
「ちなみにエルネスト。明日、俺は何をすればいいんだ?」
「ああ、明日はな――」
初日だし、他のメンバーとの顔合わせとかだろうか。
それとも、決起集会?
少なくとも、俺にはブラピみたいな能力はないから――
「城を落とす」
「……へ?」
なに?
なんて言ったの、この人?
聞き取れなかったんだけど?
「今夜は革命前夜だ。明日に備えて、しっかり寝とけよ。ダイスケ。チャンスは一度切り。二度はねえ」
エルネストはそう言って、気合を入れるように俺の肩に手を置く。
その反動で、つー……と、俺の鼻から液体が流れ出る。
「……急すぎない?」
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