第13話 最悪の目覚め


 結局、俺がこの日寝たのは、作戦会議が終了した後。

 くたくたになった俺の為に、エルネストは普段使っていない部屋を割り当ててくれた。

 しかし、そこにはソファやマットレス、布団もなにもない。

 扉さえない。

 散乱している木くずや、なんかよくわからんゴミなどが散乱した四角い部屋。

 普段は座る事さえ躊躇するような場所で、俺は横になり、しずかに目を閉じた――



 ◇



 ドゴォォォォォ……ォォォォォォォォ……ン!!


 俺が起きたのは、まだ頭と視界がボーっとしているとき。

 遠くのほうで、地響きのような、爆発音のような音が聞こえた頃――


「ドンドンドンドンドンドンドン!」


 けたたましいノックの音が俺を覚醒まで導いた。

 ……いや、おかしい。

 何がおかしいって、この部屋に扉なんてなかった。

 俺は未だ思考と視界が定まっていない頭と目で、その音の出所を見た。


「ドンドドン、ドドドドン、ドンドンドドンドン!」


 まずいな、何も見えん。

 寝起き特有の、ぼんやりとした視界が広がっているだけ。

 それにしてもこの音、なんだかリズミカルになってってないか?


「ドドド! カッ! ドドドカカカッ! ドドカッ! ドンカッ!」


 いや、何を叩いてんだよ。


「いや、さすがに起きなさいよ、ダイスケ!」


 ガクンガクン!

 肩を掴まれ、俺の思考ごと頭を激しく揺らされる。

 視界が上下に揺れ、それとともに胃の中の酸っぱいものもこみあげてくる。


「うぷ……やめ、やべで……!」


 口を押え、迫りくる波に必死に抵抗する俺。

 そうしていると揺れは収まり、視界もよく見えるようになった。


「ご、ごめん。大丈夫? ダイスケ?」


 目の前にいるのは、リンスレット。

 ということは、俺の体を力任せに揺すったのもコイツということになる。


 何か言ってやろう。


 そう息巻いていた俺の考えは、リンスレットの表情・・を見て引っ込んだ。

 焦っている?

 悲しんでいる?

 怒っている?

 獣人の表情ってのは、いまいちよくわからん。

 けど、眉尻は下がってるし、口角も下がっている。

 少なくとも、面白半分で俺を揺さぶったわけではなさそうだ。


「……ノック音をわざわざ声で表現すな」


 俺なりに空気を読み、必要最低限のツッコミにとどめた。


「呑気に五十点ぐらいのツッコミをしてる場合じゃないわよ!」

「いや、低いな……」

「攻めてきたのよ!」

「……なにが?」

「王国兵よ! ここも直に……」

「……へい?」


 ――ダダダダ……ッ!

 そんな問答をしていると、部屋に槍を持った兵士が入って来た。

 鎖帷子くさりかたびらにヘルメットのような兜をかぶった獣人である。

 たしか、ケトルハット……とかだっけか?

 中世欧州の歩兵なんかがよくかぶっている感じの、頭部を保護する物。


「ちっ、もうこんなところまで……!」


 リンスレットが俺を守るように立ちはだかる。


「へっ、ここがゴキブリ共の巣だな! 王のご命令だ。一匹残らず駆逐してやるから、そこで大人しく――」


 ガシ。

 兵士の後ろから、大きな手が伸びてくる。

 手は兵士の頭部を掴むと、そのまま近くの壁に叩きつけた。

 グシャッ!


「がッ……ハ……ッ!?」


 兵士は白目を剥き、そのまま崩れ落ちる。


「ヒゲダルマ……!」


 リンスレットが声をあげる。

 現れたのはフィデルだった。

 そして、その後ろからエルネストが姿を現す。


「無事か! ダイスケ!」

「え、エルネスト! こ、これは……!?」

「敵襲だ」

「敵襲……?」

「言ったでしょ、王国兵がここに乗り込んで来たのよ!」

「まさか……じゃあ、王はこの場所を知っていたのか?」

「アレイダが裏切ったのよ」


 リンスレットがつぶやくように吐き捨てる。


「う、裏切った……?」

「おい、リンスレット。まだそうと決まったわけじゃ――」

「まだそんな呑気こと言ってるつもり?」


 リンスレットがエルネストの言葉を遮る。


「エルネスト、あんただって気づいてるんでしょ?」


 リンスレットに指摘され、ギリギリとこぶしを握るエルネスト。


「……そうだ。アレイダがこの場所を政府側に密告した」

「な、なんでそんなことを……?」

「わからないわよ。……ただ、前から時々、不安定だったの」

「不安定……?」

「ブラピが来る少し前から……だな。あいつは時々、ひどく怯えたように周りを警戒するようになっていた」

「で、でも、俺が会った時はそんな様子は……」

「よくわからんが、たぶん取り繕っていたんだろう」

「……だからね。ブラピがアレイダの諜報しごとを引き受けてくれた時は、すごく助かっていたの」


 なるほど。

 だから、エルネストたちはブラピのことあんなに信頼して――


「とはいえ、こうなっちまった以上、ここでうだうだと話をしてる場合じゃねえ。どのみち、今日決行予定だったんだ。このまま、革命を開始する」


 エルネストの言葉に、ドクンと大きく心臓が跳ねる。

 とうとう始まるのだ。

 革命が。


「だけど、他の構成員はどうするんだ?」

「あいつらもバカじゃねえ。多少予定は狂ったが、本部ここが攻撃されたとなれば、各々動き出すはずだ」

「な、なるほど……」

「――リンスレット、いけるな?」


 エルネストがリンスレットを見て尋ねる。


「……うん。任せて。私のやるべきことはわかってる」

「完璧だ。ダイスケも……いけるな?」


『なにが?』とは訊かない。

 エルネストが俺に問いかけているのは、おそらく気概。

 俺はギィギィと、まるでブリキの玩具のように動かなくなった首を、無理やり上下させ、うなずいた。


「お、おう……!」


 若干、首を痛めてしまったかもしれない。


「そ、それでエルネスト」

「なんだ?」

「ラウルとブラピの姿が見えないんだが……」

「ラウルは武器の調達にいってる」

「武器……?」


 そういえば、さっきの兵士は槍を持ってたけど、エルネストたちはどうやって戦うつもりなのだろう?


「……そう、あいつ特性の爆弾だ」

「ば、爆弾!?」


 物騒だな。


「あ、そうか……ならさっきの爆発も……」

「そうだ。だが、心配するな。ここは地下だからな、崩落する可能性も考えて、火力はある程度落としてある」

「な、なるほど……」


 ということは爆竹や花火みたいな、相手をビビらせたり、けん制したりする感じのものなのだろうな。


「……それでも腕や脚は吹き飛ぶけどな」

「おい」

「それと……これはおまえらに言っていいものかわからんが……」


 エルネストはそう前置きをして、続ける。


「オリジナルの爆弾が、武器庫からなくなっていた」

「お、オリジナルが……!?」


 話を聞いたリンスレットが、驚くような声をあげる。


「オリジナルって……?」

「いまラウルが取りに行ってる爆弾は、そのオリジナルを真似た、偽物に過ぎない」

「なんでそんなものを……」

「金がねえからな。それに輸入ルートもねえ。……だから――」

「そうか。自分たちで作るしか……!」

「そうだ。爆弾自体、構造が複雑ってわけじゃねえが、オリジナルは見本としてとっておいた虎の子だったんだ。もちろん、威力も段違いにある」

「行方は?」

「さっぱりわからねえ。ただ目星は――」

「アレイダね」


 リンスレットがきっぱりと言い放ち、エルネストがうなずく。


「そうだ。……とにかく、あいつには注意しろ」

「わかった」

「わかったわ」


 俺とリンスレットがうなずく。


「……ブラピはもう先に行ってる。リンスレット、ダイスケ。おまえらは地下道へ行って、速やかにあいつと合流しろ」

「ああ、わか――? おまえ……って……」

「……そうだ。それとも、オレらと一緒にここに残るか? ダイスケ?」


 茶化すように、冗談のように、笑いながら言うエルネスト。


「お、おい、それって、もしかして――」


『見つけたかー!!』

『まだだー!!』

『見つけ次第殺せ!!』

『探せー!!』

『うおおおおおおお!!』


 ここからそう遠くない場所から、様々な怒号が聞こえてくる。

 もう時間がない事だけはわかる。

 ただ、目の前の問題・・を素通りすることもできない。


「え、エルネスト……フィデル……おまえら……!」

「ああ、おまえらがここから、安全に出られるだけの時間は稼ぐつもりだ」

「でも、それじゃあ……!」

「心配すんな。オレは死なねえ。もちろんフィデルもだ」

「だけど、あの声と足音の数……エルネストたちだけじゃ……」


 ここは、俺も残ったほうがいいのではないだろうか。

 幸い、俺の能力は足止めにも使えることが分かっている。

 だから――


「いいか、ダイスケ」


 エルネストは俺の両肩をガシッと掴むと、まっすぐに俺の目を見てきた。


「オレたちはおまえよりも戦い方をわかってるし、引き際も心得てる。危なくなったら逃げるし、ここの地理は誰よりも詳しい。だからダイスケ、オレたちを信じろ」


 力強い言葉だった。

 力強い眼差しだった。


『信じろ』


 普通なら、会ってまだ一日も経っていない人間に対して言えない言葉だ。

 しかし、俺はなぜか、目の前の男を信じ・・ていた。

 その男が吐いた言葉を信頼した。

 そこに理屈なんてものはない。

 俺は、それ以上は何も言わず、今度はきちんと・・・・うなずいてみせた。


「ふん、カッコつけちゃって……」


 隣で聞いていたリンスレットが茶化すように言う。


「いい? 勝手に死ぬんじゃないわよ、エルネスト! フィデル・・・・!」


 とん。とん。

 リンスレットがそのこぶしで、エルネストのフィデルの胸を叩く。


「ああ。オレたちが次に会う時は、この国の夜明けだ」


 その場にいた全員が同時にうなずくと――


「見つけたぞおおお! こっちだああああ!!」


 声が響く。

 見ると、さきほどと同じような格好をした獣人が部屋の入り口に立っていた。

 しかし――

 ゴッ……!!

 フィデルが兵を殴り飛ばし、速やかに処理する。

 もうフィデルだけでいいんじゃないか?

 とも思ったが、よく見てみると、フィデルのこぶしから血が流れていた。

 ここに来るまでに、相当数の兵士を相手してきたのだろう。


「ナイスだ、フィデル!」


 叫ぶように檄を飛ばすエルネスト。


「……走れ、ダイスケ! 道はリンスレットが知ってる!」

「わ、わかった……! ……エルネスト、また絶対会おう!」

「おう! 約束だ!」


 俺たちは部屋を出ると、エルネスト組とリンスレット組の二手に分かれた。

 狭い通路の先をリンスレットが走る。

 俺も、その後に続くように走り出した。


「うぉらああああああああ!! かかってこいやああああああああああ!!」


 俺の背後からエルネストの声と、その他大勢の声とが混ざり合う。

 そしてその瞬間――

 ドゴォォォォォオオオン!!


 凄まじい爆音とともに、埃の混じった生暖かい風が俺の背中を殴りつける。

 振り返るな。

 前を向け。

 顎を引いて、リンスレットの後に続くんだ。

 俺は必死に手足を振り、ただひたすらに前へ、前へと走り続けた。

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