第11話 偽りの援軍

「――ごめんね、ダイスケ。無理を言って・・・・・・


 隣を歩くアンが、俺を見上げて言う。

『無理を言って』

 これはアンが俺に無茶な頼みごとをしてきたということ。

 そして、その無茶な内容についてだが――


 俺はアンが所属しているギルドのメンバーになった。 


 そう。

 現在、俺とアンはミィミから脱出し、そしてまたミィミへと引き返していた。

 何らかの理由で来なかった援軍の代わりを、俺が務めることになったのだ。


 ……と言っても、俺が自主的に名乗り出たわけではないし、これはギルドが下した正式的なものでもない。

 あくまで、一時的に、現場アンの判断で、アンに手を貸しているだけ。

 ギルドのメンバーというのも嘘。

 ちなみにこの嘘は、これから合流するエルネストたちを騙す嘘。

 ただしこの嘘に悪意はなく、どちらかというと方便に近い。

 本当はこうなった経緯からつらつらと語りたいのだが――

 長くなりそうなので。

 あと、面倒くさいので。

 一言でまとめると――

『どうやら俺は使える・・・』とアンが判断したらしい。

 それほどまでに俺の能力〝可触のタッチャブル能力表ステータス(仮)かっこかりは、アンにとって魅力的に映ったらしい。


「……それに、いちいち隣国へ行って、そこのギルドに報告して、上からのレスポンスを待つ時間も惜しいからね。ご存じのとおり、事は一刻を争う」


 俺の心の中を見透かすように、隣のアンが補足をしてくる。


「ボクはダイスケの能力を見て、その上で十分実践運用にも耐え得る。……そう判断したから、こうやってオファーを出したのさ」


 ……だそうだ。

 俺の心を軽々しく読まないでほしい。


「ごめんね」


 アンはそう言うと、手を合わせて舌先を覗かせた。

 あざとい。

 あざとすぎるが――


ゆるそう」

「ふふ、ありがとう」


 とはいえ、だ。

 半ば強引ではあったものの、俺自身、べつにこの状況が嫌というわけでもない。

 たしかに、さっきまでの俺だったら、地面に大の字に寝そべって――

『是が非でも戻らないぞ!』

 と喚き散らしていただろう。

 けど、この短い間にふたつばかり、俺の心境に変化があった。


 その一。

 他人から頼りにされるというのも、まんざらでもないということ。

 未だ、右も左もわかっていない俺を必要としてくれている人間がいることが、ただ単純に嬉しかったのだ。


 その二。

 好奇心である。

 あれから――俺の能力の本質・・がわかってから、色々なことを試してみた。

〝出来ること〟と〝出来ないこと〟

 それらを完全に把握した……と、言い切ることは出来ないが、それなりに理解はできたとは思う。

 そのうえで、この能力がかなり応用の利くモノ・・・・・・・だということもわかった。

 そしてあの女神。

 俺のこんな世界に飛ばしたポンコツ女神が言っていた

〝記憶をなくすかもしれない〟

 という話のアレ。

 結局、こうして記憶を失わずに済んだのを鑑みるに、もしかすると

『徐々に最強』

 という設定も、残ったままなんじゃないか、と今は思っている。

 それくらい、この能力のすごさ・・・が理解できた。

 要するに、この能力を試したいのだ。俺は。


「……ダイスケ!」


 急に名前を呼ばれる。

 見てみると、いつのまにか目の前には、後ろ歩きをしているアンの姿。


「ん……おお、なんだ?」

「緊張でもしているのかい?」

「緊張……?」


 そう尋ねられ、改めて俺のコンディションについて確認する。


「まぁまぁだな……」


 今は緊張とかいうよりも、ふわふわ・・・・とした感じだ。

 現実離れした感覚というか……例えるなら、はじめて深夜に誰もいない町を歩いているような、そんな感覚。

 いや、わかりづらいか。

 とにかく、未知の世界に片足を突っ込んでいるような、そんな感覚だ。


「……でも急にどうしたんだ?」

「いや、なんだか上の空だったからね」

「なんか言ってたのか?」

「あ、やっぱり。聞いてなかったね?」

「わるい」

「いいよ。もう一度言うから、今度はちゃんと聞いててね」

「お、おう……」


 ビシ。

 アンが勢いよく俺の顔を指さしてきた。

 なんだなんだ? ……と思っていると、アンが続ける。


「といっても、難しい事じゃない」


 アンはそんな前置きをすると、まっすぐに俺の目を見てきた。


「ダイスケ、決して無茶はしないと約束してくれ」

「……ああ」

「変に張り切って、それで死んでしまっては元も子もないからね」

「そうだな」


 意気込んでいたところを、無理やり現実・・に引き戻される。

〝死〟

 いままでそれを意識していなかったと言えば嘘になるが、アンの一言で、一気に現実味を帯びてくる。


「怖くなってきたかい?」


 アンの、俺の心を見透かしてくるような冷たい瞳にドキリとする。


「いや……」


 おい、俺。

 いまさら取り繕ってどうする。

 相手は俺よりもかなり年下の女の子だぞ。


「……まぁ、でもそうだな、すこし怖いかもしれない」

「それは自分が死ぬかもしれないから?」

「え?」

「それとも、相手の命を奪うかもしれないから?」

「あー……どっちもだな」

「そうか。でも大丈夫。こういうのはね、あまり深く考えないほうがいいんだよ」

「いや、そうは言われてもな……」

「あ、ごめん。言い方が悪かったね。もしダイスケがその能力を使うとき、つまり戦うときはきちんと考えたほうがいい」

「それは……戦略や戦術的な意味か?」

「そう。……けれど、いざという時・・・・・・は、あまり深く考えないほうがいいってこと」


 いざという時。

 それはつまり――


「相手の命を奪う時のことか」


 俺がそう言うと、アンはゆっくりとうなずいた。


「そういえばアンは――」


 言いかけて止まる。

『アンは人を殺したことがあるのか?』

 なんて聞けるはずがない。

 そして、その答えを聞いたうえで、俺は上手く返せる自信もない。


「ボクは……なんだい?」


 アンが俺の目を見て首を傾げる。

 あどけない仕草に、俺の頭がくらくらする。

 もしこんな子が……なんて考えると――


「あー……その、なんで〝変装〟って能力を選んだのかなって」


 俺は話題を変えた。


「え?」

「だって普通、どんな能力でももらえるってなったら、もっと無茶な願いをしないか?」


 自分で話題を変えておいてなんだけど、すごく気になる。

 なんでアンは変装なんて能力を願ったのだろう、と。

 望む能力をなんでも……なんて言われたら、もっとすごそうな能力を頼むはずだ。

 これは俺の精神年齢が低いからかもしれないが、少なくとも変装能力が欲しいなんて思うだろうか?


「……じゃあ〝ステータスオープン〟は無茶な願いなの?」

「いや、それはただの手違いだろ!」

「じゃあ、ダイスケは本当は何を願ったんだい?」

「そ、それは……!」

「それは?」


 アンはそう言って、無垢な瞳で俺を見てくる。

 やめろ。

 そんな曇りなきまなこで俺を見定めてくれるな。

 面と向かって最強とか、ハーレムとか言えるわけないだろう。

 かといって、ここで黙ってても変だし……。


「ほ、誇り高き精神……とか?」

「へえ……!」


 アンが感心するように口を開ける。


「なるほど。それを願うということは、君は誇り高くない精神の持ち主なんだね」

「おい」

「あはは、ごめんごめん、ちょっとからかってみただけだよ。……でも、そうだね……」


 アンは足元に目線を落とすと、再び顔を上げて俺の目を見た。


「……たぶん、自分以外の誰かになりたかったんじゃないのかな」


 アンはそう言うと、すこしだけ頬を緩ませ笑った。


「ふぅん……」


 いや、重っ。

 ダメダメ。

 ダメだって。

 俺の会話テクじゃ捌き切れないタイプのヤツだ。

 これ以上、首を突っ込むと大怪我をする。

 ほんと、なんか軽々しく訊いちゃって、ごめんなさい。


「――あっ!」


 ビクゥッ!?

 俺の心臓と肩が大きく跳ねる。

 前を歩いていたアンが突然声を出し、俺たちの進む先を指さした。

 ミィミ国である。

 国を取り囲む外壁と、閉ざされた大門おおもんが見えてきた。

 俺は表情を悟られないよう、アンを追い越してつぶやく。


「どうやら、帰ってきたようだな……」


 動揺しているのを悟られないよう、声のトーンを落とす。

 それにしても――


「離れてたの数時間だけだけど、なんか懐かしく感じるな」

「それほど、印象深い場所だったってことじゃない?」

「……え?」


 急に、後ろから男性のいい声が聞こえてくる。

 嫌な予感がし、俺はゆっくりと振り返った。

 そこにはアンの顔ではなく、ジョニィ・・・・……いや、ブラピが立って・・・いた。


「ダイスケ……ここからは気を引き締めていこう」


 いやはや、慣れとは恐ろしいものである。

 もうブラピの全裸を見ても、何も感じない自分に驚いている。


「それと、わかっているとは思うけど、この姿の時はブラピと呼んでくれ」

「お、おう……」

「余計な混乱を招くからね。それに、さっきも言ったけど、あの姿はきみ以外には極力、知られたくないんだよ」

「あ、うん。それはわかったけど、そもそもなんで全裸なんだ? ……ジャケット貸そうか?」


 俺はそう言って小脇に抱えていた、びちゃびちゃに濡れたジャケットを差し出す。

 全裸にジャケット。

 何もないよりはマシ……と言いたいが、おそらく全裸のほうがマシだと思う。

 しかし、ブラピは俺が差し出したジャケットを、そっと手で押し返した。


「いや、結構だ」

「……いいのか? 風邪とかひかない?」

「心配ありがとう。……でもボクはカゼが好きでね」

「……かぜ?」

「そう。この形態フォルムでは風を感じることが出来るんだよ」

「なんて理由だよ」


 最低だ。

 すくなくとも女の子が言っていいセリフじゃない。


「……と、いうのは冗談だけど」

「な、なんだよ……びっくりさせんなって」


 ははは……と、笑って流しかけて止まる。


「いや、冗談でもダメだろ」


 沈黙。

 答えないブラピ。

 そして見つめ合う二人。


「……全裸の理由は!?」


 たまらずツッコむ俺。


「まあ、いろいろとあるんだよ、これが」

「そ、そうなのか……?」

「ともかく。この時のボクは服は着ない。そう覚えててくれればいいよ」


 どうやらこれ以上は言えないということだろう。

 まぁ、もうどうでもいいんだけど……。


 ◇


「――あれ? なんでここに……おまえ、逃げたんじゃないのか?」


 レジスタンスのアジト内。

 糞まみれの俺を見て、エルネストが口を開く。

 まぁ、そういう反応になるよな。

 じっさい、ユーターンしただけだし。


「――じつは、彼が本当のギルドの援軍でね。国を脱出した時、徐々に記憶が戻って、下水を出たあたりで思い出したってわけさ」


 さらりと俺の隣で嘘をつくブラピ。

 事前に話は合わせろと言われていたけれど、よくすらすらと出てくるな。

 考えてたのか?


「そ、そうそう。あまりの臭いに、脳を揺さぶられて……」

「そうか! じゃあダイスケ、おまえやっぱ記憶なくしてただけなんだな!」


 ハッハッハ!

 と豪快に笑いながら、俺の肩を叩き――かけて、手を引っ込めるエルネスト。


「――それよりも、はやくシャワーを浴びてきてくれないか。鼻が曲がりそうだ」


 エルネストの後ろ。

 眼鏡をかけたラウルが鼻をつまみながら言う。

 そして、その隣ではリンスレットが白目を剥いて、涙を流しながら失神している。

 さすがにこの臭いは獣人にはキツかったみたいだ。

 俺は二回目ということもあり、一回目ほどの厳しさと切なさは感じていない。

 うーん。

 改めて慣れって怖い。


「……ごめんごめん。報告が先だと思ってね。それよりもアレイダは?」


 ブラピがラウルに話しかける。


「ああ、彼女はすこし用事があると言って出ていった。きみたちが帰ってきたという報告が来るすこし前だな」

「そうか……」


 ブラピが片方の眉をもたげ、怪訝そうな表情をする。


「なにか、彼女に用事でも?」

「いや、特になにも……」

「そうか? ……まぁ、ブラピがいない間、諜報員スパイはアレイダひとりだけだったからな。またいなくなって、いろいろとやるべきことが増えたんだろう」

「……あれ? てことは、誰もアレイダの行動を把握してないのか?」


 思った事をすぐ口にする。

 口にして、後悔する。

 ブラピからはなるべく余計なことは言わないよう、釘を刺されていたのに。


「そうだ。彼女は諜報担当だから、基本的に活動報告は事後報告になっている」


 俺の葛藤を知ってか知らずか、ラウルが普通に答えてくれる。


「あれ? そうなの?」

「ああ。だから、事前に『どこへ行くのか』、『何をするのか』を口外すれば、あらぬところから情報が流出して、危険にさらされる可能性があるかもしれないだろう?」

「ははぁ……なるほど……」


 そこは徹底しているわけだ。

 それと同時に、アレイダを信頼しているのだろう。


「ああ、そうだ。これも遅くなったけど、改めて、ダイスケのことについて――」

「浴びろ!! シャワーを!!」


 ラウルはそう、俺とブラピを怒鳴りつけた。

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