第10話 〝チカラ〟の本質


「ダイスケも気が付いたようだね」

「いや、気が付くも何もこれ……」

「そう。きみはステータス画面を表示するたびにMP……つまり、マジックパワーを消費している」

「そ、そんな、アホな……!」


 急に歩く気力が失せ、その場に立ち止まってしまう。

 なんということだ。

 こんなことはあってならない。

 自分のステータスを確かめるだけでMPが減っていくなんて――


「ステータスオープン!」


 俺の隣でアンがステータス画面を開き、閉じ、そしてもう一度開いてみせた。


「ごらん、ダイスケ」

「なにを……」


 こんなん……もう確認する気力もない。


「ボクのMPは〝100〟のまま。これはきみが特別だという――」

「いや、いらねえよ……」


 脚から力と……ついでに気力が、地面を伝って抜けていく感覚。

 俺は急に立ち眩みにも似た感覚に襲われ――


「くっ……!」


 その場にしゃがみ込んでしまった。


「……ダイスケ?」


 ざわ……ざわ……。

 アンの声で、テレビの、砂嵐のようになった視界が晴れていく。

 見ると、そこにはアンがしゃがみ込んで、俺の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫かい?」

「大丈夫じゃねえよ……!」

「え?」

「なんで俺だけ、ステータス画面を表示すればするほどMPを消耗すんだよ……!」

「それは――」

「そんなの、全然嬉しくねえし……こんな特別いらねえし……ただの枷だろ。それこそ縛りだろ……」


 ははは、と口から自嘲にも笑い声が自然と溢れ出る。


「とんだお笑い種だよな……前世じゃあんまりいいことなくって、挙句、馬鹿みたいな理由で死んで、今度こそ、と思って手に入ったスキルがこれって……」

「……ねえ、ダイスケ」

「なんだ」

「よく聞いてくれ。ボクは〝変装〟を使う時、MPを消費する。けれど、ステータスを表示するときは消費しないんだよ」

「……だからなんだよ。ステータスを表示するだけでMPを消費する俺は、マジで使い物にならないなって?」

「ダイスケ、そう卑屈になるな」

「卑屈にもなるわ、こんなん!」

「いいかい? よく聞いてくれ。……ボクが考えるに、ステータスを表示するのにMPを使用しているということは、普通のステータス表示とは違うんじゃないかな?」

「普通のステータス表示とは……ちがう?」


 アンに言われ、改めて俺のステータス画面を見る。

 そして、アンのと見比べてみる。

 しかし、差異などは見受けられない。

 しいて言うなら、表示されている数値の値くらいだ。


「……なにも違わないと思うけど?」

「そうだね」

「おい」

「いや、ごめん。そういう意味じゃなくて……ボクやダイスケが気づかないだけで、何かあるんじゃないかなって意味さ」

「ああ、そういう……って、どういうこと?」


 納得しかけたけど、まだ意味が分からない。


「ほら、一見してはわからない隠された能力……的な?」

「あー……たとえば?」

「うーん、そうだな、わかんないや」

「おいおい」

「ていうか、ダイスケも考えてみてよ」

「考える……?」

「そう、これまでの事を思い出してさ。なにか、なかったかい?」

なにか・・・……か」


 なにか、とはつまりこのステータス画面のこと。

 考える、とはこのステータス画面がアンのとは何が違うかということ。


「……うーん」


 たしかに最初は

『ステータス画面を表示するだけでMPを消費するなんて……』

 と悲観していたものの、アンの言うとおり

『逆にMPを消費しているからなにか・・・ある』

 と考えたほうが建設的ではある。

 だけど、考えれば考えるほど、わからない。

『ステータス画面で何が出来るか?』

 と言われても、自分のコンディションを確認することしかしたことないし。


「……そういえばきみ――」


 ちょんちょん、とアンが俺の二の腕を人差し指でつついてくる。

 こういうところは年相応で可愛いんだけど。


「なんだ、どうかしたか?」

「さっきステータス画面を閉じる時、なんか、ちょっと固まっていなかったかい?」

「固まる?」

「うん。ちょっと気になってたんだけど……なんというか、かな? 一瞬、間があったのような……」

「間……ねぇ……」


 そんなのあったっけ?


「そう、まるで……そうだな、感触でも確かめるように……」

「感触……おお、よくわかったな」

「え?」

「アンの言うとおり、ステータス画面の感触を確かめてたんだよ」

「あ、なるほど。あのときの間は、画面の感触を確かめていたの……へ?」


 アンが驚いたように口を開ける。


「いや……なんか、ステータス画面って、ひんやりしてるなって思って。アンのステータス画面もそんな感じなの――」

「ちょっと待った」


 ガバッ。

 アンが急に立ち上がる。


「な、なんだよ……」

「ダイスケ……きみは……なんでステータス画面に触れるんだ?」

「え?」

「ステータス画面というのは、いわばホログラムのようなもの。実態はなく、ただの視覚情報でしかないはずなんだ」

「……どういうこと?」

「つまり普通は触れないし、ましてや、その感触なんてわかるはずがないんだ」


 アンはそう言って、自身のステータス画面に向かって手を伸ばす。

 しかし、その手は、指は、画面に触れることなくすり抜けた。


「ほんとだ……」


 アンの言ったとおり、ステータス画面それはホログラムのようだった。

 今度は俺がアンの画面に手を伸ばす。

 ……触れない。

 感触も何もあったもんじゃない。

 ただ俺の指が空を藻掻くだけ。


「ちょっと、いいかい……?」


 アンに声をかけられる。

 見ると、アンがその小さな手で、細い指で、俺の画面に触ろうとしていた。

 おそるおそる……。

 まるで雨に濡れ、震える子犬に手を伸ばすようにアンの指が――


「……はああっ!!」

「ひゃっ!? な、なに……?」


 俺が声をあげると、アンがびっくりして手を引っ込めた。


「ご、ごめん、つい……続けて……」


 発作的なモノが出てしまった。

 あまりのおっかなびっくり・・・・・・・・加減に俺の精神が耐え切れなかったようだ。

 

「……ほ、ほんとだ……これは、たしかにひんやりしてる……」


 ペタペタ。

 アンが無遠慮に俺のステータス画面を触ってくる。

 なんだこの気持ち。

 俺は立ち上がると――

「ふぅ……」

 と息を整え、眼下にアンの姿を収めながらゆっくりと目を閉じた。


「す、すごいね……かちかちじゃないか……これは鉄……?」

「いや……鉄よりもずっと、もっと……」

「そうだね。……もっと硬い……ずしっと重量感もあるし」

「そうだろう……そうだろう……」

「それに、なんだろう……今まで触れなかったものに触れるのって、なんだか新鮮だね……」


 沈黙。

 そして――


「あ、あの……」


 おそらくアンが俺に語りかけている。

 さすがにキモ過ぎたか。

 ぶっちゃけ、俺もやり過ぎたと思ってる。

 俺としてはもっと続けたかったが――ここが潮時なのかもしれない。

 俺はゆっくり目を見開くと、眼下で困り顔を浮かべていたアンを見た。


「……なにか?」


 俺が尋ねると、アンはもじもじと、すこし言いづらそうにしながら、口を開く。


「他には……なんか、変わったこととか、ある?」

「……え?」

「えっと、あの……ステータス画面に触れられて、それがすこし冷たくて、硬くて……ほかには、何が出来るのかな?」


 アンにそう尋ねられ、頭からサーッと血の気が抜けていく。


「……そうだよ」

「え?」

「そうだよ! こんなことしてる場合じゃねえ!」

「こ、こんなことって……?」

「アンの言うとおりだ。画面に触れて、それはすこし冷たくて、硬くて……それがどうしたんだよ」

「うん、それは逆にボクが聞きたいんだけど……」

「もしかして、これで俺の能力、頭打ちってわけじゃ……ないんだよな?」

「そ、それ、ボクに訊いてるの?」

「なにか、他にもあるんだよな? なんかこう……すごい能力とかがさ」

「……いや、ボクは知らないけど……」

「本当に言ってる?」


 再び、沈黙。

 あ、やばい。

 また貧血になりそうだ。


「……まぁ、あれだね」


 アンがおもむろに口を開く。


「予想外ではあったけど、けっこう面白い能力じゃないか」

「……なにが?」

「名前は……そうだね、〝可触のタッチャブル能力表ステータス〟とか、どうだい?」


 俺を気の毒に思っているのか、アンがフォローに回っている。


「どうだい? とか言われても……てか、勝手に人の能力に名前つけるなよ……」


 もはや、さきほどまでの俺の元気はどこへやら。

 俺は最低限の口の動きで、つぶやくようにツッコんだ。


「……でも、ほら、ボクはいいと思うよ。うん」

「どこが」

「すくなくとも……とても……ね、個性的、じゃないか」

「だから?」

「いーなー……うらやましーなー……」


 これはもはや、フォローというより煽ってきてないか?


「うらやましいのか……?」

「う、うん……」

「じゃあ俺の、タッチャなんとかと……」

「〝可触のタッチャブル能力表ステータス〟?」

「そう、それ」


 なんか俺の能力が、すごくダサい名前で定着しようとしてる。

 まぁ、それは置いといて――


「……アンの〝変装シェイプシフター〟を交換できるなら、してくれるか?」

「いやだけど」

「おいおいおい」


 即答だよ。


「絶対にいやだけど」

「二度も!? おま……いくら女の子でも言っていい事と悪い事があるだろ!」

「ごめん。でも嫌なものは嫌なんだ」

「ぶん殴ってやろうか! 俺のクソみたいなステー……タス……画面……で……?」


 俺の言葉が、声が、段々と尻すぼみ的に小さくなっていく。

 そして、俺とアン。

 二人同時に、はたと顔を見合わせた。


「だ、ダイスケ……」

「あ、ああ……まさか……」


 俺は半信半疑のまま、自分のステータス画面に触れた。

 相変わらずひやっこいけど、今回はそうじゃない。

 俺はさらに、両手で画面の両端をガシッと掴んだ。


 そう。

 俺はこのステータス画面を動かそうとしている。

 そしてそれを理解しているのか、俺の隣でアンも静かに見守っている。


「い、いくぞ……!」


 俺がそう言うと、アンは軽くうなずいた。

 手から腕にかけて力を加える。

 俺はゆっくりと。

 それでいて、しっかり腕を固定しながら、一歩だけ後ろへ下がった。

 動……いた。

 動いた。


「おお……」


 俺はステータス画面・・・・・・・を持ったまま、縦に揺らしたり、くるくると回したりしてみる。

 重さは感じない。

 軽いとかそういうのじゃなく、そもそもモノを持っている感覚がない。

 たしかに、指には画面の角が当たってるという感触はある。

 しかし、それを支えている腕のほうには、まったく負担がない。

 例えるなら、吊るされているものを自由に動かせている感じ。


 触れる。

 そして、動かせる。


「てことは……」


 俺はステータス画面それを振り上げると――

 思い切り地面に叩きつけた!


 ザシュ!!


 ステータス画面それはまるで刃物のように、半分だけ、角から地面に突き刺さった。


「やば……もう武器じゃん、これ」

「だね」


 アンがその場にしゃがみ込み、指で画面の端をなぞる。


「――いっ!?」

「なんだ? どうかしたのか?」


 俺がそう尋ねると、アンは自身の指の先。

 第一関節ぶんを口に含んだ。


「アン、おまえ……もしかして……」


 俺がおそるおそる尋ねると、アンはうなずき、その指のを見せてきた。


「切った……のか?」


 アンの人差し指。

 その腹。

 そこには横一文字に、まるで刃物で切ったかのような、赤い線。


「……そのようだね」

「大丈夫か?」

「うん、少し切れただけだから……」


 ハッとなって、今度は俺の両手を見てみる……が――


「……なんともない」

「そのようだね」

「ちょっと待て、俺、アンとは違って結構ガッツリ持ったはずなんだけど……」

「おそらく……この能力の、持ち主への保護機能じゃないかな」

「保護機能……」

「ボクは軽く触れた程度でこれだった。だからこれは……ダイスケ」

「なんだ」

「きみの能力だけど、案外、馬鹿にできないかもしれない」

「……いや、馬鹿にしてたんかい」

「ちょっとね」

「おいおいおいおい。……でも、自分で言うのもなんだけど、切れ味抜群のステータス画面って、使える場面あるか?」

「あるさ」

「たとえば?」

「いや……だってこのステータス画面、ボクら以外には見えないんだよ?」

「あ」


 誰にも見えない、切れ味抜群の武器・・

 そう考えると、たしかに強い。

 これならMPを消費するのもわかる。


「それにこれ――」


 アンはそう言って、また画面に触ろうとして手を伸ばす。


「ちょ、やめとけって。また怪我するぞ……」

「ううん。大丈夫、角には触らないから」

「それなら……」

「それで、さっき触ってみて思ったんだけど……」


 アンは、今度は地面に刺さっている画面を、正面から押した。


「……やっぱり」

「なにが?」

「ボクでも触れはする。そのうえで不用意に触れば、傷つきもする」

「ああ、そうみたいだな……」

「けど、ステータス画面これを動かすことは、きみにしか出来ない」

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