第5話 国外逃亡


「――さて、おさらい・・・・はここまでにして、ここからは作戦会議だ」


 エルネストがそう切り出すと、メンバー全員がぞろぞろと長机に集まってくる。


「ふふん。ダイスケが役立たずってこともわかったしね」


 にしし。

 リンスレットがいたずらぽく笑いながら、俺の顔を見てくる。

 ムカつく。

 ……が、俺はもう、こいつの対処法は知っているのだ。


「ほら、もっかいあれやってみてよ」

「………………」

「すてえたすおぷーん、とかいうやつ」

「………………」


 無視。

 ひたすら目も合わさず、口も利かないことである。

 幼稚だと揶揄されるかもしれないが、こうすれば――


「ご、ごめんってばぁ」


 こうして涙目、涙声になりながら謝ってくる。


「そんな、無視しないでよぉ……」

「………………」

「うぅ……ぐすっ、ごめん……謝るから、無視しないで……」


 いい気味である。

 けど、戦闘員のくせに、メンタルが豆腐すぎないか? この獣人?


「ダイスケ。気持ちもわかるが……」


 ラウルが面倒くさそうに口を開く。


「あ、やりすぎた。……ごめん、リンスレット」

「うん……ゆるす……」


 上から目線なのがいまいち癇に障るが、俺の謝罪を受け入れてくれた。

 ……でもよく考えてみたらこれ、はたしてやりすぎ・・なのだろうか?

 俺が悪いのか?


「ブラピ、例のものを……」


 エルネストがそう言うと、ブラピはどこからか取り出した紙の束を机の上にバサッと広げた。


 ……いや、マジでどこから取り出したんだ、この紙の束。

 あんたの体に隠す場所はないだろ。

 むしろこっちとしては、いろいろ隠してほしいんだが……。


「いつもご苦労さん」


 エルネストがブラピを労う。


「おやすい御用さ。君たちはどんどんボクに頼っていい。その為にボクがいるんだからね」


 ラウルが二人のやり取りを尻目に、その束をほどき、机の上に並べていく。

 なんだろう。

 図形……のようにも見えるが――


「……ラウル、これは?」

「うん? ああ、そうだな……」


 ラウルは手を止めると、眼鏡を中指でくいっと上げる。

 しまった。ちょっと話しかけるタイミングが悪かったか。


「これはだな……」


 俺がそう思っていると、エルネストが代わりに答えた。


「地図だよ」

「地図?」

「そう。見取り図とも言う」

「ああ、なるほど……」


 たしかに、言われてみると家の間取り図みたいだけど――


「どこの?」

「城のだ」

「城の……? なんでそんなものを……」

「ラウルが言ってただろ。これは戦争じゃないって」

「あっ、じゃあ、もしかして……」

「そうだ。オレらの目的は現政権の打倒。――すなわち、国王の暗殺だ」

「ほわぁぁ~……」


 あまりにも聞き慣れない言葉に、変な声が出てしまう。

 なんだか物騒になってきたな……と思ったけど、そういえば最初から物騒だった。

 そして俺は今、その物騒なことに足を突っ込みかけている。

 本当ならいますぐここで〝グッバイ〟して部屋にこもりたいのだが、この世界には俺がこもれる部屋も、帰れる手段もないのだ。

 なんて世界だ。

 泣けてくる。

 まさか、社畜時代のときのほうが幸せだったなんて。


「この見取り図があれば城へ潜入した後、速やかに行動に移せる。それと……ブラピ」

「なんだい?」

「国王のスケジュール表……つまり、やつの一週間の行動表はあるか?」

「無論、それも作ってある」

「助かる。出せるか?」

「勿論だとも。……ただ、その前にひとついいかな?」


 ブラピがそう言って、手をあげる。


「ああ」

「作戦開始まで時間はある。その前に悪いけどボクは――」

「……いまさら降りるなんて言わねえだろうな?」


 エルネストが釘をさすように言う。


「それはない。ボクの任務は君たちについて、この国の行く末を見守ること。そこに噓偽りはないよ」

「……そうか。悪かった。話を続けてくれ」

「そのうえで、一旦お暇をいただきたい」

「おひまだあ?」


 エルネストが眉をひそめる。


「そう。君もわかっているだろうけど、当初と少し話が変わってきている。要請した援軍が来ないばかりか、代わりに何も知らないダイスケがここにいる。まさにイレギュラー続きだ」

「……だな」

「したがって、このままこの問題を放置すると作戦の実行に支障が出ると判断した。だから、ここでボクは一旦、隣国のギルドに戻ろうと思うんだ。……ダイスケを連れて」


 ちらり。

 ここでブラピが俺を一瞬だけ見た。


「それで、ギルドの意向とやらを訊いてくると?」

「そうだね」

「だが、それでもし、ギルドが手を引けって言ったら?」

「……エルネスト。繰り返すようだが、それはない」


 力強い口調でブラピが断言する。


「……ただ、ボクから言えるのは、この現状は、想定していた状況とは大きく異なっているということだ。だからボクは、今度は直接ギルドへ赴き、この状況について精査し、必要とあらば援軍を呼ぶ必要があるんだよ」

「それはわかってるんだが……」


 エルネストはそう言うと、しばらく顎に手をあて考え込むような素振りをした。


「――わかった。許可しよう」


 エルネストがまっすぐブラピを見る。


「……ありがとう。そして、その決断に感謝を。エルネスト」


 ブラピはそう言って、恭しくお辞儀をして見せた。


「おう。……だが、裏切ったときはわかってるよな?」


 エルネストの刺すような視線が、ブラピに向けられる。

 近くにいる俺でも、思わず身震いするほどだ。

 いや、もしかしたら、ただ単に尿意があるだけかもしれない。


「……どうするつもりだい?」


 ブラピが何という事はない、と言った感じで訊き返す。

 エルネストは椅子の背もたれに体重を預けると、両手を上へ向けた。


「な~んもできねえさ。お手上げ」

「ふふ、君らしいね」


 ブラピが小さく笑う。


「ああ、それくらい……ブラピ。あんたを信用してるってことだけは、忘れないでくれ」

「わかってるさ。期待には応える。必ず、君たちの益になるような情報と、人手を用意すると約束しよう」

「頼んだぜ」


 エルネストがスッと手を差し出す。

 ガシッ。

 ブラピはそれに応えるように、その手を強く握った。


「――さて、じゃあ行こうか、ダイスケ」


 ブラピが俺の顔を見る。


「え? 行くって……?」

「この国の外だよ。聞いていなかったのかい?」

「で、出られるんですか? 本当に?」

「ああ、わざわざ関係ない人間を巻き込む必要もないしね」

「おほー!」


 嬉しさのあまり、変な声が出る。

 これから国を変えようとしてる人たちの前で、この反応は些か配慮に欠ける。


「お、ほ……お……おほんおほん……急に喉の調子が……!」

「……それとも、ここに残りたいかい?」

「出たいですッ!!」


 素直な俺。

 もはやツッコむ気力も失せたかのか、エルネストをはじめ、そこの全員が苦笑いを浮かべている。

 ごめんなさい。

 一般人が、こんなところにお邪魔しちゃって。

 けど、まさか、この流れで俺も出られるとは思いもしなかった。

 まさにブラピ様様である。

 多少、名残惜しい気もしなくはないが、命には代えられない。


「さて、じゃあ、いつもの所へ行くとするか……」

「いつもの所……?」

「そう。この国から普通の手段では出られない。だから、普通じゃないところから出入りしないといけない」

「え? え?」


 嫌な予感しかしないんだけど……。


「下水……つまり、ここのトイレを使って外に出るよ」

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