第4話 ステータスオープンしたら笑われました。


「は? なに? ……だれこれ?」


 キツネの獣人が俺の顔を見ながら、エルネストたちに声をかける。

 エルネストたちはそれに対してあまり答えず、にまにまと笑っていた。

 いや、どういうことだよ。


「あー……なるほどね」


 獣人はそんなエルネストたちの表情を見て、得心がいったようにうなずいた。


「わかった。あなた、ブラピの同僚……ギルドの職員の人間でしょ?」


 ビシ。

 キツネの獣人が、俺に近づいてきて指をさしてくる。

 なんだこれ?

 この気安い感じ。

 緊張感のなさ。

 もしかしてエルネストたちの仲間……なのか?

 獣人なのに?

 この組織ってたしか、獣人に反抗するための組織だったんじゃないの?


「ち、違います……けど……」

「は? ……じゃあなんで笑ってんのよ、あんたら?」


 獣人がエルネストたちを責めるように見る。


「あ、あの、もしかして……このヒト・・もレジスタンスの……?」

「ククク……正解だ、ダイスケ」


 エルネストが笑いをこらえるように言う。


「おいリンスレット」

「なによ」

「どうやら理解力に関しては、おまえよりもダイスケのほうが高いみたいだな」

「そんなこと言われても……てか、説明しなさいよ。あんた誰なの?」


 リンスレットと呼ばれた獣人に睨まれる。


「お、俺は――」


 ◇


「――なるほど。ギルドの職員かも知れないし……違うかもしれない……と」


 俺はこの世界に来てから、いままでの経緯をかいつまんで話した。


「はい……」

「ふぅん? ……なにそれ?」


 いや、そんなこと言われてもな……。


「ていうか、じゃあ私、あってるじゃん」

「え?」

「最初にギルドの職員? って訊いたわよね?」

「いや、たぶん違うと思うんですけど……」

「なによ、煮え切らないわねぇ……」


 これみよがしにため息をつかれる。


「まあいいわ。リンスレットよ。反政府組織ここで幹部やってるの。よろしくね、ダイスケ」


 さっきラウルが言っていた最後の幹部か。

 それにしても、獣人が幹部なんて……。


「ちなみに、そこのヒゲダルマとおんなじで、担当は戦闘よ」


 リンスレットがそう言いながら、フィデルを指さす。


「いや、ヒゲダルマはさすがにひどいような……」

「なに? ヒゲダルマはヒゲダルマじゃない」


 まぁ、フィデルが何も言わないんだったら、俺もこれ以上は言及しないけど。


「それで……あの、そもそも、なんで獣人が反政府組織に?」


 おい。

 なんで普通に質問してるんだ、俺は。

 すこし和やかになってきた、場の雰囲気にでも流されたか?

 どう考えても、やんごとなき理由があるに決まってるだろ。


「そんなことまで言わないとダメぇ~? あんた部外者でしょ? なら関係ないと思うけど」

「ごもっともで……」

「リンスレット。あまり邪険にするな。ブラピが連れてきたんだからよ」


 エルネストがたしなめるように言う。


「はいはい。『現政府に不満があるから』……これでいい?」


 軽薄そうな言動に反して、それなりにまじめな動機だな。


「不満……ですか?」

「そ。私は今のこの国ミィミは間違っていると思ってる。本当は他の国みたいに、人間たちと手を取り合いながら生きていかないとダメだって」

「そうなんですか……」

「うん。このまま獣人だけでやってっても、どうせ先細りするだけだしね。パ……国王も、何考えてるかわかんないし」

「パ?」

「そこは引っかかんなくていいの」


 じろり、とリンスレットが睨みつけてくる。


「ごめんなさい……」

「だけど、その考えに同種の誰も賛同してくれないから、ここに所属してるってわけ。わかった?」

「は、はい」

「……ねえ、エルネスト?」


 リンスレットが俺から視線を逸らし、エルネストに話しかける。


「なんだ」

「ちなみにこのダイスケって子、何が出来るの?」

「〝子〟って、おまえなぁ……どう見てもダイスケはオレらとタメくらいだろうが」


「え?」


 俺とリンスレットの声がかぶる。


「うそ……ダイスケ、あんたいくつ?」

「二十六……ですけど」

「まじ? あたしより六歳も年上じゃん!」

「え……」


 マジ?

 獣人の年齢とか気にしたことなかったけど、同世代の獣人ってこんな感じなのか?

 それに、エルネストとかどう見ても二十代の風格じゃないだろ。

 それに、オレってことは、アレイダもフィデルも……もしかして、ブラピも!?


「あ、あの、ブラピ……さん?」

「なんだい、ダイスケ」

「いま、おいくつなんですか?」


 俺がその質問をした瞬間、他の人たちも前のめりになる。

 なんだ? みんな知らないのか?

 ということは――


「うーん……秘密、かな?」


 やっぱり教えてくれないか。

 ブラピがそう答えると、所々からため息が聞こえてくる。

 俺も知りたい反面、知りたくない。

 なんという二律背反ジレンマ


「――じゃ、じゃあ……ダイスケ……さん……?」


 リンスレットが借りてきた狐……もとい猫のように、俺に話しかけてくる。

 上目遣いの潤んだ瞳。

 すこし癖のある金色の前髪が、狐特有の下がり気味の麻呂眉にかかる。

 その、なんとも言えない雰囲気に俺の庇護欲が掻き立てられる。

 正直、この奥手そうなリンスレットでもいいけど、それはそれでくすぐったい気がするから――


「いや、無理に〝さん〟はつけなくていい……よ」

「ほ、ほんとに?」


 リンスレットの表情がパァッと明るくなる。


「うん」

「じゃあ、ダイスケ!」

「うん?」


 適応が早いな。

 自分で言った手前強くは言えないけど……引っかかるな。

 まあいいか。


「あんた、何が出来んの?」

「ほんとうに唐突だな。態度の変化が」

「なによ、わるい?」

「いや、わるくないけど……というか、〝何か〟ってなんだよ」

「いや、ほら、ギルドがここに送るくらいなんだから、何かできるんでしょ?」

「いや、だから俺はギルドとは無関係の人間で……」

「あ、ちなみに、ブラピは変装が上手いのよ」


 リンスレットがブラピを指さしながら言う。


「あれ、そうなんですか?」

「まあね」


 ブラピはそう言って、手でブイサインを作る。

 意外だ。

 ……いや、ブイサインをするくらい陽気なのが意外じゃなくて、変装が上手いということに対してだ。

 でも、潜入任務とか言ってたし、ギルドが送り込むくらいなんだから、腕は確かなのだろう。


 それにしても……できること、か。

 考えてみても、とくに思い浮かばないな。

 あの女神も、特になんのオプションも付けなかったって言ってたし。

 最強も。

 ハーレムも。

 今の俺からすれば、はるかに遠い。

 ……あれ?

 そういえば、なんかつけたって言ってたな。

 たしか――


「……ステータスオープン」


 俺は何となしに手をかざし、それを唱えた。

 すると――

 ブォン!


「うわっ……!?」


 おもわず声をあげ、椅子から転がり落ちる。

 俺の目の前に突然、ステータス画面・・・・・・・が現れたのだ。

 いや、急にステータス画面とか言われても困ると思うが、事実、そうとしか言えない。

 白い枠に黒地の画面。

 ひと昔前の、国民的ロールプレイングゲームに出てくるステータス画面と同じだ。


「ちょっと、なによいきなり。……だいじょうぶ?」


 リンスレットがいち早く手を差し出してくれる。


「ああ、ごめん……」


 ぎゅっ。

 相変わらず、ふかふかな毛にぷにぷにの肉球だ。

 この手が、俺を狂わせたのか。

 まったくなんて魅力……忌々しい手だ。

 だが、やはり抗い難し。

 一度、猫カフェに行ったことあるけど、あの時も夢中で肉球を触り続けてたっけ。


「……ヘンタイ」


 不意に上から言葉が飛んでくる。

 見上げると、リンスレットは頬を赤くさせ、軽蔑するような目で見ていた。


「ご、ごめん。でもこれ……」


 俺は手を離すと、ステータス画面を指さした。

 しかし――


これ・・って……なに?」


 リンスレットがそう尋ねる。


「え?」


 俺も訊き返す。


「あんたには……なにか見えてるの?」


 俺にしか見えていない?

 いや、人間以外には見えないのか?

 と思い、他のメンバーの顔を見てみる。

 全員、表情がパッとしない。


「え? いや、これ……ほら、白い枠に黒地のステータス画面……」

「〝すてえたすがめん〟だあ? なんだそりゃ?」


 エルネストが訊き返してくる。


「もしかして……誰も見えていないのか? これが?」

「見えるも何も……」


 エルネストが全員の顔を見渡していくが、全員が全員、首を横に振った。

 俺は改めて、タブレットほどの大きさのステータス画面を見る。



 ダイスケ Lv.:1

 職業:童貞

 HPヒットポイント  :26

 MPマジックパワー  :10

 STRストレングス  :4

 VITバイタリティ  :4

 DEXデクステリティ   :3

 AGIアジリティ   :5

 INTインテリジェンス  :7

 LUKラック   :17



 と記されていた。

 いや、この内容だと、逆に見えていないことが幸いしたか……?

 というか、職業童貞ってなんだよ。

 どんな職業だよ。

 なにが仕事なんだよ。

 魔法使いか?

 魔法でも使えるのか? 俺は?

 だが、しかし、これは……なんというか――


「よえー……」


 思わず心の声が漏れ出る。

 いや、基準は知らんけど。

 もしかしたら〝10〟がマックスで、LUK幸運が限界突破してるだけなのかも知らんけど、色々なゲームに触れてきた俺だからわかる。

 俺は弱い。


「だいじょうぶ? ダイスケ?」


 リンスレットが心配そうな顔で俺を見つめてくる。


「まぁ、だいじょうぶ……」

「……で、結局なにができるの?」

「あー……ステータスオープン?」


 俺は正直にそう答えると、皆、くすくすと俺を嘲るように笑い始めた。

 もうやだ。おうち帰りたい。

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