第3話 レジスタンスのバラード


 突然だが、俺は今、反政府組織レジスタンスのアジトにいる。

 ……と言っても、べつに拘束されているわけでも、監禁されてるわけでもない。

 どこかの地下にある、いまは使われていない施設を自分たちで改造したそうだ。


 ところどころが折れ、中の木材が露出している長机。

 中の綿が飛び出して、革が剥げているソファ。

 俺はそのボロい長机の近く。

 座ると、ギィギィと音の鳴る椅子に座らされていた。


 ちなみに、アジトではあるが、わらわらと人が出入りしているわけではなく、この場にいる人間は全員で六人。

 まずは俺とブラピ。

 ブラピはここへ来る道中、その見た目からは想像できないほどの身のこなしで、俺のことを守ってくれた。

 飛んだり跳ねたり走ったりするたびに、ブラピのジョニィが暴れ馬のように荒ぶっていたのは、俺の記憶から消してしまいたい。


 ……話を戻そう。

〝守ってくれた〟

 これはつまり、獣人からだ。

 ここは〝ミィミ〟と呼ばれる国らしいが、ここでは獣人が人間をまるで家畜のように扱っており、それをよしとしない人間たちが、現政権を打倒すべく、このような組織を作ったらしい。

 余談だが、俺が捕まっていた理由・・・・・・・・・も説明してくれた。

 やつらは俺を解体し、俺の部品・・を、別の人間……家畜人間などの部品の代替品としようとしていたのだ。

 要するに家畜、奴隷人間用のドナー。

 ブラピが助けてくれなければ今頃……だめだ、考えるだけでも恐ろしい。


 まったくとんだ異世界転生の幕開けだ。

 再序盤でいきなり死にかけるとか、あっていいはずがないだろう。


 ――以上、ここまでが、道中にブラピから伝えられた、この世界の情報の断片。

 これ以上の事を知るには、俺から他の人に質問しなければならない。……んだけど――

 俺はここで、この部屋にいる人間……つまり、俺とブラピ以外の四人を見た。

 まずは黒髪のオールバック。もみあげとあごひげが繋がっており、髭面で恰幅のいい男。

 つぎに銀縁の眼鏡をかけていて、身長が高くすらっとした男。

 そして垂れた目が特徴的な、くすんだ金髪の女性。

 最後に、くせ毛の上にベレー帽のような帽子をななめにかぶり、ぶっとい葉巻を咥えている男。


 誰にも話しかけたくねえ。

 とくに葉巻を咥えてるリーダーぽいやつとは、絶対そりが合わない。

 それに、他の人間はそうでもないが、そいつだけが俺を値踏みするように見てくる。


 なんですか。

 俺、何かしましたか?

 というか、俺をじろじろと見るよりも、俺の隣にいる全裸のおっさんを見ろよ。

 ちなみに俺は現在全裸ではなく、取り戻したスーツを着ていた。


「……おい、ブラピ。そいつが――」


 葉巻の男が口を開く。

 低く、酒焼けでもしたような、かすれた声。

 はっきり言って怖い。

 まず実生活で、関わり合いになりたくないタイプの人間筆頭だ。

 というよりも、そもそも反政府組織に関わっている事自体があれなんだよな……。


「ああ、そうだエルネスト。この人が、ボクの言っていたギルドの職員だよ」


 ブラピが俺のほうを一瞥して、エルネストと呼ばれた男に言う。

 なるほど。そうか、俺はギルドの職員だったの――


「……え? ギルドの職員?」


 思わず訊き返す。


「おい、違うみたいだぞ」

「……あれ、おかしいな。こんな時期にミィミに出入りするような人間は、いないはずなんだが……きみ、なにか忘れていることはないかい?」


 ブラピが俺の顔を見て質問を投げかけてくる。


「いえ、とくには……」

「じゃあ、なんであんなところに?」

「いえ、急に飛ばされて、俺も何が何だか……」

「ふむ。飛ばされた・・・・・ということは、転移魔法の類だと思うけど……」


 転移魔法。

 この世界、やっぱりそういう魔法もあるんだ。

 こういう状況だが、すこしだけ胸が高鳴る。


「それが起因して、彼の脳内で記憶障害でも引き起こしているのか……?」


 ブラピはひとり、ぶつぶつとつぶやき始めた。


「チッ……つーことは、だ。おまえらの組織の後ろ盾はもう、望めねえってことか?」

「どうかな。……なにせ、ここからだと組織との連絡がつかない。だからその動向も掴めない。だが、組織がボクを送り出した時点で、少なくとも君たちの作戦には賛同・・・・・・・・・・している・・・・ということは忘れないでほしい」

「あ、あの……」


 なぜかこのタイミングで手をあげてしまう俺。

 しかし、この場にいる人間は、誰ひとりとして面倒くさそうな顔をしない。


「なんだ。何か言いたいことでもあるのか?」


 銀縁眼鏡の男が話しかけてくる。


「いえ、その……ブラピさんって、あなたたちの組織の一員では……?」

「……おい、ブラピ。こんなやつが本当におまえのところの職員なのか?」


 エルネストが忌々しそうにブラピを睨みつける。


「いや、どうだろう。職員なら記憶をなくしているだけだと思うし……それに、ほら、現状を理解するためにも、いままでの情報をおさらいをしておいたほうがいいんじゃないかな」

「おさらいだあ?」

「……そうね。賛成。そうしましょうよ」


 垂れ目の女性がブラピに賛同する。


「しゃあねえか……っと。んじゃ、まずは自己紹介だな」



 エルネストはそう言うと、葉巻の火を靴底にぐりぐりと押し当てて消した。



「オレの名はエルネスト。ここの組織の頭目……リーダーを任されている。よろしくな。えーっと……」

「大輔。小川大輔です」

「よろしくな、ダイスケ」


 エルネストはそう言うと、ニィッと口角を上げて笑った。

 初対面の時の怖い印象とは違い、じつはかなり人懐っこい人なのかもしれない。


「オレはラウルだ」


 ラウル。

 そう名乗った銀縁眼鏡の男が、すっと眼鏡と手をあげる。


エルネストこいつに代わって、作戦の具体的な指示を部下たちに出している。参謀……といえば聞こえはいいが、ただの便利屋だ。よろしくな、ダイスケ」

「よ、よろしくおねがいします。ちなみにその、部下というのは……?」

「うん? 部下は部下だ。俺たちの組織のな」

「なるほどですね……」

「まぁ、ここにはいないが……俺たちの他にもあと、五〇人くらいいる」

「ごじゅ……!? そんなに……?」

「いや、少ないよ。王様お抱えの兵はおよそ三〇〇〇。戦力にして、じつに六〇倍だ」

「さ、三〇〇〇……」

「イヤになるだろ? オレもさ……」


 ラウルはそう言って、眼鏡を中指で上げながらニヤリと笑った。

 それにしてもめっちゃ下がるな、あの眼鏡。

 あってないんじゃないか?


「……でもま、オレたちがやるのは戦争じゃあない。王獲りだ」

「王獲り……」


 なるほど、将棋みたいなもんか。


「だから、五〇いれば十分……てな」

「は、はぁ……」

「ちなみに、今この場にいるのは幹部だけだな」

「幹部……」


 エルネストとラウルにブラピ。

 ……いや、ブラピはこの組織の人間じゃないんだっけか。

 そして、あとは自己紹介が済んでいない女性と男性がひとりずつ。


「……その幹部だが、じつはあともう一人いるんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、けどま、今日は来てねえな……」

「はぁ……そ、そうなんですね……」

「どうも、ワタシはアレイダ」


 垂れ目の女性が、朗らかに笑いながら挨拶してくる。


「……それで、こっちの髭面で、無口なのがフィデルよ」


 アレイダに紹介されると、フィデルと呼ばれた男性が静かにうなずいた。

 座ってはいるものの、この中では圧倒的に体が大きい。

 立つと、身長一九〇センチ以上はありそうだ。


「ワタシは主に諜報……ブラピと役割はほぼ一緒だけど、ブラピがここに来る前までは、ワタシひとりで動いていたの」

「諜報員……」


 俗に言うスパイだな。

 ブラピがブラピだったから、こっちはもしかしてアンジェリーナとかそっち系の名前かと思っていたけど、普通の名前だった。

 いや、あっちも特別珍しい名前じゃないけど……。


「フィデルは戦闘を担当しているわ」

「戦闘員……」


 なるほど。たしかに体つきがゴツイからな。

 俺はフィデルを一瞥すると、なぜか力こぶを見せつけてきた。

 この人も最初は無愛想な感じだと思ったけど、意外とノリがいいのかもしれない。

 ちなみに、その腕は俺の顔と同じくらい太い。

 さすが戦闘員。


「――と、こんな感じかな……よろしくね、ダイスケ」

「あ、ああ、よろしくおねがいします……」

「さて、自己紹介もこれくらいにしておいて本題へ行こう」


 ブラピがそう言って、すっくと立ちあがる。

 相変わらず、ブラピのジョニィがブラブラピットしているが――俺はもう慣れた。

 おそらく、ここにいる人たちもこんな感じで慣れていったのだろう。

 ……まぁ、果たしてそれが、良いことなのか悪いことなのかはわからんが。


「……あれ、というか、まだブラピさんへの質問がまだなんだけど……」

「おや、そうだったかい?」

「話を聞いている限りだと、エルネストさんたちとは違う組織の人みたいですけど……」

「ああ、ボクはギルドの者でね。……ギルドってわかるかな」


 もちろん聞いたことはある。

 主に物語の中でだけだけど。

 色々な定義はあるけど、主にやっている事と言えば――


「仕事を斡旋している場所……ですか?」

「うん、大体そんな感じだね。ボクはそのギルドが派遣した人間でね。この国の人間たちを助けに来たんだよ」

「助け……?」

「そう。獣人から隷属の解放だね」


 ブラピにそう言われ、あの町の惨状を思い出す。

 たしかに皆、獣人に家畜が如く扱われていたけど……。


「君も見たと思うけど、この国では人間は家畜以下の扱いを受けているんだよ」

「……でも、それはこの国の問題であって、外部からわざわざ介入するようなものでは……」


 そこまで言って、言葉を引っ込める。

 しまった。

 俺はいま、反政府組織――いわゆるレジスタンスの本拠地にいるんだ。

 さすがにこの質問は、迂闊過ぎたか?


「……うん、たしかにダイスケの言うとおりだ。それが国内だけに留まっていたのなら、ボクたちギルドもわざわざボクを派遣しなかったと思う」

「あっ、ということは……?」

「そう。国外から来た人間も同様の被害を受けているんだよ」


 なるほど。それはたしかに問題だ。

 ……と思う反面〝国外〟という言葉に、心底安堵する。

 つまり、この国以外にも国はあって、そこでは普通に人間が暮らしているということ。

 この世界に来て、正直一番ホッとした。


「それを見過ごせなくなったギルドが、反政府組織に手を貸すために、ボクをここに送り込んだってわけ」

「なるほど……ということは――」


 ガチャッ。

 俺が発言するよりも前に、部屋の扉が急に開く。

 そして、そこには――


「じ、獣人……!?」


 オレンジ色の体毛に、金色の長い髪。

 ピンと立った先端の黒い耳、長い長いまつ毛。

 まるでキツネのような獣人が、突然、この部屋へ入って来た。

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