緑色の薫風・赤い色の花

 スカッと晴れた、五月四日・火曜日。午前十時。ちょうど良い暖かさ。

 五月の一日から三日まで曇りか雨で、ずっとのびのびになっていた。

 今日は待ちに待った、ピクニック日和。

 はじめ櫻子さくらこ咲子さくこまもるのみんなが、校門の前に集合していた。

「よかったなあ。ゴールデンウィークはずっと雨かと思った」

 ウッキウキのはじめ

「これだけ待たされたもの。お弁当、張り切って作っちゃった」

 肩から下げたバッグをポンポンたたく咲子さくこ

「なに作ってくれたの?」

「お昼になってからのお楽しみ」

 もらう気マンマンのまもるに、咲子さくこはもったいぶった。

「私はアメ〜リカンな lunch (ランチ)」

「ステキなステーキ!」

 声はずむはじめ

「そんなバナナな。ハンバーガー、Bigビッグ (とにかくでっかい)よ」

 櫻子さくらこはじめのダジャレにつきあう。

「ぼくは自分で作ったおにぎり。おかずも全部、おにぎりの中」

 不敵な笑みのまもるに、はじめは汗がたらり。

「や、闇鍋じゃなくて闇おにぎり?」

「チッチッチッ。ま〜だまだ若いな、はじめちゃん」

 人差し指を立てて左右に振るまもるはじめは汗ダラダラになりそう。

はじめ。背中の coolerクーラー(クーラーボックス)はなに?」

 両肩から、おもいっきりはみ出したクーラーボックス。見るからに重そうだ。はじめは軽ガルっとかついでいるが。

「あー。なんか母さんが張り切っちゃって」

「みんなの分の弁当と、おやつとかおやつとかオヤツとか……」

『うわぁ……』

 絶句する三人。おやつがメインディッシュか?

「そんなにいっぱい、どうすれば……」

 途方にくれるみんな。

「だ、大丈夫。私ははじめを信じてる。はじめはやれば全部食える子よ」

「お、おう」

 櫻子さくらこからそんな信頼されても。

「とにかく出発!」

 号令をかける咲子さくこ

まなぶちゃんも、来られればいいのに」

 まなぶの言葉に二階の理科室を見上げる四人。ちょうど、まなぶがみんなを見送っていた。手を振るまなぶ。人体模型の姿で。

 みんなで手を振り返す。そして宇野月うのづき公園こうえんへ歩き出す。

「みなサン、行ってらッシャイ」

「ピュリリリリ」

 突然、告曉鳥こくぎょうちょうがさえずる。けたたましい。

「アレ? ナンでしょウ。コノ、急なモヤモヤ」

 告曉鳥こくぎょうちょうは、まなぶの閃きも感じとれる。

「イヤな予感が……。みなサンは、行ってはイケナイかも」

 この姿では外に出て追いかけられない。と、なると。

「早ク知らせナイと」


「うわあ。いところ」

 櫻子さくらこは感動の声。

 四人は宇野月うのづき公園こうえんに到着した。全面に芝生が植えてあり、周りは新緑の桜並木が。他にもチューリップや菜の花、ボタンやツツジの花が咲いてる。

五月の下旬に満開になる、藤の花がちょうど咲き始めていた。

 学校から見えた大きな木は公園の中心に。幹の直径は2メートル、高さは30メートルくらい。

かつらの木よ」

 咲子さくこが教える。

「この赤いのは、新芽?」

 小さい細長い葉っぱにも見える。咲子さくこは続けて説明した。

「これが花なの。ちょうど今が咲く時期ね」

「花びらがないから花には見えないけど。六月には葉っぱがたくさん茂るわ」

「葉っぱの形は丸っこいハート形だよ」

 まもるも加わる。

「秋には黄色になるんだ。落葉を踏みながら歩くと、甘い匂いがするよ」

かつらの木は、香る木と書いて香木こうぼくとも呼ばれてるんだ」

「初めて本物を見たわ」

 櫻子さくらこは感心して幹に手をあてる。

「夏と秋にもまた来ようぜ。葉っぱの色を見るのも楽しいし」

 はじめが言う。

「……。このかつらの木、〝御神木ごしんぼく〟だ」

 幹に耳をあてていた櫻子さくらこが静かに言った。

御神木ごしんぼく〟とは、神社にある神聖視しんせいしされた木や、神が宿る木をそう呼ぶ。

 他には、伐採できない木、言い伝えなどで特別にいわれのある木のことも指す。

 〝依代よりしろ神霊しんれいく)〟・〝結界けっかい〟・〝神域しんいき(神様が宿る場所)〟も同時に意味する。〝依代よりしろ〟はテストに出る。ウソ。長いなー。説明が。

「あー。気づくか、やっぱ」

「上の方、見てみ?」

 はじめ櫻子さくらこの真上を指さした。彼女が見上げると。

「あれは? 穴をふさいだあと? いくつもある」

 櫻子さくらこの頭の上50センチほどだ。

 はじめが答える。

「平成の始めまであったんだよ。ここで〝うし刻参こくまいり(のろい)〟が」

「当然知ってるよな。夜中の一時から三時までの間に、藁人形わらにんぎょう五寸釘ごすんくぎを打ち付けて憎い相手をのろう」

「こんな開けたところで? 丸見えじゃない」

 おどろく櫻子さくらこ。人に見られるとのろいは効かない。失敗すると、自分に返ってくる。

「その時はまだ、公園になってなかったからさ、他の木が茂ってて真っ暗。見えないよ」

「父さんがおれたちくらいの歳で、よく釘を抜く手伝いをさせられたって言ってた」

 言い終わったはじめが、ふう。と、ため息をついた。

「それに——」

「まだあるの? はじめ

 はじめは水筒のお茶を一口、グイッ。

「もうちょっと聞いてくれよ」

「幹のもっと上に、いくつか縦にくぼみがあるだろ?」

「あれものろいのあと。かなり昔に、そのままにされた五寸釘ごすんくぎ藁人形わらにんぎょうを丸ごとのみ込んで大きくなった証拠だよ」

 この木が生まれて百年過ぎた頃だろうか。御神木ごしんぼくと呼ばれるようになり、人々がお参りするようになった。

 そして、のろいの〝依代よりしろ〟に利用する者も現れた。

 しかし。誰一人、成功したものはいなかったと伝わっている。

 この木は、とうとつよい。

 のろいを浄化じょうかしていたのだった。

 ずっと、この地と人を見護みまもってきた。

「だから小さなほこらがあるんだ。はじめちゃんのお父さん、今もお祈りしてるのかな?」

「うん」

 まもるはじめはうなづいた。

 ちょっとのお供え物も置いてある。〝ありがとう〟を伝えに来る人もいるようだ。

「それ、わたしも始めて聞いた」

 咲子さくこがまじめな顔で言う。

「あんまり、人に言う話しじゃないし。暗い話しだろ?」

 はじめは公園を見渡した。家族連れや中学生、高校生、デート中のカップルも何組かいる。

町の憩いの場として、多くの人がここを訪れる。この木はじっと、今も見護みまもっている。

「この町はい町ね。すごい場所でもあると思う」

 はっきり声に出す櫻子さくらこ

「私がこの町に来た理由、聞いてくれる?」

 四人は、かつらの木の近く、木陰が届くところに座った。

咲子さくこまもるはじめにだけに言っていたことがあるの」

 櫻子さくらこは静かに語る。

「私が日本に帰ってきたのは〝紫色のあいつ〟、まもるを襲ったやつを、やっつけるため」

「と言っても、はじめに会うまではやっつける相手はわからなかった」

 転校初日に理科準備室で、はじめと一緒に感じた怖い視線。その時、櫻子さくらこは確信できた。

「ただ、昔から伝わってたことなの。敵をやっつけるためだけって」

「昔? いつから? 伝わってるって、なんで?」

 咲子さくこが聞いた。櫻子さくらこは答える。

土御門家つちみかどけの一門、私のご先祖が海を渡る前。室町時代ね。六百年ほど昔かな」

「一部の神様の反乱があったの」

「反乱? 誰に……まさか、神様?!」

 信じられない顔をしたはじめ。この話しは初耳だ。

「神様が神様に、反乱?!」

 まもるもおどろいた声で言う。

「その神様が〝紫色のあいつ〟?」

 咲子さくこはぼうぜん。

「でも、あれはお犬様いぬさまだよ? おおかみ、神様の眷属けんぞく。えーとつまり神様のお使いみたいな」

「正確には神様じゃないはずだよね? 櫻子さくらこちゃん」

 まもる櫻子さくらこに聞く。

「いや、神様だよ。人が神様としてまつったら、人間も神様になれる」

 はじめが答えた。人間が神様——有名なのは日光東照宮にっこうとうしょうぐうだ。徳川家康公が日本のまもがみとしてまつられている。はじめは続けて言った。

大口真神様おおくちのまがみさまがいるうちの神社もそう言うこと。な、土御門つちみかど

「そうね。記録として紙とかに書いて無かったから、最初は敵がわからなかった。言い伝えだけだったもの」

「で、続きだけどその時代の土御門家つちみかどけ室町幕府むろまちばくふは、神様と一緒に〝紫色のあいつ〟をやっつけるために戦った。普通の人たちもいっぱい巻き込まれた」

「最後は〝紫色のあいつ〟に勝ったのね?」

 咲子さくこ櫻子さくらこはコクリとうなずく。

「どうして反乱したかまでは、今ではわからない。ただ、遠い未来に復活するって予言があっただけ。〝怨念おんねんきてる〟って」

「予言って、陰陽師おんみょうじはそんなこともできるんだ?」

 また咲子さくこが聞く。櫻子さくらこ

うらないよ。それで予言を導き出したの。うらないも陰陽師おんみょうじの本業よ。その予言を出した土御門家つちみかどけのご当主様は、私のご先祖様に日本を離れるように命令を下したの」

「日本に陰陽師おんみょうじはいなくなる——。正しくは、〝その時にはたたかえる陰陽師おんみょうじはいない〟」

 だからたたかう力を残すためにヤツをあざむき大陸に渡り、未来にまた戻って来い。再び、対決する時が必ずやってくる。時が来ればそれはわかる——という、もう一つの予言もあった。と櫻子さくらこはみんなに説明した。

 実際、明治に入ると日本政府は陰陽師おんみょうじを廃止した。迷信として、近代化と富国強兵の名の下に。

 そして令和の現代、陰陽師おんみょうじは、いるにはいる。ただ、占いや祈祷を静かに続けているだけだ。

はじめの神社で会った、八咫烏様やたがらすさまがアメリカにいた私を呼びに来たの」

 櫻子さくらこの言葉に咲子さくこは納得した。

「だから、今だってわかったんだ」

 はじめまもるもなるほど、とうなづく。

The greatグレート joureyジャーニー, wandererワンダラー ……(偉大いだいたびさきめない自由じゆう旅人たびびと……)か」

 ただ、その目的のためだけに日本を離れ長い旅に出た。つらく、苦しく、くじけそうになることもあったに違いない。命の保証もない、日本に帰れなかったかもしれない……。

 そんな旅を六百年間も続けてきたなんて。はじめはそう思いながら、つぶやいた。

「あら、その言葉、知ってたのね。ご先祖様がほめられると嬉しいわはじめ櫻子さくらこって呼んでいわよ?」

「いやあ、それほどでも〜」

 はじめは頭をポーリポーリ。テレビで知った。

「さて。もうお昼だし、お弁当を食べましょう」

 咲子さくこが手をパン、と叩いてお昼の合図。みんなは、持ってきた弁当を広げる。

全員でシェアするために持ち寄ったから、量はハンパなく多い。咲子さくこはサンドイッチにフルーツ、櫻子さくらこは大人の顔ほどもあるハンバーガーとフライドポテトだ。まもるは、

「あれ? どのおにぎりに何を入れたか、わかんなくなっちった」

 まさに闇おにぎり。はじめは汗をダラリ。

『うわあ……』

 はじめの弁当に三人は感動の声をあげる。四人分の松花堂弁当しょうかどうべんとうだ。焼き物や煮物などがバランスよく入っていた。

 ご飯は梅の形にしてある。おやつもチーズケーキ、スフレ、シフォンケーキ、ロールケーキ、どんだけケーキ。

『うわあ……』

 絶望の三人。やっぱり食べきれない。

「おお! 保冷剤がマイナス16度になるやつだ。食べきれない分は一日もつぜ」

「さすがおれの母さん。愛してるよー、マミー!♡」

 壱恵かずえに愛を叫ぶはじめ

「その言葉は本気で言わなきゃならない人が、いるんじゃあないですかねえはじめちゃん」

 ニヤニヤ顔のまもる。彼に親指を立ててグッジョブを送る咲子さくこ。ニヤニヤ。

 櫻子さくらこはニッコリ

「あ、Freezeフリーズ(凍る)してる」

 咲子さくこの言うとおりカっチカチに固まってるはじめ。聞こえないふりで、

「ヒエスギテ、ベントウガカタイナー。コノママダシテオケバ、ダイジョウブサー」

 ガっチガチにしゃべる。顔から炎が上がってんぞ。

「ププッ」

 思わず吹き出してしまった櫻子さくらこ。みんなも釣られて笑い出す。炎を噴き出してる男子を除いて。

 そして四人は和気あいあいと、お昼を楽しんだ。

「サンドイッチ、おいしいよ。さくちゃん」

「おお。おにぎりの中に焼肉だ」

「こっちはAvocado(アボカド)が入ってる。おいしいわ、まもる

「ハンバーガーはすごいボリュームね、櫻子さくらこちゃん。本場の味かな」

Yummyヤミー! お母さんの煮物、最高」

「だから、土御門つちみかどの母さんじゃねえし」

 また笑いがおこる。平和なゴールデンウイークだ。

「お昼の後はどうする?」

 櫻子さくらこがみんなに聞いた。

「ファボミンボン、ふぃようで。ゴックン」

 ほうばりながらしゃべるはじめ。なに言ってんだ。

「ほら、ラケットとシャトル。キンキンだぜい」

 はじめはクーラーボックスから四人分を取り出す。ほとんど凍ってる。

「バドミントンの道具、凍らせてどうすんのよはじめちゃん」

 あきれ顔の咲子さくこであった。そりゃそうなる。

「ああ !! でもお腹いっぱいじゃあ運動はすぐには無理だよ。ぼくは散歩してから」

「わたしも行く行く!」

 グッジョブまもるちゃん。密かに親指を立てた咲子さくこはニヤリ。まもるもニヤリ。

 息、合ってんなーこの二人。はじめ櫻子さくらこのためとはいえ、なんかニヤリがわる

「じゃ、よろしくー」

 食べきれなかった弁当をいそいそとクーラーボックスにしまい込んで立ち去る。

 結局、愛を育むのだね君たちも。知らんけど。

「ふふ、ますます仲が良くなったわね。あの二人」

「うん。おれは蚊帳の外だ。Lonelinessロンリネス(ひとりぼっち)」

 !! 言葉を選べ少年! これだから小学生男子は! 櫻子さくらこがむくれてんぞ!!

「ぅああぁぁ! ゴゴゴごめん。おれ今、変なこと言ったよね。ね、ね ?!」

 真っ青で汗タラタラ。気づくのが遅い。

「別に怒ってなんかいないわよぉぉぉおおお?」

 ピキピキな櫻子さくらこ。ピキピキピキピキ……(げきおこ

 日本の反対側、ブラジルに届きそうなくらい頭を下げるはじめ

 これを平身低頭と言う。

「……」

「……」

 二人のまわりに、やさしい風が流れた。五月の、緑色みどりいろ薫風くんぷう

 芝生の上に大の字で寝転ぶはじめ

 横で、櫻子さくらこは膝を抱えて座りなおす。

「おれ、今思ったんだけど。土御門つちみかどもおれたちも、小学生なんだよな」

「子供がこんなことやらなきゃならないって、大人たちは何をやって来たんだろう」

「……けっこうい世の中じゃない。大人もがんばって来たのよ。きっと」

「うーん、でも」

 はじめは納得いかないようだ。

「本当にやらなきゃいけない事、いっぱいあるんじゃ……。大人は忘れたのかな」

「あ。子供のおれたちも、もしかして忘れているのかも」

 ずいぶん大人びたことを言う。櫻子さくらこの言ってること、それは分かる。今の自分たちが幸せだから……。でも、はじめの心には何かが引っかかる。理由はわからないが。子供たち特有の感性かもしれない。

はじめのお父さんとお母さんもいるし。私たちを助けてくれた」

 ゆっくりと話す櫻子さくらこ

「あいつは、私たちがまだ子供だから復活したのかもしれないわ」

 弱いうちに叩きつぶす。戦う方法の一つ、ではある。

「私ひとりじゃ、だめだったかも」

 きっと大丈夫だ。今は、はじめ咲子さくこまもるがいる。そしてまなぶも。

はじめ。私、あなたたちに会えて本当に良かった」

「この町に帰って来れたのは、やっぱり私のDestinyディステニィ(運命)よ」

「……」

 はじめは黙ったままだ。いつの間にか、寝息を立てていた。

「眠っちゃったのね」

 はじめの髪に葉っぱが一枚、ふわり。

 葉っぱを取り、そっと髪をなでる。やさしいまなざしで、はじめを見つめる。

 膝に顔をうずめる櫻子さくらこ

はじめ。あなたとは普通に出会いたかったな。でも、こんなに仲良くなれたかな)

(それでもやっぱり)

 ゆっくり目を閉じた。

(きっと、あなたのことを……)


「あらら。勝手に昼寝してるよ、はじめちゃんのやつ」

「もう! はじめちゃんの、アホん」

 茂みから顔だけニョッキリの咲子と守。ずーっと二人の様子を見護みまもっていた。

 のぞいちゃイヤん。 

「仕方ないなあ。あとは若い二人にまかせて、もうしばらく歩こうさくちゃん」

まもるちゃん、オヤジくさいわよ?」

 落ち着いたまもるになった、と言ってほしい。咲子さくこのせい、いやおかげかも。

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