第十二話 そしてJK霊能者 ぱ~と2

「まさかとは思いますけど、自分たちの手で追い返しておきながら今さら頼ってきたわけではないですよね?」


 あのJK霊能者の姿はなかった。

 しかし、お連れの黒髪の子が、一人バス停に寄り添うようにそこに佇んでいた。

 私は思わず息を飲んだ。

 夜に溶け込むような深い黒の髪に、それとは正反対に雪のように白い肌。

 そしてあの、世界のすべてを憎んでいるかのように厭世的えんせいてきな淀んだ瞳。細縁の眼鏡がそれに拍車を掛けているように思えた。

 なんかもうこの視線だけで人を呪い殺せそうだな……。

 それはどこかの井戸から這い上がってくる某貞子を彷彿とさせるけれど、着ているのは天ノ宮さんと同じ制服にコートという、小洒落た出で立ちだ。


「ちょっと、訊きたいことが、あって……」


 私は息を整えながらもそんな言葉を絞り出す。

 この黒髪の子は既に死んでいる人間だ。話し掛けるのがまったく怖くなかったかと言えば嘘になる。

 でもそれ以上に向こうから話し掛けてきたのもあって、話は通じるような気がした。……が。


「お断りします」


 黒髪の子は、にべもなくきっぱりと即答した。


「あなたたちはあの詐欺師を頼ることに決めたんでしょう。だったら私たちにはもう用はないはず。とっととお帰りください」

「…………」


 取りつく島もない。

 ホンモノであるはずの天ノ宮さんをニセモノと断じて、みんな口々に非難しながら追い返してしまったのだから、しょうがないけど。

 ただ、彼女の口から発せられた一つの単語だけは確実に耳が捉えた。

 詐欺師。

 あのメイクの濃いおばさん霊能者を称した言葉。

 

「あのおばさんは、やっぱり詐欺師なの?」

「帰れと言ったはずですが」


 彼女はもう私のほうを見てもいなかった。

 幽霊であるはずの彼女が、まだ生きている私のことを見えていないかのように振る舞う。まるでシャツのボタンを掛け違えたかのようなちぐはぐさ。

 そしてついには声を掛けても答えてくれなくなり、私は途方に暮れる。

 やっぱり、身勝手で都合が良すぎたか……。

 そうやって自分の行いを悔いかけたときだった。

 すぐ後ろからズズズッと何かを啜るような音が聞こえたのは。


「んぐ? どしたの? もぐもぐ……ユッキー。その人はもぐもぐ……あぁ、ユッキーのことがもぐもぐ見えてた人か」

「…………」


 はい、色々確定。

 黒髪の子はその厭世的な印象とは真逆にユッキーなんていう親しみやすそうなニックネームで呼ばれていること。

 さらには背後から現れた声の主、天ノ宮さんが、ホンモノの霊能者であること。

 そして、おそらく常人であればあまり手が出ない大きいサイズのカップラーメンを租借しながら喋っていること。

 たぶんそこのコンビニで買ってきたんだろう。

 ……いやそれ女子高生が食べるサイズじゃないぞ。

 ていうか、その格好でコンビニ入ったのか。


「本当に買って来てるじゃないですか……。もう五分足らずでバス来ますよ……」


 呆れたように黒髪の子――ユッキーさんが言う。

 対して食べることを優先している天ノ宮さんの返答は至って端的だった。


「大丈夫、もぐどうせ遅れる」

「この路線の遅延事情なんてわからないでしょう……。っていうかもう夜ですよ? 利用客の減ったこの時間帯は大体遅れることはないと思います」

「しょうがないじゃん。お腹減ってたんだからさぁ。お弁当くらい出ると思ってたのに何も出ないんだもん」


 いやもうホントごめんなさい……。

 お弁当も出さない挙げ句に酷い扱いをして追い返してしまって……。

 私は胸中でそう詫びるものの、彼女の纏う雰囲気からは追い返されたことに拘泥こうでいしている様子は見られなかった。

 飽くまでお弁当が出なかったことにむくれているような、そんな感じ。リスのように可愛らしく頬を膨らませて。

 彼女の目が私に向く。


「で、どうしたの? 追い掛けてきたの? なんで?」

「何か訊きたいことがあるそうですよ」

「ふうん。まぁバスが来るまでで良ければ」

「人が良すぎですね」


 呆れと諦念、そして不機嫌さを滲ませてユッキーさんがぼやき、天ノ宮さんはバス停のベンチに腰を下ろした。

 そしてズズズッと麺を啜る。

 隣にスペースを空けてくれているように思えたので、私も彼女の隣に腰を下ろさせてもらった。

 すぐ隣にいるのはホンモノの霊能者とホンモノの幽霊。

 私は一息吐いて気持ちを落ち着けて、そしてJK霊能者のほうに疑問を向けた。


「あのおばさんが詐欺師だって、どうして知ってたの?」

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