第十三話 質疑応答編

 それは先のユッキーさんの言動の前にも、つい先ほど広間での天ノ宮さんの発言を振り返れば自ずと湧いて出る疑問だった。


『少なくともわたしは、効果があるのかどうかも怪しい風水のアイテムを高額で売り付けたりしない』


 彼女は大して話してもいないあのおばさんの霊能者が詐欺師であることをわかっていた。


「あの団地の霊たちに聞いたから」


 あっさりとそう答えた天ノ宮さんの様子は、まるでそれは特別なことでも何でもないとでもいうかのようだった。


「霊たちって、怪奇現象を引き起こしてた霊たちのこと?」

「うん? ……あぁ、いや、違う違う。何か勘違いしてるかもしれないけど、あそこにいる霊のみんなが怪奇現象に関わってたわけじゃないからね。教えてくれたのはわりと大人おとなしめのひとたち」

「…………」


 その物言いに……なんというか、じわじわと不穏な予感が胸の奥底から滲み出てきて、ゆるやかに全身に染み渡っていく。


「えっと、ちょっと訊きたいんだけど」

「どうぞどうぞ」

「あの団地には一体どれくらいの霊がいるの……?」


 私がその疑問を口にすると、JK霊能者は弾かれたように豪快に吹き出した。


「そんなのいちいち数えてられないよ! 死んだ人間なんてどこにでもいるんだから!」


 ――戦慄。

 背筋に冷や水を流し込まれたかのような恐怖心が全身に行き渡るのを感じた。


「もしかして、怪奇現象を引き起こしていたのも……」

「複数犯……っていうか集団だね」


 ぞっとした。

 眼に見えない異常の存在がそんなことをしていたという事実に、全身がバラバラになりそうな悪寒が走る。

 っていうか幽霊ってつるむんだ……。

 どうしよう、恐怖心を抱くと同時にそこはかとなく親近感が芽生えつつあるんだけど。


「その霊たちは、どうして今回みたいなことを……?」

気紛きまぐれの遊びみたいだよ。なんかふとした拍子に死霊でも現世の器物に干渉できちゃったのがいて……あぁ、そんなのそうそうできることじゃないんだけどね、それで気の合う同類と大会みたいなのを開いてたみたい」

「は? 大会?」

「うん、だからホント、タチの悪いヤンキーみたいな感じだよ。あるいはどこの学校にでもいるイジメっ子。必死にイジメに耐えるターゲットにリアクションさせたもの勝ち! みたいなことして楽しんでるような」


 ……なんだそれは……。

 

「そんな遊び感覚で、私は……いや私だけじゃなくて、団地の住人たちは生活を脅かされるハメになってたっていうの……?」


 前言撤回。

 親近感なんて吹っ飛んだ。

 ウチみたいに離婚寸前に追い込まれている夫婦や学校でイジメに遭い始めた子供さんだっているっていうのに、それをそんな遊び感覚で?


「ま、そういうことだね」


 腹の底から沸々ふつふつと煮えたぎるものを感じる。

 けれどカップ麺のスープを啜る天ノ宮さんの態度からは、それほどのことでも飽くまで他人事とでもいうような、何の感慨も抱いていないような雰囲気が感じられた。

 一言言ってやろうかという思いが脳裏に過ったけれど、それを実行する前に発せられた天ノ宮さんの台詞が、そんな思いを吹き飛ばしてしまう。


「で、そういうタチの悪い霊たちと共謀してたわけだ。あのおばさんは」

「……は?」


 ちょ、待っ――


「あのおばさんは詐欺師なんじゃないの!? ニセモノの霊能者なんじゃないの!?」

「う~ん、ホンモノニセモノの定義によるけど、別に詐欺師だから何の力もないっていうことにはならないよ。少なくともあのおばさんはそれなりにで、それなりに霊力ちからもあって、それを利用して色んなところで詐欺ってるみたいだね。わざと解決せずにもう一度何かを売り付ける余地を残したりして。普通の人たちにはちゃんと除霊されたかどうかなんてわかんないからね」

性悪しょうわる過ぎる……」


 除霊詐欺なんて、そんなの完全犯罪じゃん……。

 あのおばさんはそんなことを何度も繰り返してるのか。

 私たちみたいに苦しんでる人間を餌に、金銭を巻き上げて……。

 私たちは――たぶんこの団地の大半の人間が、そもそも霊能力というものに半信半疑であったが故に霊能者という人種をホンモノかニセモノかという二択でしか捉えていなかった。

 ホンモノなら私たちを助けてくれる。

 ニセモノなら私たちを助けられない。

 ……思ってもみなかった。ホンモノでありながら助けてくれない霊能者がいるなんて。

 ホンモノでありながらその力を悪用する人間がいるなんて。

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