第十一話 振り返ってみると

 よく恐い話なんかで聞かれるメジャーなパターンとして、子供が家に友達を連れてきたからお茶を用意して持っていったら、人数を勘違いしていて一人分多く用意してしまっていたとか、いや確かにもう一人いたように見えたんだけどなーとか、それが後で幽霊だと知ってぞっとするとか、そういう系の話がある。

 ……けど、まさか自分がそれをやることになるとは!

 恐さと恥ずかしさが同居してるこの複雑な心境!

 ってかなんでみんなあの子を追い返してんの!?

 あの子ホンモノの霊能者じゃん!

 いやしょうがないけどさあ! あの黒髪の子は私にしか見えてなかったみたいだし!?

 佐伯の疑問でにわかにそんな可能性が込み上げて来たあの後。

 佐伯や他の住人たち、昼にあの広間にいた人間にあの黒髪の子の存在を確認してみたけど、案の定、誰もそんな女の子を見たという人間はいなかった。

 あのJK霊能者が連れていた、唯一の同行者なのだ。見ていれば気づかないはずがない。

 結果、みんな怪訝な顔をして私を見返し、あるいはイタイものでも見るような目を私に向けてきた。

 ……思えばあのJK霊能者と顔合わせをしたときの挨拶。

 あの黒髪の子がした挨拶に対して、住民のみんなが挨拶を返したかのように見えた。

 それが勘違いだった。

 私の眼にあの黒髪の子が見えていることを察した天ノ宮さんは、むっつりと押し黙ったままの彼女に私への挨拶を促していたわけだ。


『ほら、挨拶』

 

 と。

 他の住民たちはそれを自分達に向けられたものだと勘違いしたに過ぎない。

 私たちの前に現れたあのJK霊能者のインパクトが意外性に満ち溢れ過ぎていて、彼女に挨拶を返すのを失念してしまっていたが故に。

 その間に向けられた黒髪の子の挨拶が聞こえていたのは、私だけ。

 いくつかのタイミングが重なって行われただけの、ただの偶然。

 そこまで思い至ったときは正直ブルッた。

 じわじわと染み出てくる泥水のような怖心に耐えきれなくなって、何となく広間にいたあのおばさん霊能者に視線を逸らしてみたら、つつーっと逸らされた。

 もう何が何だかわからなかった。

 ただ、直前までに自治会長とそのおばさん霊能者が話していたことはわかる。


「材質や由来も由緒正しく強い効果の期待できるものを持参しました」


 と、何やらおばさんが持ち出してきた雑多なアイテムの数々。

 それを鬼門と裏鬼門である団地の出入り口に配置すれば、悪霊を遠ざける効果をより強く得られるというが、総計で百五十万という数字が聞こえたような気がした。

 さすがに難色を示した自治会長に、おばさん霊能者は何の変哲もなさそうな木彫りのしゃけを三十万で勧めていた。

 そのときばかりは、あのおばさんが悪徳訪問販売の営業員に見えた。

 これはヤバイ。

 あのおばさんが霊能者としてホンモノなのかどうかはともかく、少なくとももう一度あのJK霊能者に話を聞く必要がある。

 そう判断した私は、息を切らせて夜道を走っていた。

 自治会のみんなに追い返され、団地を後にしたあのJK霊能者を追いかけて。

 この団地が抱える怪奇現象問題を解決したところで、私と大輝の間に生じた溝が埋められるとは限らない。

 でも、その問題を解消することは大前提という気がした。

 彼女が口にした通り、私たちは助けてくれる相手を選ぶことができるような立場じゃない。そんな余裕もない。

 だから走る。

 運動不足のオタクの身体で。

 お願いだから、まだ近くにいて!

 そう心中で祈るものの、既に結構時間が経ってしまっている。

 あの子がここに来るまでに用いた交通手段次第では、とっくに見つけるのは不可能だろう。

 追い付ける可能性があるとすれば、それはバスを利用していた場合くらい。

 最寄りのバス停なら、運が良ければまだ捕まえられる可能性はある。

 最寄りゆえに大した距離ではないにも関わらず私は息も絶え絶えに、運動不足の足が疲労で震え始めても、懸命に前に進む。

 やがて視線の先に見えてきたコンビニ近くのバス停。

 私はへたり込みそうになる足腰に必死に力を込めながらも、その場に呆然と立ち尽くした。

 果たしてそこに、あの人を食ったような態度のJK霊能者の姿はなかった。

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