第三話 代価

「――と、これがこの団地で起きている問題の、一通りの概要だ」


 事のあらましを説明し終えた自治会長がそう締め括り、広間の一角に腰を下ろしているJK霊能者に目を向けた。

 値踏みするような、懐疑的な視線。

 無理もないと思う。

 何せ、これまで何人もの霊能者という人種にこの団地の現状を見てもらい、それぞれからもっともらしい見解を頂戴したものの、結局は怪奇現象が収まることはなく、今に至っているのだから。

 それで最後の一人と決めてやってきたのが女子高生となれば、そんな顔もしたくなる。


「ふむふむ、なるほどなるほど」


 自治会長から説明された団地の事情に、JK霊能者はどこかおどけた様子で相槌を打つ。

 私はそれを横目に、この広間に集まった面々――自治会長、アパートの大家、マンションのオーナー、その他数人の暇人たちにお茶を出して回った。

 自治会長たちと同様に、広間にロの字にはいされた長机の前に腰を下ろしている主婦仲間もいるけれど、私はそこまで首を突っ込むつもりはない。このお茶汲み係だって、頼まれて仕方なくやっているのだ。

 正直、個人的にはもう諦めている。

 この団地を襲う怪奇現象の数々は、解決することはない。

 私にお茶汲み係を頼んできた自治会長が重く口を開く。


「で、どうなんだ。どうにか出来るのか?」


 それは本心を隠そうともしない、歯に衣着せない言いぐさだった。


「これまでも散々いろんな霊能者に、それこそあんたなんかよりよっぽど経験を積んでいそうな方々に来てもらった。力及ばずだったのか、そもそも霊能者をかたった何の力もないニセモノだったのかは知らないが、みんなもっともらしい見解を口にしてお祓いなり供養なり色々やってくれた……が、結局何も変わらずじまいだった。それを、あんたなんかにどうにか出来るのか?」


 あぁ、空気悪い。

 しょうがないとは思うけどさ。

 早くお茶を配ってさっさと給湯室きゅうとうしつに引っ込もう。


「それは現場を見てみないことにはなんとも」


 自治会長の険悪な物言いにも動じることなく、天ノ宮と名乗ったJK霊能者は飄々ひょうひょうと返した。

 そんな、私より五つ以上は年下と思われる少女の前にお茶を出すと、にっこり笑顔で会釈を向けられる。

 天ノ宮さんはすぐに話し合いのほうに意識を戻してしまったけれど、口元に浮かんでいる笑みはどこか不適に、それでいて不敵そうに見えた。

 何というか、これだけの大人の中にあって余裕を感じる。

 ……と、来客はもう一人いるんだった。

 黒髪ロングのほうの子は結局あれ以降一度も口を開くことはなく、自分の名前を名乗ることすらなく、天ノ宮さんの少し後ろ、壁に背をもたれさせるようにして立っていた。

 話し合いの席についているのかいないのかよくわからない態度でお茶を出すべきなのか迷ったけれど、そうして視線を向けている内にあちらも私を見てきて目が合ってしまったので、軽く会釈をして天ノ宮さんの隣に彼女のお茶を置いた。

 視線を戻すと彼女の視線は既にこちらになく、窓の外に投げ捨てるようにして向けられていた。ので、私は気にせず残りのお茶配りに戻った。本当に陽と陰で見事に分かれてるな、この二人……。


「ま、わたしとしては、信じられないならキャンセルしてくれてもいいんだけど」


 と、どこか上から悠々と言い放った彼女に、誰もが一様に口をつぐんだ。

 そりゃそうだ、誰もが即決即断できることじゃない。

 ややあって話を先に進めたのは自治会長だった。


「このままあんたに依頼した場合、取られることになる金の話を先にしたいんだが」


 身も蓋もないない言い草だけど、自治会長も最初からこんな物言いはしていなかった。

 来訪する霊能者が一人、二人と経ていく内に、時間と資金とプライバシーを失っていくだけの中、訪れる霊能者に対してきついあたり方をするようになってしまった。

 こういうことは事前にはっきりと。

 こちらの意にそぐわなければ、依頼そのものを検討し直す。

 そもそもこういった話し合い、打ち合わせの場も、これまでにはないものだったし。


「それも見てみないとわからない、か? のことにはいくら取るつもりなんだ?」


 それは病院にかかったときなんかで言う診察代みたいなものなのかもしれないけれど、これまでに訪れたほとんどの霊能者にはそれだけで金銭を要求された。もちろん高い安いの違いはあったけれど。


「あれ? サイトのほうちゃんと読んでないの? 報酬については任せるって書いてあったはずだけど」


 果たしてJK霊能者は険を向け続ける自治会長たちにも臆することなく言ってのけた。……サイト? なんかもう完璧タメ口になってるし。

 広間にある視線が自治会長に集まった。

 自治会長は狼狽うろたえながらも記憶を探る素振りを見せたけれど、待てど暮らせど返答がなかったのを見てか、マンションのオーナーさんが追及した。


「任せる、というのは?」

「そのままの意味。私から金銭を要求することは一切ないってこと。私は報酬の多寡たかも有無も依頼人に任せてるからね。払いたくなかったら払わなくていいよ。……あぁ、依頼をキャンセルした場合のキャンセル料なんてのももちろん発生しないから安心してね」


 そう言ってきらんっ、とウインクに横ピース。 

 広間にいる全員の眉間に皺が寄ったように見えた。

 私の眉間にも寄っていたと思う。

 いや、だって胡散うさん臭いし……。

 払いたくなかったら払わなくていいなんて、これまでに比べれば破格の条件だ。

 いつぞやの迷惑系YouTuberも何も要求はしてこなかったけど、どうせあのとき撮影した動画をYouTubeで配信して稼いでるんだろうし。

 ちなみにその動画やあのYouTuberの活動について、私は一切確認したりしていないので、実情がどれほどのものかは知らない。

 斎藤さんの言によると、その編集や構成はまぁ普通にYouTubeの動画っぽく仕上げられていたらしい。ただネタが不謹慎だというだけで。

 広間ではJK霊能者が出した条件に誰もが戸惑い、呻き声さえ漏らすような中で、当の天ノ宮さんは私が出したお茶に口をつけて「はぁ~~」などと年寄りくさく至福の息をついていた。

 お口に合ったようで何より。

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