第四話 オカルトサイト……オカルトサイト?

 お茶を出し終え、そそとして給湯室きゅうとうしつに引っ込むと、間もなくして大学時代の友人、佐伯さえきがぬぼっと顔を出してきた。


「あ、居たんだ」

「居たわ! お茶受け取っただろうが!」

「で、何でここ来てんの?」

「あっち空気わりいからだよ! ……ったく、何なん? あのJK。ホントに霊能者なの?」


 佐伯もこの団地に暮らす住人の一人である。私が大学時代から付き合っている相手と結婚し、新居を探そうとなったとき、佐伯にこの団地の間取りのいい賃貸を紹介され、越してきた次第である。

 まぁ佐伯は私というより旦那の友人で、私は旦那を通してこうやって懇意にしているという感じだ。

 で、その佐伯はどうやら広間の空気に耐えきれず避難してきたらしい。

 それは別にいいんだけど、挙げ句にタバコを取り出し始めたので、


「あっちの空気が悪いからってこっちの空気を悪くしようとするな。吸うなら表出ろ」


 とちょっとドスを効かせてそう言ってやった。


「ケンカの売り文句じゃねぇか……いや買い文句か?」


 どっちでもいいわ。

 佐伯はたっぷり十秒ほども悩んだ末、どうやらここに留まることに決めたらしく、渋々タバコをポケットに仕舞った。うむ、よろしい、ならばここに身を潜めることを許そう。

 今日は土曜日。

 普段は工場勤務のこの男も、完全週休二日ゆえに今日は休みである。

 つまりは暇人勢だ。

 ちなみにウチの旦那は月に一度だけ土曜出勤の週があり、今日がそれにあたる。


「空気悪いのはしょうがないでしょ、これまでのことがあるんだし」

「まぁそうなんだけど」


 説明のつかない現象にほとんどの住民が頭を悩ませ、音響や土地、不動産の専門家などに調査を依頼したものの、みなもっともらしい説明をつけただけで結局現象は収まらず。

 果ては泣く泣く世間体を脇に押しやって霊能者なんていうものにすがり、彼らも親身に事にあたってくれたはいいものの、やっぱり事態の解決には至らず、いたずらに自治会や住人の懐事情を寂しくしただけ。

 今もなお、住民からの苦情や嘆願の声は自治会長たちの元へとひっきりなしに寄せられる有り様。

 最初の事の始まりから悠に三ヶ月以上は経っている。

 住人たちも自治会長たちも、みんな心身に限界が来ていた。

 経済状況にも。

 もはや引っ越そうにも資金がないという住人も少なくない。

 ストレスが原因で夫婦仲に亀裂が入っているご家庭も、子どもさんが学校でイジメに遭い始めたなんていうところもあるくらいである。

 そんなときに最後の頼みの綱として来たのがあんなJKとなれば、そりゃあ心もすさむ。


「どこで拾ってきたのよ、あのJK。ひげでも剃ったの?」

「ひげを剃ったら何でJK拾うことになるんだよ……あぁ、またなんかのアニメネタか? 俺はそういうのわからねぇって言ってんのに」


 アニメネタということを察し、それでいて無下に蔑んだりしないだけで十分である。

 私の旦那はもう少し理解してくれるけどね。

 佐伯はスマホを取り出して私の疑問に答える。


「いや、加藤さんトコの旦那さんがな、気になったAV女優をググってたらなぜかオカルト関係のページがヒットしたらしいんだよ。……おっと、口が滑った」


 加藤さん……あんな素敵な奥さまがいらっしゃるのに、どうしてそんな大罪を……。


「そうそう、ここ、このページ」


 内心で呆れている私にそう言って、佐伯はそのページを表示したスマホを見せてきた。

 それはSNSではなく、飽くまでウェブページ。

 妙に装飾過多で煌びやかなそのページには、こんなサイト名がデカデカと表示されていた。


【キラキラッ☆怪奇現象♪】


「……なに、このデッコデコでキラッキラのページ……」


 とてもオカルトサイトとは思えなかった。

 どこぞのギャルのブログだと言われたほうがまだしっくり来るくらいである。

 ちょっとスマホを借りて色々と閲覧してみると、トップ画面からはいくつかの用途や怪奇現象のジャンルに分かれた掲示板に飛べるようになっており、利用者同士で交流ができるようになっているようだった。実際になかなかの頻度でコメントがやり取りされていて、それなりに利用者もいるようだ。全然寂れているというほどじゃあない。

 それは確かにオカルトサイトだった。

 どれだけ科学全盛の時代と言っても、こういうのが好きな人間っているもんなぁ。

 っていうか、この団地の怪奇現象事情に対しても、実際そういった科学的見解も通用せずに今に至るわけだし。


「んで加藤さんが、このページで怪奇現象に困ってる人の相談や依頼を受け付けてるみたいだって自治会長に報告したらしい」


 すんなよ、こんなふざけているとしか思えないページのことを。

 自治会長もスルーして欲しい。

 こんなのスルースキルがなくてもスルーするでしょ……。

 なんで真に受けた。

 呆れ百パーセントで佐伯が操作するスマホを見ていると、確かにトップ画面の下のほうにそういった相談受付の文言で案内されたメールフォームが設置されている。


「雑だなぁ」

「イタズラメールとか殺到しそうだよな」

「どう考えてもまともに機能しないでしょ、こんなの」

「どうやって真贋しんがん見分けてんだろな」


 私と佐伯は揃って同様の感想を抱いたものの、でも実際、このページで依頼を受けてここに来たっていうことなんだよね、あの子。

 何か、本当に怪奇現象に困っている人のメールだけを見分ける仕組みでもあるのか、それともただの偶然なのか。

 ……まぁ十中八九、ただの偶然でしょ。

 私はそっと溜め息を吐いて佐伯にスマホを返した。


「今回も期待薄かなぁ」

「かもなぁ」


 私はに対する所見を口にし、佐伯がやんわりとそれに相槌を打つ。


「っつか今回もダメだったらマジでどうすんだろうな」

「開き直ってここに住み続けるか引っ越すかでしょ」

「んな他人事みたいに……」


 こちらに呆れたような、それでいて疲れたような目を向けてくる佐伯。


「何でそんな余裕あんだよ。お前んトコでも色々と変な事起きてるんだろ? 大輝だいきに聞いたけど」


 大輝とはウチの旦那のことだ。

 佐伯にとっては大学からの友人でもある。


「昨日ガスコンロが勝手に着火した」

「火災一歩手前じゃねぇか……。それで何でそんなに冷静でいられるんだよ……怖くないわけ?」

「ん~、オタクだから……かな?」

「関係あんの? それ」

「どうだろ、わかんない」

「なんだよそれ」


 中学時代からオタクをやっている私としては、これまで色々なフィクション作品に触れてきた。アニメ、マンガ、ラノベ、ゲーム、ドラマなどなど。

 事実は小説より奇なり、とかいう言葉があるらしいけれど、何でそんな言葉があるのかがまったく理解できない。どう考えても小説――ひいてはフィクション作品のほうが奇である。それくらい突拍子のない物語の数々に、人の想像が生み出す創造の数々に触れてきた。

 そのおかげか、私の中にはこういった奇怪な状況に対する耐性ができてしまっているのかもしれない。正直言って、この団地が今直面しているような現状なんて、まぁ起こり得るんじゃないの? くらいに思ってしまっている。

 まだまだ現実は小説フィクションを越えてはいない。

 そりゃ多少は恐怖感もあるにはあるけれど、この非日常体験にどこか新鮮な気持ちを抱いてしまっているのも事実だった。

 面白味も感じていないとは…………言い切れない。

 ん~、やばいな、私。

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